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瑠璃とミア

 テレビの電源を入れると、朝の顔として有名な司会者が画面に映った。


 このチャンネルは北東京市第六区のローカル放送であり、六区の住民にとっては馴染み深いものだ。


 他にも、ご当地グルメやデートスポットの紹介、地元民にしか通じない自虐混じりの冗談が売りのバラエティなど、多岐に渡る番組が放送されている。


 その中でも商店街の買い物客にインタビューをする素人参加企画は特に好評だ。少し癖のありそうな主婦やお年寄りを狙っているところがミソで、荒唐無稽な受け答えがなんともいえない笑いを誘う。


 現在時刻はまもなく正午を迎えようとしていた。

 番組の繋ぎ目に放送される天気予報が終われば、みんな大好き『聞かせておくれよ! 商店GUY!』が始まる。

 が、この日は少し様子が違った。


 テレビから突然、緊急事態を告げる警告音が鳴り響いたのだ。いつもは笑顔のアナウンサーも険しい表情をしており、なにやら物騒な気配を漂わせている。


 そして画面に、


『【ヒトゲノムn型特殊変異株】感染者が確認されました』


 と、テロップが流れた。


 それは人がまるで屍のように成り果て、血肉を求め、夜な夜な彷徨うようになる――これはそんな遺伝子疾患なのですと、アナウンサーは原稿を読み進める。


『この症状は感染する恐れがあり――』


「……なんだそれ」


 更科瑠璃(さらしなるり)は呆れたように呟いた。


 ニュースを見ている人達も、瑠璃と似たような反応を示しているに違いない。なんせ漫画のような出来事が現実に起こっているというのだから。


 瑠璃の反応は至極自然であり、想像はついても実感が湧かない……そんな人が大半を占めるだろう。


「すごい世の中になったもんだ」


 そんなもんだから、瑠璃からすれば身の危険を感じるどころか、この光景が少し滑稽に見えてくる始末だった。


 瑠璃はふとカレンダーに視線を移した。

 七月七日……四月一日ではない。

 どうやらこの報道は、エイプリルフールの特別企画ではないようだ。ここでようやく、瑠璃は真剣にテレビへと耳を傾け始めた。


『現在六区での発症者数は一名ですが――』

「一人?」


 少し大袈裟な気がするな――瑠璃はニュースを横目にグラスの水を飲み干した。


「でも聞いたことある気もする。昔はそういうの多かったってばあちゃんが話してたような。流行病(はやりやまい)とか疫病とか。あとは……なんだっけ?」


 首を傾げていると、突然背後から声をかけられた。


「あ、ミアちゃん」


 そこには姉のミアが息を切らして立っていた。

 視線を下ろすとヤモリを鷲掴みにしている。

 髪には小枝やら葉っぱが絡まっており、鼻の頭は泥で汚れ、額には汗が光っていた。

 

「あ、それって」

「えへへ〜。依頼でーす」


 ミアは両手に掴んだヤモリをじゃーんっと頭上に掲げ、クルクルっと回り始めた。


「おー! すごいじゃん!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

 

 ミアは涙を浮かべて微笑んだ。


「良かった……本当に良かったよ。これで今月も乗り切れる」

「……私はそんなに家計が追い詰められていた事実に涙が出そうになるよ」


 瑠璃は学校なんて辞めて働いた方がいいと思っている。更科家にとって、学費は決して安い買い物ではない。しかしいくらそれを熱弁しても、ミアは絶対に聞く耳を持たない。


 瑠璃には青春を満喫してほしい――そんな姉としての願いがあるからだ。


 しかしそんな姉の願いも虚しく、瑠璃は決して優等生とはいえず、どちらかといえばサボり魔の問題児である。

 だがミアの想いを知るからこそ、瑠璃は渋々学校に通い続けていた。


「あれ『商店GUY!』やってないじゃん。急いで帰ってきたのに」

「ああ、なんか大変らしいよ」他人事のように瑠璃は言った。


 ミアは「えー、残念」と、肩を落とした。

 瑠璃はテレビを眺めながら、相変わらず感情の起伏が激しい姉だなと頬杖をついた。


「それはそうと。今回の依頼主さんがちょっと変わっててね。解呪の素材だけ欲しいんだって」

「それもまた珍しいね」

「素材だけあってもねぇ……だから解呪の法を試しませんかって聞いたんだ」


 瑠璃とミアは魔女の末裔だ。

 そして呪詛と解呪は魔女の相場と決まっている。

 魔女が呪いに対し高い耐性を誇り、またその造詣も深いことが大きな理由だ。

 

「お節介かなとも思ったんだけど、少し心配で……でも」


 呪いは扱いが難しく、気安く足を踏み込んでいいものではない。結果だけを見れば呪いに関わった全員が不幸になる場合も多い。


 呪詛の失敗はより強力な呪いが術者に降りかかり、解呪の失敗もまた同じ結末を辿る。


 人を呪わば穴二つ――瑠璃もそんな結末をいくつも知っている。


 それを覆すことができる存在こそ魔女なのだが、今やその数は下降の一路をたどる。時代の流れが、呪いを過去の産物へと変えていったのだ。


 しかしそれでもこうして依頼は舞い込む。

 瑠璃達の存在はある意味で貴重ともいえるのだった。


「丁重にお断りされちゃいました」

「面倒なことが起きないといいけどねえ」

「そんなことより、もうお昼だけど?」


 ミアはため息混じりに腰に手を当てた。


「うん、知ってる」

「それで? 学校は?」

「休み」

「サボり?」

「そうとも言う」

 

『現在、その行方をくらましており――』ミアはテレビのリモコンを持つと音量を下げた。


「そんなに酷いの?」

「んー……」瑠璃ははぐらかすように空返事をする。


 ご多分に漏れず瑠璃は学校が好きではなかった。

 正確にいうと在籍するクラスが嫌いで、同級生のほとんどを嫌っていた。


 周りの機嫌を伺い、自分の立ち位置を重要視し、陰気臭い陰口が飛び交う教室。そんな場所を好きになる奴の気が知らないとさえ思っている。


 たまたまクラスに癖のある面子が集まっているのもあるが、あそこにいるとまるで蠱毒を覗いているような気分に陥るのだ。教室という特殊な狭い空間で、悪意が飛び交い交わる歪な蠱毒。

 

 同時に、悪意の上で成り立つ友情は、果たして本物といえるのかとも感じていた。希釈された仮初の関係は、薄氷のように簡単に踏み抜けるただの偽物だ。


 だったら最初っからそんなものは無い方が気楽だ――瑠璃はそんな風に常々考えていた。


「でも仲良い子もいるでしょ?」

「分かってるけどさぁ」

「例えば……あずさちゃん、だっけ?」

「分かってるって」

「気になることあるんだっけ?」


「んー」瑠璃は机に突っ伏した。


「とにかく! 瑠璃ちゃんには夢を見つけて欲しいんだ」

「夢……。別に学校に行かなくてもなぁ」

「とりあえず行こうよ」

「もうお昼ですよ」

「お昼でも、ですよ」


 ミアはこうなると絶対引かない。

 それを瑠璃は嫌というほど知っている。

 優しい口調と笑顔の裏には確かな圧が感じられた。


 この重圧(プレッシャー)はまさしく魔女の血筋だな――瑠璃は祖母の顔を思い浮かべて舌を出した。


「今から行っても午後の授業に遅刻するからホウキ使うからね」


「うーん、仕方ない。ただし!」ミアはずいっと顔を近づけた。


「バレないように、でしょ?」

「よろしい。さ、行ってらっしゃい」


 瑠璃は「へいへーい」と返事をすると、着の身着のまま玄関へと向かった。


「もしかしてジャージで登校するつもり?」

「そうだよ」

「制服可愛いんだから着替えればいいのに」

「可愛くない!」


 瑠璃はそそくさと靴を履くと勢いよく扉を開けた。


 外はしかめ面になるほど蒸し暑く、生暖かい空気が肌にまとわりついた。蝉時雨と生い茂る青葉が、余計に外気温を高く感じさせた。


「あっつ」


 容赦なく照りつける太陽光に、瑠璃は思わず目を細めた。


 この時点で瑠璃の脳内から登校の文字は消え失せた。

 このまま山に隠れてやり過ごそうかと考えたが、それでも暑いことには変わりない。


 取るべき手段は一つに絞られた。


「よし。図書館に行こう」

「瑠璃ちゃん!」

「はい!? なんでしょう!」


 振り返るとミアが真剣な表情で立っていた。

 瑠璃は息をのんだ。

 独り言が聞かれていたらと考えると気が気ではなかった。


「外出禁止だって」

「はえ?」意外な言葉に瑠璃は間の抜けた声で聞き返した。


「六区全域封鎖、なんだって」

「……なんで?」


 相変わらず蝉は喧しい。

 木々はさわさわと揺れている。

 家の中のテレビから警報音が響いてきた。

 

『繰り返します。たった今、第六区全域の封鎖が決定されました。それに伴い第六区は【ヒトゲノムn型特殊変異株】感染者、俗称・尸骸(シニカバネ)の捕獲を最優先すると発表しました。併せて民間への被害を考慮し、自宅待機命令も発令されています。繰り返します――』


「わお」

「あとこれ」


 ミアは蝋で留められた巻紙を瑠璃に手渡す。


「羊皮紙って、嘘でしょ」


 瑠璃は咄嗟に屋根を見上げた。

 そこには瑠璃達を見下ろすカラスが目を光らせていた。


「マジじゃんか」

「うん、そうみたい」


 カラスが運ぶ羊皮紙は拒否権のない依頼を意味する。

 その内容はお察しで、十中八九が厄介事であった。

 

 二人に嫌な予感が巡る。


 だからといってこのまま投げ捨てるわけにもいかない。

 瑠璃が恐る恐る蝋を剥がすと、そこにはこう記されていた。


            ◆◆◆


         尸骸の処分を命ずる。


       手段は問わず、生死は問わず。


          期限は三日だ。

       

             ◆


「……ねえ」

「ん?」

「学校と尸骸の捕獲ってどっちがマシ?」

「そりゃあ」


 学校に決まってるよ、ミアは真顔で答えた。


「じゃあ学校行ってくる」

「あ、ずるいぞ」

「違うって。心当たりがあるから」

「例のあずさちゃん?」

「ウチに呼んでもいいよね?」

「もちろん」


 瑠璃はホウキに跨ると地面をつま先でトンっと叩いた。 すると身体が宙に浮き徐々に上昇を始めた。


「あ、瑠璃ちゃん! 待って!」いざというタイミングで、ミアが声を張り上げた。


「なに?」

「帰りにドクダミ摘んできてね」

「ええー、めんどくさいなぁ」

「あと牛乳とカキ氷買ってきて」

「……分かったよ」

「体脂肪とイチゴ練乳だからね。あとは……なんかあったかな?」

「もう行くから!」


 このままだと大荷物になってしまうと、瑠璃は空へと飛び立った。

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