第7話 魔女の家4
ガチャリと玄関の扉が開き、野菜を抱えたグレンが靴を脱いで部屋の中に入ってくる。
「とってきました」
「にゃ、ありがとう。水で洗ってくれ」
「はい」
蛇口を捻り、採ってきた野菜を丁寧に洗っていく。
「洗えたらこのまな板の上で野菜を切る。包丁は使ったことはあるか?」
「ちょっとだけ……」
「そうか、ならばまず見本を見せようか」
そう言うと、寅吉は包丁を取り出して野菜をまな板の上に置く。
「まず切る物に対して正面に立って、左手で野菜を押さえる。最初は怖いだろうから手を、こう猫の手みたいにして……」
寅吉が丁寧に包丁の使い方を教えてくれる。
「少しやってみるか?」
「はい」
グレンは少し緊張しながら包丁を握ってまな板の前に立つ。
今更気づいたが、そこには踏み台が置かれており、グレンでもしっかりと届くようにされていた。
ちょっとしたことだが、グレンは無性に嬉しくなり、噛み締めながら踏み台を登る。
「やってみます」
葉物野菜をまな板の上に乗せ、左手を猫の手にして押さえる。
「まずは根っこを落とす、そのあとは5センチ間隔で切っていく」
ザク、ザクっとゆっくりとしたリズムで野菜を切っていく。
「ふぅ……」
包丁がよく切れるため、無駄な力も込めることなく切ることができた。
初めてまともに刃物を使って緊張したのか、グレンの額には汗が滲む。
「よくできた。じゃあ出汁を見てみよう。まずは昆布は沸騰する前に取り出す。次に鰹節を入れて、一煮立ちさせる」
グツグツと茹るお湯の中で薄く削られてた鰹節と煮干しが踊っている。
フワリと薫ってくるダシのいい香りが鼻腔をくすぐる。
「いいにおい……」
「にゃー、堪らん」
暫し2人で踊る水面を眺める。
「そろそろかな。グレン、そこの戸棚からザルと大きなボウルを出してくれるか。出汁を濾すんだ」
「はい」
踏み台に乗ってグレンがザルとボウルを用意して待機する。
「いくぞ、ザルをしっかりと持っておくように」
「まかせてください」
寅吉が鍋を持ち上げ、グレンの持つザルを通して鰹節と煮干しを濾していく。
あたりに充満する濃厚な出汁の香り。
「はわわわわわー」
「よしいいぞ、そのままザルは流しに持っていってくれ」
黄金色の出汁。
その美しさにグレンは目を奪われる。
「すごい!できましたね!」
「にゃ、いいできだ。さあこれに野菜を入れていこう」
「はい!」
グレンと寅吉がスープの完成のために新たな工程へと移ろうとした時、階段を降りてくる足音が聞こえた。
「おはよー。朝から元気だね。お、今日は朝から随分と凝った料理しているね」
寝巻き姿のクレアが寝ぼけながら階段を降りてくる。
「おはようございます!」
「にゃ、おはよう。今日はゆっくり起きてくるんじゃなかったけ?」
グレンと寅吉が挨拶しながら、早起きではないかと問う。
「そうだったんだけどね――ふぁ――一気に漫画の続きを読んで最後まで読み終わったら興奮しちゃってね!寝てないんだ!」
「徹夜かい……」
テンション高めのクレアは徹夜で漫画を読んでいたらしい。
「やっとこの間の漫画が読めたからね。暫くバタバタしてたからさー」
「ごめんなさい」
バタバタした理由はグレンの件で間違い無いだろう。グレンも自覚があるため、シュンとしながら頭を下げる。
「グレンは気にしなくていいよ、私がやりたくてやったんだから。それに、家族なんだから」
「――はい」
「いいよそんな肩っ苦しくなくて、もっと気楽に話そうよ」
「――ありがとうございます!」
「うん!まだ硬い感じがするけど大分いいね」
クレアは満足したのか、グレンの頭を撫でて褒める。
「クレア、朝ごはんは食べるか?それとも一眠りするか?」
「あー、食べようかな。興奮して暫く寝られそうに無いからね。今日はグレンの部屋を整えたいし、後で倉庫に行こうか」
「にゃ、確かに、まだ部屋が殺風景だからな。家具や小物が欲しいところだな」
寅吉は野菜を鍋の中に入れながら今日の予定を組み立てていく。
「グレンこれは味噌という物だ、これで作る味噌汁は美味いんだ。ところで、グレンはどんな部屋がいい?俺みたいに畳を敷いて布団でもいいし、ベッドを置いてもいいしな」
「えっと……」
「まあゆっくり考えてみてよ、後でいろんな家具を見せるからさ。とりあえず、朝ごはん作ろうか」
クレアは土鍋に何やら白い粒を入れ始め、それを水で洗いだす。
何度か繰り返した後にお米がヒタヒタになるまで水を入れ、魔道コンロにかける。
「よし!あとは炊けるのを待つだけだった」
「……いまのは?」
「米という穀物だ。この辺じゃ食べないから知らないだろが、味噌汁とよく合うんだ」
「寅吉、魚焼こうよ。このメニューなら魚でしょ!」
「そうだな、何かいいのあったかな……お、干物があるぞ」
「やったー」
グレンは見たことのない食材が次々と出てくるこの家に、驚く暇も無くなっていた。
そもそも、何処から出したんだと言う物が次々と現れるのだ、驚いていてはキリがない。
今も大きな箱の中から魚の干物が現れた。
「そのれいぞうこもすごいですよね」
「んなー、冷やして置いておくためのものだからな。倉庫に取りに行くんじゃ大変だしな」
「そうだよね、生ものが日持ちするのはありがたいよね、あとデザートを作るときに役立つんだよ。寅吉干物頂戴、外で焼いてくるよ。中だと煙がこもるからね」
寅吉から干物を受け取ったクレアは、干物を片手に家の外へと向かう。
「グレンもおいで、一緒に焼こう」
「はい」
クレアと共に家の外に出たグレンは、魚を焼く竈門を探して辺りをキョロキョロと見渡す。
「かまどはどこですか?」
「ふふ、魚を焼くときはこれを使うんだよ」
クレアは自慢げにそう言うと、何もない空間に手を入れて小さな壺のような物を取り出す。
「これはね、七輪と言って魚を炭火で焼くのに最適の道具なんだよ。ここに炭を入れて、網を乗せて魚を焼くのさ」
クレアは得意気に説明しながら庭先に七輪を置き、またしても何もない空間から炭を取り出して入れていく。
炭を入れ終わると指先を炭に近付ける。
何をするのかとグレンが見ていると、クレアの指先から火が出た。
「ひが、でた!」
「ふふーん、これは魔術だよ。簡単な火を起こす魔術だから今度教えてあげよう」
「やった!」
パチパチと素早く炭に火が移り、炭が爆ぜ始める。
網乗せ、その上に干物を乗せていく。
「しまった……いつもの調子で小さい七輪でやっちゃった。3匹乗らないや……」
「おおきなのもあるんですか?」
「確かあったと思ったけど……」
クレアはまた何もない空間に手を突っ込み、中をゴソゴソと漁っている。
「あれー、何処だっけなぁ……」
ついには頭も突っ込み、上半身は完全に見えなくなってしまう。
「あ、あのー……ぼくのぶんはあとでも……」
「そう言うわけにはいかないでしょ。みんな一緒に食べたいじゃん。――あった!」
何処かの空間から戻ってきたクレアの手には、先程より一回り大きな四角い形の七輪があった。
「さっ、こっちで焼こうか」
いそいそと炭を移し、足りない炭を足していく。
網の上に3匹の干物を乗せ、暫くすると香ばしい香りが漂い始める。
「ん〜いい匂い」
「……あの、ちょっときいてもいいですか?」
「ん〜何〜?」
クレアは身体を左右に揺らしながら焼けていく魚を今か今かと見つめている。
それでも、グレンの質問には答えてくれるらしい。
「その、これってどこからだしたんですか?」
「ん、あー、収納魔法のことかな?」
恐らくその事だろうと、グレンは頷いて話を待つ。
「これはね、ここでは無い別の空間に置かせてもらってるんだよ。その場所にアクセスする為の魔法さ。魔法と魔術の違いはまた今度説明するけど、とりあえず便利な魔法だと思ってくれればいいよ」
「そこにしまってるんですか?」
「そうだね、まあ場所だけ借りてる感じだから、ちゃんと整理しないと何処にあるか分からなくなるんだけどね。うちらは単純に"倉庫"って呼んでるよ」
「へー!すごいですね」
「ほほう、興味出てきたかな?いいよ、いくらでも教えてあげよう!」
クレアの説明を聞いてグレンは単純に驚き感心する。
(どうやってるんだろう……ぼくにもできるのかな?おしえてもらえるかな?やってみたいなー)
俄然、興味が湧いてくるグレン。
「とりあえず、触ってみるかい?」
「え、いいんですか?」
「ああ、いいとも。中に入れるかは魔力次第だけど、もう家族設定にはしてあるからね」
どうやら倉庫に入れる権限は貰えているらしい。
クレアは空中に魔法陣を展開する。その魔法陣の先の空間がゆらゆらと揺れていた。
「分かりやすく魔法陣を出してみたよ、慣れればこれも要らないんだけどね。さっ、ここに手を触れてみて」
「はっ、はい!」
グレンは恐る恐る魔法陣に手を伸ばし、指先が魔法陣に触れる。
(なんだろう……へんなかんじ……)
グレンは魔法陣に触れて指先が入りそうで入らない、不思議な感覚を覚える。
(あとちょっとで……)
もう少しで何かできそうと、グレンが指を押し込んだ時、魔法陣がぐにゃりと歪んだ。
「あっ!グレン、ストップ」
「えっ……」
歪んだ魔法陣は消し飛び、まるで水面の波紋の様に空間が揺れていた。
「あーこれは……グレン、君の中にかなり大きな魔力があるようだね。でも上手く使えていないから収納の魔法陣が砕けて消えてしまったんだ」
「そう、なんですか?」
「うん、本来はそんな簡単に壊れるものじゃないからね。多分今の空間の揺れで、中身はぐちゃぐちゃになってるかな?」
「ごっ、ごめんなさい!」
何やらとんでもないことをしてしまったと分かり、グレンは慌てて頭を下げて謝る。
「大丈夫、別に中のものが壊れる訳でもないし。ただ……ちょっと散らかっただけ、かな?あとで片付けだけ手伝ってね?」
「はい!!」
無自覚に失敗し、早速クレアに迷惑をかけてしまったことに申し訳なく思う気持ちがある一方、グレンの魔法への興味が増す。
(ぼくのなかに、まりょくが……てが、あつい……)
見えない魔力が、確かに身体の中に在るという。
グレンは手に込められた魔力によって手が熱くなっていることに気がつく。
(ドキドキする……)
6歳という多感な時期に、未知の魔法や魔道具、料理に漫画、様々なものに触れてグレンの知識欲が刺激される。
それは皆が無自覚ながら、グレンの英才教育を始めているようなものである。
(はやく、つかえるようになりたい!)
グレンの魔法への傾倒がここから始まった。
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