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竜の楽園  作者: 虹乃懸橋


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23、マリエルの決断


 猶予がない?

 マリエルは母の言葉に困惑する。

 

「いいですか、これから私が言うことを聞いて、あなたはこれからどうしたいか。思ったことを素直に行動なさい。あなたがどんな結論を出しても私は応援します」

「え?」

 

「実はこの度の視察は昨日で急遽終了しました。ディークファルト殿下は今日、自国オルリア王国に帰還します」

(ディー様が自国オルリアに帰られる?もう会えないの?)

 母の言葉にマリエルは頭が真っ白になった。


  信じられず聞き返してしまった。

「ディー様が自国に帰られる?」

「はい」

 否定してほしかったのに、母は無情にも紅茶を飲みながら肯定した。


 マリエルは思わず立ち上がり、勢い余って椅子が後に倒れたが、本人はそれどころではなく、テーブルに両手を着いてどこを見ているのか分からないほど目が彷徨っていた。

(嫌よ。そんなの駄目!どうして急に・・・・帰るなどと・・・)


 帰国は一週間後だったはず。まだ猶予はあると思っていたマリエルは狼狽した。

(もう一度思い出がほしくて空の散歩に連れて行ってほしくてお願いしたのに。私との約束は忘れ去られたのかしら?)


 心がチクリと刺すような痛みに、利き手の拳で思わず心臓を支えた。

 

 悲しい。

 ディー様にとって私はそれだけの存在なのだろうか。

 いいえ、お仕事で来ているディー様に視察が終われば個人の感情など・・・・。

ああ、それでも!!


 それまで娘の一挙手一投足を見守っていた母が静かに問うてきた。 

「マリエル。もう一度言います。あなたはこれからどうしたいか。思ったことを素直に行動なさい。あなたがどんな結論を出しても私は応援します」

 どうしたいの?と母にジッと見据えられ、マリエルは自問自答する。

 

 私はどうしたい?

 

 竜の背に乗り、前を見据えた凛々しいディークファルトの姿がマリエルの脳裏に浮かんで来た。

 いつも悠然としマリエルの一歩も二歩も前に立ち、時々意地悪だけれど、優しく手を差し伸べてくれる人。


 竜殿下と言われ竜を従わせ、何より竜を愛し愛される方だから幼いことから憧れの人だった。

 同じ目的を持った同志のように思っていた子供の頃とは違い、10年ぶりにディークファルトと今回顔を合わせて気づいたことがマリエルにはあった。

  

 マリエル自身が男性から執拗に見つめられることに気づいたのはいつの頃からだっただろうか。

 その視線に嫌悪感を抱くようになった時から、男性の視線から逃れるように”竜狂い”と言われる噂を利用し、自ら相手を遠ざけてきた。

 

 マリエルは母によく似たこの顔と、同じ年頃の女性に比べて大きくなり過ぎた胸を、舐めるように見つめる男性を好きになれなかった。

 

 人には”思い”のスピードがある。

 私は同年代の男性の”思い”について行けなかった。

 

 マリエルが男性の視線を感じ始めたのは10代前半の頃。女性として心が成長しきれていない子供に、男性の(さが)を理解しろというのもおかしな話ではあるが、マリエルの災難はその容姿にあった。

 

 王妃似の美しい顔立ちに大人並みに成長仕切ってしまった体躯が、男性心を揺さぶるには十分なものがあった。

 その為、性急な感情や思いを男性相手からぶつけられ、マリエルがドン引くというループが発生していた。

 

 過度なアプローチをされる度に、女性として男性への思いや感情が育たないことに自分の女の部分が無に思え、自信を失い煩わしさから目をそらしたくて年を重ねても女として心の成長を放棄してきた。

 

 まだ幼い時分であったとはいえ、心と体の成長がイコールでなかったことが、マリエルの心を置き去りにしたのだ。

 マリエルの中身を見てくれる人がいたなら、ここまでコンプレックスには思わなかったかもしれない。

 自分の欠点も思いもすべて受け止めてくれる人がいたならここまで(こじ)れることもなかっただろう。

 

(でもディー様は違った)

 素のマリエルを好ましいと言ってくれたのは他でもないディークファルトだった。

 

 昔同様、紳士に振る舞うディークファルトにマリエルは安堵した。女性嫌いの殿下だったからこそ、その視線に邪なものを感じず、マリエルは10年前同様ディークファルトに抵抗なく触れることが出来たのだ。

 

 なにより今回の視察で再会して驚いたことに、あの夜間の訪問でマリエルは自分の中に女の感情があることをディークファルトに教えられた。

 包み込むような大きな愛に、彼の思いに自然に反応した結果だった。

 

 ただ自分の女性の部分をいきなり全開にできるほど、大胆にはなれないが、少しずつ亀の歩みのように遅いこの感情を、育てたいと思った。


 ディークファルトなら無理強いせず、私の考えや思いを汲んで成長するまで待ってくれるような気がしたのだ。

 

 正直これが恋なのかと問われれば、まだ答えられないが、その感情が何なのか。

 もう少し交流すれば見えてくるかと思った。

 

 向き合いたい。

 初めてそう思える殿方だった。

 

 女性嫌いの殿下とお互い少しずつ成長していくことが許されるなら今後あの人の横に立ち、同じものを見つめていけたらいいなと思った。


 それなら私は・・・。

 

「私、ディー様と離れたくないです」

 立ったまま決心したように体の前で、両の拳を胸の前で合わせ真剣な顔で言うマリエルを、母は柔らかい目元で娘を見た。

「でも今日帰ってしまわれるわ」


「嫌・・・私一緒に、ディー様と一緒にオルリアに行きたい!」

 身を乗り出し母に詰め寄れば、少しの間沈黙され、首を少し傾けながら質問された。

「・・・後悔しませんか?」


「今ここで行動しない方が、後々後悔します!」

 もう一度、自身の決意を母にぶつけた。

「お母様、ディー様と離れたくない」

 マリエルは涙を流していた。

 

 そんな娘の姿に目を細め慈しむように王妃は見つめた。

「それは恋ですか?」

「正直まだこれが恋かは分かりません。でも男性の中で、家族以外で一番好きな殿方です。なにより私の癖をすべて知った上で抱きとめてくれる殿下に私は嬉しく思うし、あの方と同じだけ思いをいえそれ以上に返したいと思っています」

 

「そう。では、その言葉を直接殿下に伝えなさい。無下にはなさらないと思いますよ」

「直接?」

「一緒に行きたいのでしょう?殿下とオルリア王国へ」

 

 母は徐ろに立ち上がると、ドヤ顔でマリエルを見て腰に手を添えた。


「マリエルの願い。この王妃アンジェリカが叶えてあげましょう」


 ニッコリと笑うその笑みは力強く、頼もしいものだった。

 

 本来ならマリエルは一月後、ある程度揃えた荷物と一緒にオルリアに向かう予定になっていたが、アンジェリカには確信があった。


(あのジルが素直に従うとも思えない)

 内心、自身の夫を思い出し半眼で考察するアンジェリカだった。

 なんだかんだと難癖つけて、出向が遅れるくらいなら、娘の思いに応えて勢いに任せてディークファルトについて行かせる方が色んな意味で話が早いと考えてのことだった。

 

 そうとなれば、すぐにでも支度をさせなければ。

「シーラ、マリエルに旅の支度を!」


 竜に乗って帰るであろうディークファルトに合わせて簡素な服を。

 必要最低限の物を用意させ、出発に合わせて準備を急がせるアンジェリカだった。

 

 

       

 

 



明日もう1話UP予定です。




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