第2話 バーチャルな君と現実の影
姉貴が植物状態になってからも、婚約者は毎日俺に優しい笑みを浮かべてくれた。しかし、ベッドに横たわる姉貴を見て、婚約者は瞳を揺るがせ、溢れ落ちそうな涙を押し戻しているようだった。
(俺の…せいだ…。俺があの時、ちゃんと前を見て歩いていれば、2人をこんな目に合わせなかったのに)
俺は毎日後悔と罪悪感に苛まれた。
ーールミエールアカデミーの地下室。薄暗い部屋に、モニターの青白い光が揺らめいている。アキトの指はキーボードを叩き、画面には彼のゲーム実況配信が映し出されている。視聴者数はまだ数百人程度だが、彼にとってはこの空間こそが自分の王国だ。
彼の視線の先には、モニターに映るマルクス・ヴェルナーの姿。学園の「王」とも称されるマルクスは、金と権力で周囲を支配し、リオに不遜な視線を向けていた。あの金髪クソ眼鏡、リオに近づいたら許さない。
そんなある日、アキトは新作ゲーム『ルミエール•ラブロマンス』を衝動買いした。オンラインサブスク限定配信されていたゲームだ。噂のバーチャルリアリティゲームで、プレイヤーは仮想空間に入り込み、選んだ女子アバターと恋愛シナリオを進めることができる。クリアすれば、なんとそのアバターと現実世界でも恋が叶うという、夢のようなシステムだ。
「ふん、所詮はゲームだろ? でも、まぁ…時間潰しにはいいか。」
アキトはヘッドセットを装着し、ゲームを起動する。意識が吸い込まれるような感覚とともに、彼の視界は色鮮やかな仮想空間へと切り替わった。そこはルミエールアカデミーを模した学園だった。教室、廊下、校庭――現実と見紛うほどの精巧さだ。
ゲームのチュートリアルが始まり、4人の女子アバターが現れる。清楚な文学少女、元気なスポーツ少女、クールな生徒会長、そして――
「…え?」
アキトの心臓が跳ねた。4人目のアバター。その顔、髪型、微笑み――すべてがリオそっくりだった。名前は『リオン』と表示されているが、瓜二つだ。
「まさか…いや、偶然だろ? でも、こんな偶然…!」
彼の手が震える。このゲーム、ただの娯楽じゃないかもしれない。アキトは迷わず『リオン』を選び、シナリオを進めることにした。
仮想空間での『リオン』は、現実のリオと瓜二つだが、どこか柔らかい雰囲気を持っていた。彼女と会話するたび、アキトの胸は高鳴る。ゲーム内の学園で一緒に過ごす時間は、まるで現実のリオンと過ごしているかのような錯覚を彼に与えた。
「ねえ、アキト。どうして私を選んだの?」
仮想空間のリオンが、柔らかな笑顔で尋ねてくる。アキトは言葉に詰まり、顔を赤らめた。
「い、いや…なんとなく、かな…。」
本当は言いたい。君がリオに似てるからだ、君がリオそのものだからだ――と。
しかし、ゲームを進めるうちに、アキトは違和感を覚え始める。『リオン』の言動が、時折、現実のリオの知られざる一面を映し出しているのだ。彼女が好きな本、好きな音楽、ふとした瞬間に見せる表情――アキトが隠し撮りでしか知らないはずの情報が、ゲーム内に散りばめられている。
「このゲーム…どうなってんだ?」
アキトは背筋に冷たいものを感じた。ゲームの裏に何かがある。開発元を調べようとネットを漁るが、情報はほとんど出てこない。謎のベールに包まれた『ルミエール•ラブロマンス』の正体とは? そして、『リオン』は本当にただのアバターなのか?
一方、現実世界では、マルクスがリオに接近し始めていた。アキトの隠しカメラが捉えた映像には、校庭でリオに話しかけるマルクスの姿があった。金髪を揺らし、自信満々に笑うマルクスに対し、リオはどこか困惑した表情を浮かべている。
「くそっ…マルクスめ、絶対にリオを渡さない!」
アキトは拳を握り、決意を新たにする。仮想空間での『リオン』との恋を進めながら、現実でもリオを守るため、マルクスの弱みを握る計画を加速させる。
だが、その夜。アキトがゲームにログインすると、『リオン』の様子がおかしい。彼女の目が、どこか現実のリオンと同じ、憂いを帯びた光を宿していた。
「アキト…私、知ってるよ。あなたが私を見ていること。」
画面越しの『リオン』の言葉に、アキトの心臓が止まりそうになる。彼女は一体、何をーー。




