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GEKKOに囚われた姫

「デジカメかな。パソコンで処理できるようになったのがね。後でどうにでもなると思うと撮るときのドキドキが薄れてん。髪からつま先まで僕の世界に封じ込めるみたいなのが消えた」

 野坂は少し笑うと、

「川瀬さん、何描こうとしてたの?」

 と尋ねた。

「桜やと思う」

 桜で間違いない。

「たぶんあのときも話したで。ぜんぜん忘れてるん?五日も朝一緒にいたのに。三日や」

「話した記憶ない」

「ひどっ」

 川瀬は殴るふりをした。

「ええねん。でも野坂くんがマジなん伝わってきたから話せんかったな。あれから話したの今日が初めてかも。写真見た後は憧れすぎて話しかけられへんでん。これでもシャイやから」

「いつも囲まれてた記憶あるわ」

「囲まれてたというか、みんなで誰か囲む輪にはおった感じ。こんな話したかった」

「小難しい言われるで。でもあの後のことは覚えてるねん。美術部の顧問に文句言われて」

「新卒か二年目かでやる気満々な人で。すぐ指導してくるねん。下級生もデッサン部やん言うてた。でもこっちも後の方がおもしろい」

「ん?」

「顧問は野坂くんの作品見て黙ってた。油絵かデザインかわからんけど、凄い自信ある人やってんよ。顧問の前で野坂さんの写真はカラヴァッジョみたいですねと言うてやったわ」

「カラ?」

「画家。テネブリズムという表現で光と影を使いこなした人。人殺して野たれ死ぬけど」

 川瀬は紅茶を飲み干した。

「で、野坂くんの作品を観て、わたしは吸い込まれた気がした。もう魂を奪われた」

 残された写真を見つめていた。すでにデジタルカメラが主流のとき、ネオパンやトライXなどモノクロフィルム、光学レンズを通して撮ろうとしていたものがここにある。作品のモデルを終えた後、ホッとして微笑んだ顔だ。

「僕は今でも背伸びしてるわ。川瀬さんの方が自然体で生きてると思うねんけどな」

 この写真は解き放たれていた。スマホで写真を撮ろうとして、川瀬に手で塞がれた。

「盗撮禁止やん。ここにわたし自身おるのに何で昔の写真を撮ろうとするかなあ」

 川瀬は溜息を吐いた。

「こうしてせっかく会えたのに、つまらないこと話してるわ。もっと話したいことあるはずやのに。何か久々に会うたら忘れてしもた」

 川瀬は途中でやめて首を傾げた。

「野坂くん、ええ写真撮れたよね。わたしハードルの写真も覚えてる。蹴られそうな瞬間」

「蹴られた」

「マジ?」

「ハードルは踵で蹴るように跳ぶらしい」

 個人的にはつま先からハードルを飛び越えると思っていたけど、踵で蹴飛ばす感じで走るのだと聞かされて驚いたから撮影した。

 あれは本人が五台目くらいにトップスピードになるというから撮ってみたものの、体に余裕があるし、軋んでないし、もっと筋肉と精神のギリギリ狙おうよと七台に増やしたところにカメラを置いて寝転んだら、求めるものは撮れたものの膝で顔を蹴られてひどい目に遭った。

 川瀬はコロコロと笑っていた。

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