第8話 絆の芽生えとマルクスの逆襲
アキトの足音が、学園の廊下に虚しく響いていた。ルミエールアカデミー医療専門学校大学部の白亜の校舎は、普段なら活気ある学生たちの笑い声や話し声で満ちているはずだった。だが今、アキトの周囲には冷たい空気だけが漂い、すれ違うクラスメイトたちの視線は鋭く、嘲笑と軽蔑に満ちていた。「ストーカー」「キモいオタク」――そんな囁きが、アキトの耳に突き刺さる。
マルクス・ヴェルナーの罠は完璧だった。学園を守るために仕掛けた監視カメラの映像は、彼の手によって巧妙に改ざんされ、アキトが不審な行動を取っているかのように編集されていた。教室のドアを開けるたびに、向けられる敵意の視線。誰かが背後でクスクスと笑い、誰かがわざとらしく舌打ちをする。アキトの胸は締め付けられるような痛みに襲われた。
*こんな気持ち、初めてだ。* アキトは自分の部屋でゲームに没頭していた頃を思い出した。画面の向こうの世界では、誰も彼を拒絶しなかった。仮想空間「ルミエール・ラブロマンス」では、リオの笑顔が彼を待っていた。だが、現実の学園はあまりにも冷酷だった。心の奥底で、引きこもっていたあの頃に戻りたいという衝動が蠢く。*一人なら、こんな痛みを感じなくて済んだのに。*
アキトは拳を握りしめ、震える唇を噛んだ。*いや、違う。リオを救うためだ。マルクスの悪事を暴くためだ。逃げるわけにはいかない。* 彼は深呼吸し、教室の隅で一人教科書を広げるクラスメイト、ユウトに目を向けた。ユウトはいつも静かで、漫画の話題になると目を輝かせる少年だった。アキトは勇気を振り絞り、ぎこちなく声をかけた。
「その問題、難しいよね。僕、数学得意だから……手伝おうか？」
ユウトは驚いたように顔を上げ、しばらくアキトをじっと見つめた後、照れくさそうに笑った。「マジ？ 助かる！ この微分方程式、頭爆発しそうだったんだよね。」その瞬間、アキトの胸に小さな温もりが灯った。たった一言の会話が、凍りついていた心を溶かし始めた。
次の日、アキトはさらに一歩踏み出した。休み時間、クラスメイトのナナが手に持っていた漫画雑誌に目を留める。「その漫画、僕も好き！ 最新刊の購入特典、限定グッズ付いてくるよね？」ナナの目がキラリと光り、彼女は興奮気味に話し始めた。「え、知ってるの？！ あのグッズ、めっちゃレアなんだから！ アキト、意外と話せるじゃん！」その会話に他の生徒も加わり、教室に笑い声が響いた。
アキトの心に、初めての感覚が広がった。*これが、仲間ってやつなのか？* 孤独と恐怖で押しつぶされそうだった心に、温かい光が差し込む。だが、その光はまだ脆く、マルクスの影がすぐそこまで迫っていた。
一方、エレナ教授は学園の職員室で、証拠書類を手に厳しい表情を浮かべていた。マルクスの不正を暴くための証拠は揃いつつあったが、彼の影響力は学園全体に及んでいた。「アキト、君の勇気は本物だ。だが、マルクスはそう簡単に諦めない」彼女はアキトに忠告しつつ、内心で彼の成長を認めていた。
マルクス・ヴェルナーは、学園の最上階にある豪華な個室で苛立っていた。金髪を乱暴にかき上げ、革張りの椅子に深く腰を沈める。「アキトごときが私の計画を邪魔するとは……許せん」彼の前には、ハッキングチームが作成した改ざん映像の報告書が広げられていた。だが、アキトの潔白を証明するクラスメイトたちの証言により、その策略は水の泡と化した。
「次はもっと確実に潰す」マルクスは冷たく笑い、スマートフォンを手に取った。「リオを人質にすれば、アキトは必ず動く。奴の弱点はあの女だ」彼は仮想空間「ルミエール・ラブロマンス」のサーバーにアクセスし、リオのアバターを完全に掌握。彼女のデータを人質に、アキトを仮想空間に誘い込む罠を仕掛けた。さらに、学園の裏ネットワークを駆使し、アキトを「学園の裏切り者」としてでっち上げる偽情報を流し始めた。
その夜、アキトは自分の部屋でYouTubeの生配信を準備していた。コメント欄には、クラスメイトたちの応援メッセージが溢れる。「アキト、頑張れ！」「マルクスなんかに負けるな！」視聴者の声に励まされ、アキトは笑顔を取り戻していた。だが、配信中に突然、画面が暗転。モニターに映し出されたのは、鎖に繋がれたリオの姿だった。「アキト……助けて……」彼女の震える声が響き、すぐにマルクスの冷ややかな声が続いた。「アキト、ゲームはまだ終わっていない。リオを救いたければ、ルミエール・ラブロマンスに来い。ルールは私が決める」
アキトの心臓が早鐘を打つ。罠だとわかっていても、リオを放っておくことはできなかった。「リオ、待っててくれ。絶対に助ける！」彼は決意を固め、仮想空間へのログインを始めた。
翌日、エレナ教授に事態を報告したアキトは、彼女と共にマルクスの策略を打破する計画を立てる。エレナは冷静に言った。「マルクスは君を仮想空間で孤立させようとしている。だが、君には仲間がいる。忘れるな」クラスメイトたちもアキトの呼びかけに応じ、仮想空間での戦いに協力してくれることになった。漫画好きのユウト、ゲームオタクのナナ、情報処理が得意なカズキ――それぞれが得意分野でアキトを支える。
「マルクスのハッキング、俺が解析してみせる！」カズキが自信満々に言うと、ナナが笑顔で続ける。「リオちゃんを助けるなら、私のガチャ運も使っちゃう！」ユウトも頷き、「アキト、俺も漫画の知識でサポートするぜ！」アキトは皆の顔を見回し、胸に熱いものがこみ上げた。「ありがとう、みんな……本当に、ありがとう」
仮想空間「ルミエール・ラブロマンス」にログインしたアキトは、マルクスが作り上げた暗黒の迷宮に足を踏み入れる。そこにはリオが閉じ込められ、彼女を救うための試練が待ち受けていた。マルクスの嘲笑が響く中、アキトは仲間たちと力を合わせ、迷宮のトラップを突破していく。だが、マルクスの本当の目的――学園を完全に支配するための最終計画――はまだ明かされていない。
