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桜舞い散る恋心

 高校二年の頃。

 至福の刻は一瞬で終わる。後であれがそうだったのだと気づいても、二度と戻らない。

「川瀬さん、何で絵を描いてるん?」

「静物画とかかな。デッサンが多い。基本は必要やから。はじめての子もおるし」

「指導もしてるんや?」

「ぜんぜん」

「邪魔してるかな」

「気にせんといて。でも何でわたしがモデルなん?」

「惚れてん」

「え……」

「申し訳ないけど、描かなくていいんで制服でお願いできますか」

「夏服で?」

「気になるかな」

「別にいいけど。自然光?」

「基本は。いろいろ試してみたい。フィルムはネオパンF。単焦点五十ミリで撮るけど」

「何のことかわからんわ。他の人は?」

「いらない。群像写真じゃないし。川瀬さんだけでいいんやけど、やっぱ嫌?」

 今の野坂には他の生徒も顧問も置かれた小道具も興味がない様子に思えた。

「朝の光で撮りたいなあ。あかんかな」

「わたしはいいですよ。体育部も演劇部も朝練してるし。何なら屋上で撮るとか」

「できれば室内やねんよ」

「了解です。日焼け止めいらんで済む」

「そか。お礼もせないかんな」

 野坂は顎に手を添えて壁に向いて額を押し付けたまま考えた。

「川瀬さんのイメージは室内なんよ。今何か描いてるのある?」

「今は特に。高校野球と吹奏楽の全国大会のポスター描いてるかな」

「ええんかな。川瀬さんの姿で封じ込めたいもんがあるねん。何度か見るたびに」

「顧問に何か言われたんやない?これは来年のやからええねん。特に筆も動かへんし。文化祭の絵も描いてるわ」

 野坂は素描を覗き込んだ。

「桜か」

「春にデッサンしておいてん。季節ずれるけど描きたくて。理由は今はわかんないかな」

 しかし川瀬は桜を描く気が失せた。わずかに野坂の表情に影がさしたからだ。


 翌朝から撮影をした。

 夏の朝、まだ誰も来ていないくらいの美術教室にいると、何だか気持ちが澄んだ。爽やかな夏の風が吹き込んでくるとき、かすかにシャッター幕が上下する機械音が響いた。こうしてモデルも悪くないなと思いはじめていた頃。

 あれがラストショットというのか。

 かすかに機械音が聞こえた後、

「撮れた」

 野坂が呟いた。

 すぐ片付け始めた。

 三日目の朝、始めて十分ほどの頃だ。野坂はカメラを三脚から外して、シャッターボタンに繋がる紐状のレリーズを抜いた。

「たぶん封じ込めたと思う」

 川瀬は涙を止めようとした。

「川瀬さん、ありがとう」

「ぜんぜん」

 何でわたし泣いているん?

 もうおしまい?

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