桜の季節のメメント・モリ
野坂と川瀬は学校を休んだ。わざわざなんばまで出てきたのにである。
「今でも桜嫌い?」
野坂が冬の訪れる前のなんばパークスの外回廊を歩きながら話した。地上九階の人工渓谷は冬は風か吹きすさび、夏は熱がこもる。
「桜は何でも隠してしまうからね。散るからこそはかなさを思わせるみたいなこと言う。すべてはなかったことにはならん。嫌なことを忘れさせてはくれるけど、どうしようもない人らはどうしようもない人らのままやし。古い市営住宅は古いままや。だから好きになれん」
「なら散っても覚えててくれるんやね」
「誰が散るねん」
「わたし」
「なんばパークスに桜が植えられたらキレイやろうな」
「話逸らしたなあ」
桜の季節、別れもあるし、新しく社会へ旅立つ人もいる。受験に敗れて浪人する人、受験すらやめる人、華やかな下で死はある。
「キレイやとは思わんな。変かな」
「わたしも同じ。どうして桜を描こうとして筆が進まないか理解できた気がする」
「どう?」
「どうかな。でも……」野坂のジャケットの袖を引いて止めた。「こっち」
「ほんま迷路や。僕ここどうやろ」
「遠慮がちやね。野坂くんらしい。街と自然の融合なんて言うてるけどね」
「遊び場やね。商業施設やわ」
野坂は肩越しに隣の川瀬を見た。もし川瀬がここを描くとしたらどうするのかな。
「人を消す」川瀬は答えた。「ユトリロ的に描くかも。今なら野坂くん立たせる」
「一人?」
「うん」
妙な間が空いた。
「寂しい絵になるな」
「あ、今なら桜を描くかな。もちろん野坂くんもいる。わたしもいる」
「ろくでもないところで育ってる。付き合うたとしても不安なんよな」
「根っこは同じ。今ならなんで桜描けなかったのかわかるように気がする」
川瀬は息を止めた。
「ずっと心の底で気づいてたから」
二人は地下鉄から地上に出て、しばらく二階と三階の間を歩き、ガラスに囲まれたエレベーターに乗ると九階の空中へと飛び出した。
「桜、わたしには見ていたのに見ようとしなかったもんがある。メメント・モリ」
川瀬は呟いた。