20、 それぞれの思い
「そもそも何で10年前の式典にディーが参加したんだった?」
うちは男所帯でいくらでも参加できる者がいたのに?とサイラスが問う。
「あれ、覚えてません?ジルフェスタ王から『アンの美貌に靡かない心が鉄のように固い者を寄越せ』とお達しがあったからですよ」
「・・・・・」
ジルフェスタ王の王妃アンジェリカへの執着、いや愛情の深さを実感するサイラスだった。
「まあ、うちは消去法で恋敵だったユーグ王は✕。当時昼行灯化した王に代わってあなたも政務があって大変な時でしたから皇太子のあなたは真っ先に除外。ルーカスに関しても当時の竜騎士隊長の下、修行中の身でこちらも除外。第三王子のクリスに関してはジル王の要望からはかけ離れていたため当然除外。で、残ったのがディーだけだったという話です」
「思い出した。あの時お前が1週間いなくて私は死ぬほど大変だったんだった」
苦虫を潰したような顔をするサイラスに、イーサンは淡々と当時の状況を説明した。
「そうは言ってもディーを一人で行かせるのは狼女の中に子羊王子を投げ入れるようなものでしたから、教育係の私が駆り出されたのですが・・・・案外、私がいなくても事足りていたのでは。と今では思っていますよ」
「・・・」
これまでのディークファルトとマリエル姫の様子を聞いて『そうだな』という感想しか出ないサイラスは複雑な表情を浮かべる。
「それほどまでにマリエル姫は頼もしい方でしたよ」
フフフと笑う従兄弟の笑みがなぜか恐ろしいと思ったのはサイラスだけではないだろう。
弟のサックスもなぜか真っ青な顔をしていた。
その数分後、父王からデュリカーナ王宛の書状を持って執務室へ入ったルーカスは、従兄弟の笑みにドン引きしたのは言うまでもない。
自分がいない間に何があったのか。
知りたいような知りたくないような複雑な面持ちだった。
気持ちを切り替え兄サイラスに視線を向けた。
「兄上、父上から書状を預かって来ました」
「ご苦労だったな」
「それがそうでもなくて。あの父上がディーの書いた書状を見た途端に血相を変えて、これを書いたと思ったら自ら元老院がいる議場に殴り込み状態で乗り込みまして」
ルーカスの言葉に三人は絶句した。
「何?」
「え?」
「嘘だろう?」
三者三様であるが、思いは一緒だった。
あの昼行灯化した王は近年では竜御殿の隣にあるユリの離宮に篭って出てくることはなかったのである。
どんな緊急事態であっても動かない王は、完全にお飾り王の状態だった。
本来は退位してサイラスに王の座を明け渡したいと思っているが、後継者問題もあり、王も耐えている状態だった。
皇太子サイラスは三年前ようやく自分に合った皇太子妃を見つけ結婚したがなかなか子宝に恵まれなかった。
現在その皇太子妃は妊娠五ヶ月だが、生まれて来る子の性別でその退位時期が先延ばしになるかという状態なのだ。
今ここで王の座を明け渡せば王位継承権問題で下の王子達が駆り出され、また貴族間で争いの元になることを恐れ、退位していないのが現状だった。
もっとも王がここまで昼行灯化できたのは、一重に優秀な王子達がいたからだ。それぞれの強みを活かし国民の為に強くあろうとした王子たちの賜物なのだが・・・。
その王が自ら動いた?
「私も初めて見ましたよ。あんな父上は」
俊敏すぎるその動きに、ああこの人も王だったんだな。と妙に納得する動きと元老院への説得だった。
「では元老院は」
困惑気味に問うて来た王太子にルーカスは肯定した。
「満場一致。『早急にこの書状を持って対応するように』とのことです」
ルーカスは持っていた折封された書状を兄サイラスに手渡した。
ここで流石のイーサンも口を出してきた。
「・・・・元老院への説得も済ませ済みと?」
「王自ら動かれて、迅速に了承をもぎ取りました」
赤やら青に顔色を変えるルーカスに、流石のイーサンも驚きを隠せなかったが、王自らやる気になってくれたなら言うことない。
案件が案件なだけに、王自ら動いた?
イーサンはそこにユーグ王の個人的な思惑があるようにも思えたが、今は一刻も早くディークファルトに会い、この書状をデュリカーナ王に渡すのが先決だと考えた。
「ではこの書状を一刻も早く向こうに持って行くことが先決です。竜騎士隊員から1名、すぐにデュリカーナに渡って下さい」
イーサンの言葉に皇太子が続く。
「そういうことなら、隊長か副隊長。どちらかが行くべきだろうな」
奇しくも竜騎士隊、隊長ルーカス・オルリアと副隊長サックス・シュレイム共にここに揃っていた。
お互い顔を見合せたが、サックスが先に名乗りを上げた。
「私が行きましょう」
ルーカスはこの時、正直ラッキー☆!と思った。が、顔には出さなかった。
「そうか、悪いな。ではすぐにでも出発してくれるか」
王太子の言葉にサックスは「承知致しました」と頷き、隊長に向き直った。
「ルーカス隊長、ボスに乗って行ってもいいですか」
古い軍竜だがそのスピードは軍の中でもトップレベルだ。しかも古くから軍で活動しているだけに人の指示も通りやすい、言うなれば扱いやすい竜だった。
「そうだな。一刻を争うならあいつを連れてった方がいいだろう。許可する」
隊長の言葉にサックスは、右腕拳を左胸に当て一礼すると書状を持って一目散に執務室を後にした。
「あいつ、やけにわくわくした表情してましたけど、どうしたんです?」
ルーカスはサックスが出ていった方向を向いて疑問を口にすると、年長者二人がフッと笑った。
「あれはイーサンの話の信憑性を確かめに行ったな」
サイラスの言葉にイーサンは眉を下げた。
「度肝抜かれて帰って来るだけですよ。砂どころか砂糖を口から吐く羽目になるのにそんなに見たいですかね」
「普段のあいつを知ってるものからしたら、信じがたいからな。俺も皇太子としての政務がなければ立候補したかったくらいだ」
「そういうのを物好きって言うんですよ」
「何とでも言え」
年長者二人のやり取りに頭の中がクエスチョンマークだらけのルーカスは困惑顔を向けるしかなかった。
「知りたいですか?仕様がないですね」
前置きを置いた上でイーサンがこれまでのディークファルトとマリエル姫のヒストリーを語り始めた。
マーカスは話を聞き始めた時は、え?誰の話してるの?と疑問を持ったが、段々と理解してくると驚きを通り越してオロオロし始めた。
最後まで聞いてルーカスが思ったことは『しまった!俺、行けばよかった〰〰〰〰!!!』ということだった。
オルリアの使者としてサックスを送り出したことを、本気で後悔した瞬間だった。
オルリア大国ユーグ王からデュリカーナ王宛のこの手紙で、この後マリエルの運命が一変したのは言うまでもない。
一方その頃
サックス・シュレイムはデュリカーナの上空で焦っていた。
オルリアとの国境を越えた所で、一番人の指示を理解し軍竜としてベテランである光属性の竜、ボスが暴走を始めたのだ。
ただ静止させなかったのは、目的地であるデュリカーナの王城方面に猛スピードで進んでいた為に、命令できない状態に陥っていた。
そうこうするうちに、ボスがギュルギュルと喉を鳴らしたのを聞き、前方を凝視していると、見知った竜と従兄弟の姿が目に映った。
ただその従兄弟の腕の中に女性の姿を確認し、サックスはフリーズした。
が、これがいけなかった。
ボスはそれでなくても尋常ではないスピードを出していた。
静止の合図が遅れ、あわや白銀の竜と衝突というところまで行ってしまった。
その為、白銀の竜が体制を崩し、乗っていた二人を危うく振り落とすところだったのだ。
従兄弟の竜さばきで事なきを得たが、大事そうに女性を抱きとめた自国の氷の王子に普段の姿とはかけ離れており、信じられない。の一言だった。
ディークファルトの腕の中にいたのは、兄イーサンから聞かされた件のマリエル姫だった。
この方が・・・と、思ったと同時に大陸一の美姫の存在感に圧倒された。
空の散歩中だったのだろう。
簡素な服装であったが、美しさは失われていなかった。
まだ少女と言ってもいい、あどけない面差しの姫はどちらかといえば可愛いらしい方だった。
いや仕草が可愛いと言った方がいいのかもしれない。
イーサンや皇太子サイラスが言った通り、今後間違いなく美しくお育ちになるだろうと思わせるには十分な姫君だった。
思わず鼻の下が伸ばしかけた時、従兄弟から刺すような視線を感じ、すぐに冷淡な表情に戻したが。
今の視線は独占欲か?
あのディークファルトが?
彼は幼い頃から女性に苦しめられてきた。
ゆえに女性嫌いと言って問題ないくらい彼にとっては女とは避ける存在だった。
それが、自身の腕の中に入れ大事に抱き抱えている姿を目の当たりにすれば、兄イーサンが言っていたことの信憑性が証明した証なのだと、妙に納得した。
何より感情を押し殺したように無表情がデフォルトだったディークファルトが、姫の前では独占欲まる出しで、竜に子供のように怒鳴ったり取っ組み合いを始めたのを見た時は、いろんな意味で本気で泣きそうになった。
あのディークファルトが本心で向き合える、素の自分を出せる、かけがえのない存在と出会えたのだと思うと、これまでの苦労を知っているサックスは嬉しくなった。
欲目で見ても、何よりこの色気駄々漏れ王子の横にいて見劣りしない姫に一対のものを感じていた。
しっくり合っている。の一言につきた。
年が若干離れているが、相手はもうすぐ成人される方なのだし何の問題もない。
ここはディークファルトの遅すぎる春のためだ。
この恋、成就できるように全力でサポートしようと本気で思ったサックスだった。
どういうわけか、他の隊員達も二人を見守るつもりのようだし、デュリカーナにいる間二人を存分に観察させてもらおう。
蜂騒動の後、考えにふけったサックスだった。
明日もう1話UPします。




