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鑛納梓

 雲を突き抜けると眼前には一面の青が広がった。

 この高度に到達するとホウキは自動で停止する。


 真っ白で分厚い雲は、相変わらずふわふわの綿飴のようだった。幼い頃に雲が食べられない真実を突きつけられ、涙を流して落胆したことを思い出した。


「えーっと」カバンをまさぐる瑠璃。


 そして中から合成繊維の小さな塊取り出した。

 それをポイっと前方に放り出す。

 塊は宙に浮くと、シャボン玉のように膨らんだ。


 瑠璃はホウキから薄い皮膜を張る球体に飛び移ると、そこに腰掛ける。ホウキは手のひらサイズまで縮小し、勝手にカバンの中に潜り込んでいった。


 瑠璃はこれらの現象がどのような原理で起きているのかしっかりと理解していない。


 意思を持つホウキもさることながら、人工的に作り出した物質が膨らんだり、空に浮かぶ理由も分からない。


 そんな疑問を持つようになった頃には、既に祖母は他界していたし、ミアに聞いても「魔女だから」という答えしか返ってこない。


「どこに来ても暑いのには変わりないか……」瑠璃はカラフルな日傘を取り出した。


 瑠璃は魔女とはいえ、まだ見習いの分類だった。

 分かることいえば呪詛、呪い、解呪だけ。

 その他のことは分からない。

 無頓着と言っても過言ではなかった。

 

尸骸(シニカバネ)、か。冷静に考えれば怪異だよなぁ。羊皮紙が届いた時点でお察しだけど」


 瑠璃には一つだけ思い当たる節がある。

 それはとても小さな懸念だが、しかし見逃すに訳にはいかないものであった。


 同級生でクラスメイトの鑛納梓(ひろせあずさ)

 瑠璃の唯一の友人がその懸念だった。


 彼女はクラス内においても一目置かれている存在だった。

 梓は群れることは好まず、自己主張もしない。

 だが決して無愛想なタイプでもない。


 成績は優秀であり運動神経も抜群。

 青みかがった瞳に息を飲む美しい黒髪を持つ。

 時折垣間見せる蛇のような冷酷さも彼女の魅力を引き立てる。


 瑠璃はクラスメイトとの会話は無いに等しく、最低限のコミュニケーションしかとらない。

 裏表の無い梓とは馬が合いすぐに友人となった。

 瑠璃にとってそんな梓との会話は心地良かったのだ。


 そうしてようやく瑠璃は気づいた。

 梓の歪さに。

 それはとても危うい状態といえた。


 梓の精神は、理性と自滅的思考の狭間でゆらゆらとしていた。これは呪詛に魅入られた人間の典型的な傾向だった。


 尸骸は呪いの産物だ。

 これはほぼ間違いない。

 だが現時点では、原因と経緯が不透明だ。


 瑠璃はこれから尸骸の調査をしなくてならない。

 それは現代において魔女として存在する為に必要不可欠なことだ。


 そこに梓が関わっている可能性があるのならば、瑠璃としては放っておくわけにはいかない。


「よし……行くか」


 瑠璃は球体の上に立つと、両頬を叩いた。

 そして倒れるように地上へと落ちていった。



 北東京市第六高等学校。

 その学校の、しんと静まる教員室。

 瑠璃に対するお説教はとどまることを知らなかった。


「このままでは進級は出来ないと言っているんだ!」


 机を叩く音が響く。


 瑠璃の担任は配属されたばかりの新任教師だった。

 なんでも高校時代はI.H(インターハイ)に出場したとかしないとかで、バスケットボール部の顧問を受け持っている。


 魔女と同じく時代錯誤の熱血漢。

 瑠璃が苦手とするタイプの人間である。


「はぁ」

「なんだその気の抜けた返事は」

「生まれつきです」

「とにかく学校には来い」

「来てるじゃないですか」

「ちゃんと朝のホームルームの時間に席についていろと言っているんだ!」


 担任は机を再び叩いた。

 ただでさえ来たくもない学校に、嫌いなタイプのお説教。

 最悪の組み合わせだ――瑠璃は辟易した。


「できる限りの努力はします」

「努力は当たり前だ。結果を出せ」

「結果を焦るタイプではないので、気長に待って頂ければと」

「お前……」


 二人の間に緊張が走る。

 瑠璃と担任が互いに睨み合っていると、そこへ「先生」と、一人の少女が割り込んできた。


「……あ」


 現れたのは梓だった。

 目を丸くする瑠璃。

 その様子を見て梓は微かに口角を上げた。


「おお、鑛納か。どうした」

「頼まれていたプリントです」

「助かったよ。腕はもういいのか?」


 梓は右手をさすりながら「はい、おかげさまで」と微笑んだ。嘘くさい笑顔が板についてるなと瑠璃は思った。


「更科さんに出席していなかった授業のノートを見せたいのですが」

「頼んでいいか? 更科、鑛納に感謝しろよ」

「へーい。じゃあ失礼しまーす」

「なんだその返事は!」

「先生、あとは私が」


 梓が担任を嗜める間に瑠璃はその場から退散し、梓もそれを追うように教員室を後にした。


「助け舟感謝致します」廊下に出ると瑠璃はペコリと頭を下げた。


 「一つ貸しね」わざとらしく梓は髪を流す。


「ところで梓。ニュースは見た?」

「見てないよ」

「なんで」

「学校にテレビないから」


 そりゃそうだ、と瑠璃は笑った。


「でも自宅待機は知ってる。もうみんな帰り始めてるよ」

「そうなの!?」

「せっかく来たのにお説教されて帰るところが瑠璃らしいっちゃ瑠璃らしいけど」

「いいんだよ。梓に用があって来たんだから」

「……いい加減スマホ持ったら?」

「それはお姉ちゃんに言っとくれよ」


 梓は思い出したように吹き出した。


「ハハッ、確か電波が嫌いなんだっけ」

「電波じゃなくて電磁波ね。お姉ちゃん宇宙人だからそういうのに敏感なんだよ」


 なんて他愛もない話をしていると、いつの間にか教室の前に辿り着いた。

 瑠璃は入り口の前でピタリと立ち止まる。

 ここに来ると相変わらず気分が悪くなる。


「入らないの?」

「ここ、気持ち悪いんだよな」


「そう? 私は心地いいくらい」梓はうっとりと目を瞑った。


「馬鹿な連中の馬鹿馬鹿しい言動を毎日間近で拝めるんだよ。LIVEだったらアリーナ席だし、野球だったらネット裏。しかもタダ」

「相撲でいったら枡席だね」

「ごめんね。私、相撲は知らないの」

「急に冷めるじゃん」

「なんにせよ、勿体無いと思うな」

「梓がそんな風に考えてるなんて知ったら、クラスの皆は驚くだろうね」

「これでも顔には出してるよ。隠すつもりなんてないし」

「美人は得だね。どんな表情も様になる」

「瑠璃も可愛いよ。中学一年生みたいで」


 おそらく馬鹿にされてるが、前半部分の褒め言葉に瑠璃の頬は緩んだ。


「……コホン。校門で待ってようかな。どうせ捕まるでしょ?」

「んー、多分」

「善人面は疲れない?」

「偽善を見抜けるのは神様だけ。見抜かれない偽善はただの善」


 これ、私の持論ね――梓はそう言うと、颯爽と蠱毒の中へと飛び込んだ。


「……爽やかに言う台詞じゃないと思うんだけどなぁ」


 瑠璃は小さく呟くと踵を返して廊下を進んだ。

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