7、ヒロイン、選択を誤る
「マリエル。俺は確かに後で話をしようとは言ったが、何もこんな時間、こんな場所でするべきではないと思うのだがな」
盛大なため息の後、ディークファルトが頬を引きつらせながらマリエルを見ている。
10年前にもこんなことがあったな。とデジャブを覚える。
ここはディークファルトに与えられた寝室で、時刻は日付が変わる少し前の時間帯だった。すでに城内は静まり返り、警備兵以外は寝ている時間帯だ。
晩餐会後にマリエルと話が出来ればよかったのだが、晩餐が終わり数人の大臣と話をしていると、時間もかなり押し、遅い時間に若い女性と話し込むのも色々とまずいだろうと遠慮して部屋に戻ったのにこの姫さんはどうなっているのだ。明日のお茶会の約束もあったしその時にでも話をすればいいという発想は彼女にはなかったのだろうか。
オルリアからの移動で疲れているだろうからと晩餐会から解放されたディークファルトは与えられた部屋に戻り、従僕に浴槽にお湯を張らせると、人払いをし湯浴みを行った。
本来なら身の周りのことは侍女に手伝ってもらうのが貴族社会では当たり前だが、ディークファルトは昔から自分でできることは自分でやってきた。滅多にない公務で他国に行っても同様にしてきた。
何故なら侍女に手伝いを頼んだ日には、我先にディークファルトに触れようとしたり、侍女同志の小競り合いは当たり前、中には隙をついて擦り寄りお手つきを望む者が後を絶たないのだ。
貴族の中には侍女に平然と手を出す者もいる。自身の兄にも1人、言い方は悪いが手癖の悪い厄介な人がいるがディークファルトは小さい頃から人に肌を触れられるのが苦手で、着替えや湯浴みも気心知れた乳母のみにしてもらっていた。物心ついてからは、皆無である。
故に成人し社交会に出ても、女性に言い寄ってこられるのは苦手なのだ。擦り寄る方はまだいいかもしれないが、あの手この手で体の一部をくっつけてくる女性も少なくないが、心に決めた相手ならまだしも何とも思ってもいない女に言い寄られてもディークファルトにとっては苦痛でしかないのだ。
”竜殿下”とは、確かに竜に愛されているから。と幼少の頃から言われているが、思春期過ぎた頃からはその意味合いは違っていた。
竜は自分の番以外にはまったく興味を示さない生き物で、生涯に一頭だけしか愛さない。
ディークファルトの潔癖かつ鉄壁なまでのディフェンスに女性達が皮肉まじりに”竜殿下”と今ではそう言われているのが実情だった。
そんなこともあり、人払いした後ゆっくり風呂に浸かり、用意してもらっていたお酒に舌鼓をうった後、気分良く就寝しようとしたところに部屋の戸がノックされたのだ。
湯浴みを行った後のディークファルトは当然堅苦しい衣装を着ていない。ゆったりとした麻のシャツとズボン姿だ。
ノックと共に聞こえた声に驚き、戸を開けた先には薄い夜着一枚を羽織ったマリエルが1人佇んでいた。
ディークファルトは気が遠くなりそうになるのを我慢し、マリエルを素早く部屋に引き入れた。
結婚前の女性が男性の部屋に来るなど醜聞に悪い。ここに来るまで誰にも見られていないだろうな!と、考えたのは仕方のない事だった。
何しに来たのかと問えば、晩餐前に後で話をしようと言われたので。と返された。
で、冒頭のセリフである。
このお姫さんの頭は10年前で止まったままなのか?!と、ディークファルトは本気で頭を抱えた。
彼はここに来て、自身のディフェンスが崩れかけているのを感じていて正直戸惑っていた。今まで女性に触れられても嫌悪感しか抱かなかったし、触れたいとも思ったことがなかった。
ただ例外として10年前、6歳とまだ幼かったマリエルにだけは抵抗なく触れることができたし、抱きつかれる行為も受け入れられた。それは小さな子供だったから・・・と、思っていたのだが、今日の昼間のことを考えると自身でも首を傾げた。
妙齢の女性を抱き上げるなど、今まで一度としてしたことがないのだ。いくらマリエルが昔と変わっていなかったとはいえ、なぜ自分はあんなことを?と自室に入り冷静になって頭を悩ませたほどだ。だが、その理由の答えはすぐに出た。
ディークファルト自身に起きた疎ましい記憶、思念を、10年前マリエルはたった一言で一瞬にして払拭したことがあった。自分を見つめ直すきっかけを、若干6歳のマリエルは、なんなくやってのけたのだ。もしかしたらその時すでに心の何処かに小さな棘のように存在していたのかもしれない。
そして10年という年月の中、その思い出が色褪せていないことにディークファルトは気付いた。そして決定的だったのは、自分が抱き上げマリエルに抱きつかれても嫌悪感どころかフワフワとした高揚感しかなかったのだ。
それを誤魔化すためにマリエルに説教じみたことをしてしまったくらいだ。
男として初めて触手が動いた。
自分でも驚きしかなかったが、認めてしまえば体は正直だ。
ましてやこのシュチエーションだ。薄着の男女が同じ部屋にいるのだ。いくら潔癖なディークファルトとはいえ、目の前に初めて意識した女性がいる状態に、邪な思いを抱いても仕方ない。だが相手がその気もないのに、押し倒すわけにもいかない(泣)。
どんな拷問だ‼‼‼
なのに無自覚娘は恥じらいもなく堂々と男の部屋に来ている。無性に腹がたつ。本当このお姫さんどうしてくれよう。
後でお仕置き決定だな。と、自己完結する。
そうと決まれば、自分の理性が保てるうちに本題に入ろう。嘆息後、室内の方に向きを変えて言い放った。
「まあいい、そこのソファに座りなさい」
ディークファルトは背中越しにマリエルの目をジッと見つめた。
「お話、してくれるんだろう」
「はい!」
無垢な笑みを向けられ、二人の温度差にクラリとするディークファルトだった。
マリエルは晩餐後、ディークファルトと話をすることができず、ずっと気にしていた。すぐにでも話を聞いてほしかっただけに、居ても立ってもいられなくて、例のものを夜着のポケットに入れ人目を避けてディークファルトの部屋に来たのだが、どうも時と場所を間違えたことを、目の前のディークファルトの表情から察した。
けれど早い方がいいと思ったこと、内容が内容だけに人がいないほうがいいと思ったのだが、やっぱりまずかっただろうか?
ソファに座る為、室内を移動中ディークファルトはため息混じりに呟く。
「お前こんなこと他の男にはするなよ」
「大人になってからこんな時間に男性の部屋に訪れたのは初めてです」
「当たり前だ!」
小さいけれど力強い声にマリエルはシュンと項垂れた。やっぱり選択を誤ったようだ。
マリエルが客間の三人掛けのソファの中央に腰掛けると奥の一人掛けソファにディークファルトが座った。
「マリー」
「はい」
真剣なディークファルトの表情にマリエルは自然と背筋が伸びた。
「竜狂いと言われ始めた原因のことだが、何かがあったのだろうとは憶測する。それ故にマリーの話を聞く前に竜について、いくつか話をしたい。いいか?」
相変わらず美しい低音ボイス。優しく問われ、一にも二にも頷いた。
大好きな竜の話なのだ。断る理由がありません!と、両手の握り拳を胸元で握って身を乗り出したが、なぜかディークファルトはわざわざ立ち上がったり額に人差し指を当て、グイーっと元の位置に戻した。
(食いつきすぎて、はしたなかったかしら?)
※この時マリエルは薄着の夜着を着ており、両腕を寄せたことで例のあれが寄せて上げた状態になっておりました。
「竜にも貴族社会と一緒で階級があるのは知っているか?」
初めて聞く内容にマリエルは驚き「いいえ」と首を横に振る。
「竜の中には5つの属性を持つ竜で構成され、それぞれ色で分類されている。土属性の緑、光属性の黄色が所謂、男爵、子爵、伯爵の位置付けだ。その色合いが原色に近ければ近い程、上位階級となっている。そして他に3大飛竜と言われる竜がいる。それが風、火、水の属性を持つ竜だ。風属性の白、火属性の赤が伯爵、侯爵、公爵の位置付けだ。これも原色に近ければ近い程、上位階級になるが3大飛竜はもともと個体数が少ない傾向にある。実際竜に取ったら階級というものはないのかもしれないが、竜にも縦社会が存在し上下関係がある。竜の生態の中で優劣がつけられていたことから、人が見てわかりやすいようにそう解釈されている」
「3大飛竜・・・ではアリッサは白なので風属性なのですね」
「そうだ。それも珍しい銀混じの白の色合いから公爵の階級で間違いない。今うちいる竜の中でも最上位に位置している」
ああ!さすが私のアリッサ。とマリエルは目をキラキラとさせ天を仰ぐように両指を組んで見上げた。
「そしてこれらの竜の頂点に立ち絶対王者と言われているのが水属性の青の竜だ」
「絶対・・・王者?」
「今までの記録でもこの青い竜だけは他の階級になりうるものは確認されていない。つまり原色の青一体しか存在しない孤高の王竜なんだ」
「孤高の王」
「それを踏まえた上で、マリエル。竜狂いと言われる原因になった出来事を教えてほしい」
竜の階級話を聞いて後、一瞬沈黙はあったものの、マリエルはポツリポツリと言葉を選ぶように紡ぎ始めた。
明日もう1話UPします。




