22、 ジルフェスタ王の告白
少し時間を遡る。
ちょうど、マリエルがアランに相談していた頃。
デュリカーナ王ジルフェスタはアランの追撃を逃れ、その日の夜のうちに城に帰城していた。
息子の暴挙に憤慨しながらも、自身を翻弄させるその手腕に手応えも感じ、複雑な思いを抱いていた。
帰城し城内に入った瞬間、普段と違うピリピリしたムードを見て、王はすぐに異変に気がついた。
この2日の間に何があったのか?
緊迫する中、侍従長から渡された隣国オルリアの王からの書状を目にし、その一文で何が起こったかすべてを理解した。
心痛な面持ちのまま、その場でディークファルトを自室に招くように声がかけられた。
「久ぶりだね。ディークファルト君」
「お久しぶりにございます。ジルフェスタ王様」
「うん・・・・悪いね。こんな時間に呼んだりして」
「いいえ、こちらも用があったので、逆に助かりました」
「先程、オルリアからの書状読ませてもらったよ」
何故かグッタリしているジル王に、どうしたのだろうと首を傾げていると目が合った。
自然と背筋がピンと伸びる。
「君の父君は容赦がないね」
うなだれるジル王は手元の書状を「読むかい」と手渡して来た。
「拝見します」
と受取り、中を見て目が点になった。
【親友 ジル君へ
ネタ上がってるんだから、さっさと愛娘をこっちに寄越しなさい。
往生際悪すぎ!
わかったら、うちのディー君との婚姻にも許可してね!
まったく急に連絡途絶えたから何かと思えば、こんなことだとは・・・。
未練がましいと株下げるよ!
じゃあね!
オルリア国王 ユーグ・オルリア】
え・・・・・・。
え〰〰〰〰〰〰〰〰〰!!!
卒倒なんてもんじゃねーぞ!
何やってんだ!馬鹿親父‼‼
何てこと書いて送ってるんだよ!
親友ジル君って何だ!!
「そりゃ、ユーグンの言う通り、いつまでも隠し通せるとは思ってなかったけどさ。娘を持ったことがないからこんな辛辣なことが言えるし書けるんだよ」
大陸一の帝王と言われているジル王がいじけた?!!
ってか、ユーグンって何だ?!
オルリア王の名は、ユーグ・オルリア。親父のことか!?
ディークファルトは平常を取り戻し、疑問を問いかける。
「書状には親友と書かれてますが・・・
」
「ああ、ユーグンとは仲良いよ」
え、初耳ですが?
「世間じゃ不仲説が出てるけど、実は幼馴染だったりするんだよね」
・・・はい?
「小さい頃から年が近いから何かと比べられたんだけどね。思いの他、気が合ってね。他国での式典なんかでよく顔合わせてたからその度に意見を交わしたよ」
と、朗らかに笑われ拍子抜けである。
ここでジル王はお酒を用意させると、人払いさせた。
「避けていたことを責められても仕方ないのに・・・・ユーグンらしい」
あの子供が書いたような手紙を送る親父もいい加減だが、そんな言葉で締めくくるジル王も大概だ。
「まあ、それはいいとして」
いいんかい。
「ディークファルト君は、うちのマリエルのことをどう思う?」
「どう・・・とは?」
「女性としてでもいいし王女としてでもいい、あの娘のことをどう思う?」
大きな氷、アイスボールの入った2つのクリスタルグラスにトクトクトクとお酒を注がれ、渡されたグラスを手に思案しディークファルトは口を開いた。
「私は昔から女運が悪いというか困ったことが多かったので女性は苦手ですが、彼女のことは大変好ましく思っています」
「困ったこと」
ジル王は一口クイっとお酒を飲むと苦笑いする。
「聞いてるよ。君はうちのアンによく似ている」
「・・・アンというと王妃様ですか?」
一つ頷き、視線を下げて語り始めた。
「彼女は昔からフォロモン体質なのか男性を百発百中その気にさせてしまう人でね。気が気でない私は彼女を城に縛り付けるような真似をしてしまうのだが、本人の意思とは違う所で事が起きるのでね。昔から心配が絶えないんだよ」
フウッと嘆息するジル王に複雑な面持ちになる。
「心痛お察しします」
男の自分でさえも貞操の危機は一度や二度ではないのに女性がそれでは。
俺でも旦那の立場では心配通り越して監禁まがいの事はしてしまいそうだ。
ジル王のアンジェリカ王妃の執着にはこれが関係しているのかと、やけに納得したディークファルトだった。
「君が生まれてからユーグンはよくアンに相談していたよ」
「相談、ですか?」
「本人の望むこととは違う所で人が持つ邪な行動をどう察知し、対抗するべきか、避けられる方法はないか、とかね。ただアンにもその対処の答えを持ち合わせていなかった。一つの対処として、アンは私という付加価値を得たことで、そういった者たちへの抑止力になったようだがね」
それでも十分ではなく、害虫は湧いてくる。と苦虫潰したような表情をしながら王はガブッと一口お酒を含んだ。
「・・・・父がそこまで私のことを思っていたとは知りませんでした」
手元のお酒に視線を落としたままのディークファルトにジルは穏やかな視線を送っていた。
「愛しているよ、彼は。アリアナ妃を。そしてその間に設けた子供たちのことも」
「父が愛情深い人なのはわかっています。だからこそ私はそのことで10年前まで悩んでいました。母をこの世から奪った自分自身の存在を疎んで病まなかった」
「10年前まで?」
「自分という存在は人の重荷にしかならない足手まといの子供なのだと」
「なぜそんなことを・・・」
「母は私を産んだことでこの世を去った。父から母を奪ったのは自分なのだと。生まれてからも事件に巻き込まれ家族に迷惑をかける。そのことに心痛め、生きることさえ苦痛を感じるほどすべてに投げやりになっていた時に、私はマリエル姫と出会ったのです」
「・・・10年前の式典の時だね」
「はい、あの時姫は何気ない言葉を言っただけかもしれませんが、私自身見つめ直す機会を得られ、心の重荷を取ってもらった。純粋で無欲で、だからこそ私は彼女を何者にも代え難い存在だと思っています」
女性という媒体を通して、特に女性の凶行を目にする度にディークファルトは自分の存在意義をいつも問うて来た。
故に女性に対して過剰反応してしまう部分もあった。
自身の弱さを受け止められなかったのだ。
苦手意識は早々拭えるものではないが、マリエルの言葉はディークファルトの中で何かを変えるには十分な威力があった。
月日がたち、その思いが恋心に変わるには十分なものがあった。
少しの沈黙の後、ジル王はある言葉継ぐんだ。
『 』
ハッとしてディークファルトはジル王を凝視した。
「それは」
「代々デュリカーナの王となる者に伝わっている言葉だ。君の王家にも伝わっているね」
「はい。しかしなぜデュリカーナでその言葉が・・・」
「建国して2800年。それ以前はデュリカーナとオルリアは一つの国だった証。なのだそうだ」
?!
「そんなことはオルリアでも伝わっていないだろう。歴史にもそんな伝記はない。が、この言葉が伝わっていることが何よりの証拠なのだろうと、君の父君も言っていた」
ここでジルは空になったグラスに再度お酒を注ぎ、ディークファルトのグラスにも注ぐと静かにお酒を飲み始めた。
ジル王のグラスの中身が半分を過ぎた頃ポツリと話し始めた。
「王に伝わる言葉を知っていた上で、私は娘を君たちから隠した」
グラスの中の氷が踊り、カラリと音をたてた。
隠す?オルリアからマリエルを隠したと言ったのか、ジル王は?
「青と黒の竜と出会ったあの娘を、手放すのが嫌でね」
ディークファルトは神妙な面持ちになった。
オルリアとデュリカーナに伝わる伝承。
【青の王竜 征する者、この世の覇者となりうる。黒の守り竜を征する者、すべての竜を掌握できる器となりうる】
王太子サイラスが、青と黒の竜に会ったというマリエルを調べるように言ったのには、この伝承があったからだった。
もしマリエルが王竜から親愛の証である鱗を持っていれば、その身は大変危険を伴うこととなる。
覇者となれる者がいると知られれば、ほしいと思う者が必ず現れる。
小国の王や賊、野心をもつすべての者たちに。
それを回避するために我がオルリア国では代々青竜に愛されし者を保護してきた。
今回その証拠となる鱗が出てきたことで、オルリア国でも大騒ぎになっているらしい。
王太子サイラスからディークファルトへの手紙にも、早急にマリエル姫保護の為オルリアへ連れて来るようにと達しがあった。
ジル王はこの伝承を知っていたからマリエルを隠した。
正確には青の竜と出会った事実を隠したのだった。
「この時代の女性の適齢期をどう思うかね?」
「はい?」
まったく違うベクトルからの話について行けず聞き返してしまった。
「女の子は18歳で適齢期とかどうなんだい。たった18年で親の元を去るなんておかしい世の中だよ、ヒック」
酔ってる?
「それでも耐え難いものがあるのに、若干7歳で手放すなど私は考えられなかった」
グラスを目の前のテーブルに置き、頭を抱えたジルだったが、自虐するように笑みを歪めた。
「親のエゴだと言われようと、あの娘が成人するその時までは手元に置いておきたかったんだよ。その上であの娘が成人する18歳になったら、こちらから君に結婚の打診をしようと思ってたんだよ」
え?!と目を見張るディークファルトに思いの外、ジルから優しい視線を向けられ戸惑う。
「あの娘の幸せを考えたら一目瞭然だろう。あの娘が好きでどうしようもない竜がいる国、竜に愛されその竜相手に仕事してる君以外に適任者が思い浮かばなかった」
そこまで言ったところで涙ぐんだ王にディークファルトはギョッとした。
「なのにうちの大臣どもは私の許可も取らずに、勝手にどうでもいい輩に娘の結婚の打診を行うもんだから、腹が立って!」
酔に任せて愚痴るジルにどうしていいかわからないディークファルトは黙って聞いていた。
「私の知らないところで勝手に話を勧めて腹の虫が収まらないから、自ら見合いを壊して回ったけどね!」
ディークファルトはお酒を口に含みながら、ここにアランがいたら絶叫もんだろうな。と考察していた。
王のその理由を知らなかったんだから、周りはさぞ振り回されたことだろう。と同情を向けた。
興奮して一通り愚痴を言うと力尽きたように椅子にぐったりと座ったジルは静かに問うてきた。
「この事実を知るきっかけは、アンかい?」
「マリエル姫が青竜に出会ったことですか?そうです。結婚の打診と一緒にお手紙を頂きました」
「遅かれ早かれ、行き着く所は君だったか」
ジル王のやけに小さい声にディークファルトの耳には届かず首を傾げた。
ジルは目を閉じ逡巡するが、嘆息後王然とジルは言葉を発した。
「ディークファルト君」
「はい」
「バレてしまった以上、猶予はないだろう。いずれ君に嫁ぐことを前提に来月にでもオルリアにあの娘を送ろう」
「ジルフェスタ王」
先程までと違う王の決断に、ディークファルトは驚いた。
「私もあの娘の相手は君だと思っていた。ユーグンの言葉ではないが、結婚の話を進めてもらっていい」
「いいえ、私は」
結婚に対する持論を持つディークファルトにはこの結婚を推し進めていいのか、まだ迷っていた。
そんなディークファルトを見てジルは心情を理解したのだろう。
「1年」と人差し指を掲げた。
「1年あちらでの生活の中であの娘が君との結婚に難色を示すようなら、オルリアの有力貴族との結婚でもいい。あの娘が望むように計らってやってほしい」
ジル王の言葉にディークファルトは悲痛な面持ちになるが、それがマリエルの為だと言い聞かせ頷いた。
「・・・・承知致しました」
一月後、マリエルのオルリア王国入りが決まったことで、ディークファルトはデュリカーナにいる必要がなくなった為、翌日には帰国する手筈となったのである。
明日もう1話UPします。




