第5話〜正義の重さ〜
アキトの部屋は、モニターの青い光に照らされていた。無数の画面が映し出すのは、ルミエールアカデミーの廊下、教室、校庭――そして、マルクス・ヴェルナーの姿。監視カメラの映像をチェックするアキトの目は、血走っていた。ついに見つけたのだ。マルクスが裏で暗躍する決定的な証拠。闇の取引、脅迫めいた会話――これさえあれば、国家に提出してマルクスを追い詰められる。そう信じて、アキトは動画を提出した。
だが、返ってきたのは冷たい一言だった。
「証拠不十分」
アキトの手が震えた。画面に映る「却下」の文字が、まるで彼の正義感を嘲笑うようだった。「こんな証拠でもダメなのか…」彼はキーボードに額を押し付け、呻くように呟いた。「僕の力じゃ…リオを救えない…」
ゲーム「ルミエール・ラブロマンス」の仮想空間。満天の星空の下、リオン(リオ)のアバターがアキトの隣に佇んでいる。彼女の瞳は、現実と変わらぬ温かさでアキトを見つめていた。
「アキト…あなたがそんな気分でも、私には関係ないよ。」リオの声は柔らかく、しかしどこか力強かった。「あなたがここで、私とこうやって話している。それだけで、私には意味があるの。」
アキトは俯いた。ゲームの中では、傷つく必要も、戦う必要もない。仮想空間のリオはいつも彼を受け入れてくれる。だが、現実のリオ――マルクスの魔の手から彼女を救うためには、ゲームの外で戦わなければならない。
「リオ…僕、怖いんだ。」アキトの声は震えていた。「ゲームなら、失敗してもリセットできる。傷つくこともない。でも、現実でマルクスに立ち向かうって…もし失敗したら、僕が…」
リオのアバターがそっとアキトの手を握る。仮想の感触なのに、なぜか温かかった。「アキト、正義ってなんだと思う?」
アキトは言葉に詰まった。正義。それはマルクスを倒し、リオを救うことだと思っていた。でも、国家に証拠を却下された今、その信念は揺らいでいた。「正義って…悪い奴をやっつけることじゃないのか?でも、僕の力じゃ足りなかった。証拠だって、ダメだったんだ…」
リオは静かに微笑んだ。「正義って、誰かを救いたいって思う気持ちそのものじゃないかな。たとえ怖くても、傷つく覚悟で一歩踏み出すこと。それが本当の正義だよ。」
アキトの胸に、リオの言葉が突き刺さる。彼女を救うには、ゲームの世界に逃げ込むだけじゃダメだ。学校に行き、マルクスに直接立ち向かわなければならない。証拠の動画を手に、証言し、戦う――その先にしか、リオを救う道はない。
でも…学校に行く?今さら?
アキトの部屋のドアは、埃をかぶっていた。何ヶ月も開けていない。外の世界は怖い。学校にはマルクスの手下がうようよしている。笑いものになるかもしれない。傷つけられるかもしれない。それでも、リオを救いたいという思いが、彼の心を締め付ける。
「リオ…僕、行ってみるよ。」アキトはモニターの中のリオに呟いた。「怖いけど…君を救うためなら、やってみる。」
リオの笑顔が、星空の下で輝いた。「それでいい、アキト。あなたならできるよ。」
アキトは深呼吸し、埃をかぶったドアノブに手を伸ばした。心臓が激しく鼓動する。学校に行く。マルクスに立ち向かう。本当の正義を、掴み取るために。