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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

朝起きたら、語尾に♡マークが付いてた

作者: 鈍色錆色

 あ、遅刻…………遅刻!


 思わず、枕元の目覚まし時計を手に取って確認する。

 時計の針が刺しているのは『II』のローマ数字。けれども窓の外からはすでに日の光と小鳥の鳴き声が入り込んでいた。


 つまりは……


「こ、こんなタイミングで電池切れ♡」


 ん?


 今何かおかしくなかった?


 おもわす、周りをキョロキョロと見渡してしまう。


 ってこんなことしてる場合じゃ無い!


 学校! 私は急いでリビングに降りると、朝食とメモ書きがあった。


 両親も妹ももう家を出たらしい。


 起こしてくれたっていいじゃん!!


 なんて、理不尽な感想をつい持ってしまう。


 一度部屋に戻ってパジャマから制服に着替え、それから 洗面所で身だしなみとメイクを整えて、髪を結ぶ。


 うん、今日も私はカッコいい!


 私はトーストを咀嚼しつつ、急ぎ足に家を出た。



「行ってきます♡」


 ?


 □ □ □


「おはよーハナ、遅刻珍しくね」

「おはよ、カナ♡ うん、目覚ましが壊れちゃってさ♡」


 ギリギリセーフで席に着いた私に、前の席の親友、カナが話しかけてくる。

 けど、どうにも様子がおかしい。


 私が返事をした瞬間、なぜかギョッとしたような顔をして、それから今度はジロジロと私の顔を見つめてきた。


「な、何♡ 私の顔に何かついてたかな♡」


 思わず、自分の顔を触ってみるが、おかしな様子はない。

 ただ、カナは今度はビクリと体を震わせた。


「いや…………なんつーか、声……かな? 一瞬声聞いた時に『キュン!』ってした」

「はは、何それ♡ 別にいつも通りだと思うよ♡」

「! っそ、そうなんだけど! そうじゃないっていうか!!」

「? どういうこと♡ もっとはっきり言ってよ♡」

「…………かわいい」


 ぼそっと。

 カナが何か言ったみたいだけど、よく聞こえなかった。

 もう一度聞く前に、カナはその場でうずくまって息を荒げだしてしまう。

 よく見れば顔が僅かに紅潮して見える。


 風邪か何かだろうか


「体調悪いの♡ カナ♡ おーい聞いてるー♡ カナー♡ 大丈――――」

「ほ、保健室! 保健室行ってくる!」


 私の言葉を遮って、カナは走って教室を出ていってしまう。

 ちょうど教室に入ってきた先生が怪訝な顔で注意をするが、「保健室! 超体調悪いんで!」と言って風のように走り去っていった。

 呆れたように教壇に立った先生は、朝の点呼を始める。


 そろそろ、私の番だ。


蒼井(あおいい) (はな)

「はい♡」


 …………おかしい、いつまで経っても次の名前が呼ばれない。

 顔を上げると、先生はぼーっとコチラを見ていた


「先生♡ どうかしましたか♡」

「い、いや! なんでもない。次! 金入 康太」

「…………はっ! はい!」

「樹下 瑞香」

「…………えっあっはい!」


 今日の点呼、みんなちょっと遅れてるような気がするな。

 ま、朝は眠いし仕方ないよね。

 私もちょっと寝よちゃおうかな。


 □ □ □


「蒼井さん……なんか可愛くね?」

「わかる、いつもはカッコいい系の人なのに」

「声聞いた途端ドキッとしたわ」

「なんかえっち」

「寝てる…………カワイイ」

「猫みたい」

「守護りたい」

「おい! あんま騒ぐな…………蒼井さんが起きるだろ」

「先生、注意せずに職員室行っちゃったな」

「しゃーねーよ。あんなに気持ちよさそうに寝てるの起こせねぇよ」

「確かに」


 □ □ □


 うーん。何かおかしい。


 今日、クラスの誰とも目が合ってない気がする。戻ってきたカナも様子がおかしいし、お昼の時も無言。


 なのに、今もどこかチラチラと視線を感じる。

 ほんとなんだってんだ。


 思えば、今日はずっとそんな感じだった。

 体育の薙刀では叫んだ途端に相手が転んじゃうし、国語の授業で教科書を音読する時は、みんな俯いていた。


 うーん。絶対なにかおかしいのに、何がおかしいのか分からないこの感じ…………モヤモヤするー!


 はぁ、部活行こ。


「じゃあね、カナ♡ 私もう行くから、カナも頑張って♡」

「はうう! が、頑張る!」


 ちなみに私は吹奏楽部、カナはバスケ部だ。


 □ □ □


 ♡


 今日の演奏は調子がいいみたい。

 普段、課題曲のどうしても上手くいかないところが、綺麗に出る。

 私のサックスは昨日までの四角四面な音ではなく、柔らかなアレンジが効いていて、自分で聴いても惚れ惚れする音を奏でていた。

 やがて課題曲の演奏は終わり、顧問は指揮の構えを解いた。


「…………素晴らしい。特にサックス! 昨日までとは段違いだ。随分とエロいアレンジが効いてやがる。キュートかつエレガント! よくここまで仕上げたな」

「「「ありがとうございます!」」♡」


 褒められた。

 勿論、サックスは私だけじゃないが、今回に限っては私の影響が大きいと思う。

 内心のガッツポーズを表情に出さないように精一杯のポーカーフェイスを作る。


 よし、次は自由曲の練習。

 大丈夫、こっちは私の得意な曲だ。


 ♡


「ストップ!」


 顧問はさっきと違い、数パート進んだ所で演奏を中断する。


「サックス、さっきのアレンジが尾を引いている。ここは荘厳な音が欲しいのに、力が抜けるような緩い音を出すな。もう一度、1パート前から」


 ♡


 すぐに、顧問の指揮が止まった。


「サックス! 一人づつ最初から今のとこまで!」

「「「はい」」♡」


 手が震える。

 いつものように吹けなかった。

 自分が足を引っ張っていると言う自覚が、胸の奥をギュッと締め付けてくる。

 本当は、いっそ『私のせいです』って立候補したいけど、それを判断するのは顧問だ。


「次、蒼井さん」

「はい♡」


 落ち着こう。息を吸って、いつも通り丁寧に――――


 ♡


 □ □ □


 かちかちかちかち


 散々な全体練習が終わり、個人練習の時間がやってくる。

 個人練習は、周囲からの音が邪魔にならないよう、ひっそりとした体育館裏でやる。


 私はメトロノームの前で、タンギングの復習していた。

 何が原因か分からない以上、基礎から全て、丁寧に洗い直す必要がある。


 いつも、そうやってきた。


 真面目に、ひたすらに懸命に。

 馬鹿にされようと、無視されようと、雨の日も休みの日も、毎日サックスに向き合ってきた。

 学校をサボることはあっても、練習をサボることはなかった。


 バカで気ままで、でもサックには真面目で、カッコいい、私。

 それが私。


「う……ぁ…………うぅ♡」


 思わず、涙が溢れる。


 分かってた。カナやみんなが、どんな風に私を見ていたのか分かってた。

 認めたくなかった。カワイイとか思われたくなかった。


 カッコいいって、思われたかった。


 ずっと、私はカッコいい、サックスに真剣だって言い聞かせて、これまで辛いことを乗り越えてきたのに。


 みんな、今日は寄ってたかってそれを否定する。


 みんなのことは好きなのに、みんな悪意なんてないのに、それがたまらなく辛い。


「あぁ…………ぐ…………う♡」


 ポタポタと、涙が勝手に溢れていく。

 きっとこれはバチが当たったんだ。


 心当たりがある。

 私は、疑った。


 課題曲でアレンジが出来ずに、退屈だと言われて、愕然とした。

 自分は天才でも何でもない、努力しても才能あるアレンジは出来ない。


 なら努力に意味はあるのかって疑った。


 他の人のアレンジを真似て、自分なりに試して、毎日の練習メニューが変わった。


 そして昨日の夜、やっと理想の音が出来たと思った。なのに。


 ♡


 タンギング、息だけでも、前と違うとはっきり分かる。


 もう、素の音が分からない。

 戻せるはず、必ず。けどもし、戻せなかったら? 戻せるとしても、こうなるのとおんなじぐらいの時間がいるとしたら? 少なくともコンクールには間に合わない。


「………………」


 声が出ない。何か、ずっと喉と胸が締め付けられている。


 練習、しないと。サックス、吹かないと。

 私は、カッコよくて真面目で…………



「ハナ?」



 唐突。

 意識の隙間にいたのか、すぐ近くにいたのに、気が付かなかった。


「カナ♡」

「大丈夫? 顔赤いし目が腫れてる。熱中症かも。ここは日陰だけど…………保健室行く? 無理そうなら保険の先生呼んでくるから」


 カナは、私が呼びかけても、普段通りの反応を見せた。


「なんで♡」

「あぁ、今日体育館バレーとハンドが貸し切ってる日でさ、体育館使えないから自主練で軽く走り込みしてたの」


 違う、なんでいるのかじゃなくて、聴きたいのは別のこと。


「なんで♡ 私の声、変なのに♡」

「? いや、そりゃ最初はびっくりしたし、ドキドキしたけどさ、非常時だし()()()()()気にしてる余裕ないよ。それで、立てる?」

「うん♡ 大丈夫♡ 保健室も行かなくていい♡」


 持ってきた椅子から立ち上がり、サックスをケースにしまう。

 一旦落ち着こうと水分を口にした途端、体から力が抜けて、私の膝はカクンと折れ曲がった。


「おっと危ない」


 カナは、危なげなく崩れた私の体を下から支え止める。

 ありがとう、と言おうとしたが、カナはそのまま私の手を握って、離してくれない。


「離して♡」

「いや、やっぱヤバいって。一応保健室行くよ」


 やっぱり、朝とは違う反応が返ってくる。

 淡白で、でも優しくて、いつもと同じ、変わらない親友がそこにはいる。


「カナ♡」

「何?」

「…………呼んでみただけ♡」

「めんどくさいなぁ」

「カナ♡ カナ♡ カナ♡」

「はいはーい、カナさんですよー。そういえば、小学生の時はよくこうやって節つけて名前呼んでたね。こう、互いの名前を混ぜながら」



 確かに、そんな記憶がある。

 手を繋いでブラブラと揺らしながら、色々と組み合わせて遊んでいた。


「カナハナカナハナって。そもそも、名前が似てるからって仲良くなったっけ」

「ハナカナハナカナ♡」

「おっ、久しぶりにやる? じゃあ次はカナカナハナハナ」



「カナカナカナハナ♡」

「ハナカナカナハナ」


 そう、節を付けて……


「ハナハナハナカナ」

「カナカナカナハナ♡」


 いろんな組み合わせを試すんだ。


「ナナカナハハナカ♡」

「カカナバナナカナ」


 手を握って振って歌うように声を出して。


「ハナハナハナハナ」

「カナカナカナカナ」


 私たちは、保健室に着くまで、二人でこの遊びを続けた。




 □ □ □


 次の日


 朝目が覚めて、目覚ましを確認する。


 時計の針が刺しているのは『Ⅵ』のローマ数字。どうやら目覚ましよりも早く起きたらしい。


 背伸びをして、パジャマから着替える。

 リビングに降りると、お母さんが朝食を作っていた。


 早起きに驚いていたが、手伝いを申し出ると更に目を見開いた。


 後から来たお父さんも驚いたようで、私の姿を見た後、少し固まっていた。


 私だってやればできるんだよ、と得意げになってしまう。


 妹はまだ来ない。どうやら寝坊したらしく、慌ただしく準備する音が聞こえる。


 朝食のご飯を食べた後、洗面所で身だしなみとメイクを整えて、髪を結ぶ。


 うん、今日も私はカッコいい! 


 家を出ると、空の水色が目に染みる。


「行ってきます」


 今日は、少しだけ早く家を出れた。


 □ □ □


「おはよーハナ、今日早いね」

「おはよ、カナ うん、目覚ましよりも早く起きたよ」


 一番乗りで席に着いた私に、登校してきた親友、カナが話しかけてくる。


 私が返事をした瞬間、少し驚いた顔をして、それから今度はジロジロと私の顔を見つめてきた。


「何? そんなじっくり見られると照れるんだけど」


「ううん、なんでもない。いつものハナだなって思っただけ」

「はは、何それ。そりゃそうだよ」

「うん、そうだね。それがいいよね」

「あ、カナ、耳貸して」


 カナは不思議そうな顔をして、耳を寄せてくる。


「…………昨日はありがと♡」


 ぼそっと。耳元で『あの声』を出してみる。

 カナが何か言いかけたけど、何もいえないみたいだった。

 もう少し何か言おうとしたが、カナはその場でうずくまって息を荒げだしてしまう。

 顔が僅かに紅潮して見える。


 その様子を見てると、少し嬉しくなってしまう。



「ほ、保健室! 保健室行ってくる!」


 そのまま、カナは走って教室を出ていってしまう。

 ちょうど教室に入ってきた先生が怪訝な顔で注意をするが、「保健室! 超体調悪いんで! 主に耳と心が」と言って風のように走り去っていった。

 二日連続の早朝保健室に、心底呆れたようにしながら

 先生は教壇に立って、朝の点呼を始める。


 そろそろ、私の番だ。


蒼井(あおいい) (はな)

「はい」


 そう、これが私の名前。

 何人かの生徒はあの声を期待していたのか、がっくりと肩を落としていた。

 ごめんね。でもどうしても聞きたいなら。



 私のコンクールに来て、課題曲を聴きにきてね♡

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