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第3話 森の魔女3

「クカカカ!まったく、デカいのが出てきやがった」


 寅吉は喉を鳴らし刀を構え直す。

 天井の隙間から覗き込む大きな影を見据える。


「とっとと降りてこいよ、猿が」


 寅吉の挑発が届いたのか、2回り以上大きなイビルモンキーが天井から飛び降りてその姿を現す。

 身の丈は寅吉やクレアを優に超え、2メートル以上もある。

 赤く血走る眼に、剥き出しの牙、全身を覆う筋肉の鎧は鋼の如く。


「イビルモンキーの上位種、デビルモンキーか。手下どもをけしかけて、おっとり刀で登場か?言いご身分だな」

「ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!」


 寅吉の言葉に怒りの咆哮を上げるデビルモンキー。

 そのまま一気に寅吉まで走り出す。


「クカカ、いっちょ前に吠えよる」


 デビルモンキーはその巨体から想像できないような速度で、一気に距離を詰める。

 振り上げた拳を寅吉へと叩きつける。


 轟音共に砂埃が舞い上がり、周囲に瓦礫を撒き散らす。

 相手を死を確信したように、ニヤリと笑うデビルモンキー。


「なかなかの攻撃。だが、俺には届かない」


 声はデビルモンキーの頭上から聞こえてきた。

 宙に舞った寅吉は着物をはためかせながら天井を蹴る。

 加速しながら急降下しデビルモンキーの首筋目掛けて、一閃。

 

「悪いな、クレア達を守るためだ」


 ズルリとデビルモンキーの首が地面に落ちた。

 ゴトリと床を転がり、遅れて身体が倒れ込む。

 デビルモンキーが倒れたことで、周囲に残っていたイビルモンキー達は脱兎の如く逃げ出していく。


「んなークレア、こっちは終わったよ!そっちはどう?」


 先程度までの険しいん表情から柔和な顔へを戻った寅吉は、クレア達へと声をかける。

 クレア達を包んでいた魔法陣が収束し、そのまま周囲へと霧散して消えて行く。

 どうやら無事に術式は完了したようだ。


「こっちも終わったよ!ねえねえ寅吉、新しい家族だよ!名前はねー、グレンくん!」

 

 クレアの元気な声が響き、寅吉に向かって手を振っている。

 事も無げに家族が増えたと言っているが、特に説明はない。


「また勝手に……んにゃ、取り合えず状況説明してよね――」


 ズシン、という巨大な何かが足を鳴らす音が聞こえた。

 それは一歩一歩、こちらに向かって歩いてきている。

 

「クレア!まだ何かいるぞ!それも恐ろしくデカい!」

「分かってる!」


「ギガアアアアアアアァァァァァァァ!!!」


 先程までのデビルモンキーの雄叫びとは比べ物にならない程の巨大な音量。

 その声と共に、遺跡の天井が崩壊する。


「寅吉、こっちへ!」

「んにゃ」


 クレアの杖から魔法陣が現れ、周囲に展開。

 3人を守る様に結界が展開される。

 土煙がもうもうと立ち込めるなか、上空に見えたのは青空と太陽。

 そして巨大な猿の化け物。


「うわー、イビルモンキーの統率種だ……」

「ジャイアントデビルモンキーか……」


 普通種、上位種の更に上、群れを統率する統率種。

 巨大な体は10メートルを超え、正しく巨人の様相である。

 その巨大な人影が、ニョキニョキといくつもこちらを覗き込んでくる。


「しかも群れてる……」

「クレア、まだ奥にも沢山いるよ!こっちに気配が向かって来てる!」

「まずいわね……ここまで巨大な群れになると……支配種が生まれてもおかしくない」

「それはちょっと……洒落にならないかな……」

「イビルモンキーも山盛りいるし……このままじゃ人里まで氾濫しちゃうよ……」

 

 クレアと寅吉は互いに顔を見合わせる。

 迫り来る猿の群れをどうにかしないと被害が拡大するとことになる。


「……樹海を作るしかないわね」

「んにゃ!また樹海作っちゃうの!?ここの都市遺跡も樹海に沈むよ!?」

「そんなこと言ってる暇はないでしょ。やるよ」


 そう言うと、クレアは手にした杖と何処かへ仕舞い、新たに身の丈よりも大きな杖を取り出す。

 杖の先端にはまるで恒星のように輝く大きな光が在り、燐光を纏った宝玉が恒星の周りをゆっくりと周回している。宝玉達は小さな魔法陣を生み出しては周囲に光を散らし、忙しなく活動を続けている。


「行くわよ」


 一言そう呟くと、クレアは魔法陣を展開し、寅吉とグレンを連れて宙に浮かび上がる。

 天井に開いた穴を抜け、ジャイアントデビルモンキーの群れを横目に更に上空へと駆け上る。


「わっわっ!なにない!?とんでるの!?」

「グレンくんだったかな?大丈夫だ慌てなくていい。クレアの魔法だよ」


 急に空を飛び始めたことで、慌てふためくグレンを寅吉が説明する。

 落ちないと分かって漸く落ち着いたグレンが目にしたのは、眼下に広がる巨大な都市遺跡群とそこに集まってきているイビルモンキーやデビルモンキー、ジャイアントデビルモンキーの群れだった。

 一面を覆い尽くす猿の群れ、そして猿以外にも様々な魔獣が群れをなして集まってきていた。


「むらを……おそったやつもいる……」

「にゃ……村は魔獣に襲われたのか………すまないな、もっと浄化できてればよかったんだけど……」

「寅吉、あそこ……いるよ」


 クレアの指差す方へと視線を向けると、そこ位には真っ白な体毛で一際異彩を放つ、一匹の猿がいた。

 寅吉の全身の毛が逆立ち、尻尾が膨らむ。 


「クカカ!やっぱりいたな、支配種だ」

「うん、これは樹海魔法を使うしかないね。このまま放って置けないしね」

「仕方ない、頼むよ」


 クレアは右手で杖を掲げ、目を瞑って詠唱を始める。

 杖の先端の光が翠色に輝き、公転していた宝玉達は幾つもの魔法陣を吐き出していく。

 高速に自転しつつ恒星の周りを縦横無尽に走り回る。恒星と惑星というよりは、原子核の周りを自由に飛び回る電子の様相である。


「クレア!支配種が何かやってくるぞ!」

「見えてるけどこっちで精一杯!寅吉、お願い!」


 クレアは左手を寅吉に向け、クレアとグレンの前に盾のように移動させる。


「にゃ!?……人使い荒いんじゃない?まぁやるけどさ……」


 寅吉は承諾もなく盾にされ、文句を口にするも、目はむしろ嬉しそうだ。


「さ、何がくるかな?」


 スラリと2本の刀を抜き放ち、二刀を構える。

 目をスッと細め、瞳孔は縦に長く伸びる。

 口元は口角が上がり、獲物を狙う捕食者となる。


「ギャアアアアアアアァァァァァァァ!!」


 支配種が雄叫びをあげる。

 お互いかなりの距離があるはずだが、狙われた支配種は感じてしまったのだ。

 自分が捕食される側の存在であると。

 群れの長として、あってはならないこと。

 弱みを見せれば取って食われるのは自然の摂理。

 だからこそ、支配種は即行動を起こした。

 咆哮と共に地震の魔力を口に集中させる。

 輝きを増して集まり出す周囲の魔力が渦を巻いて荒れ狂う。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 集められた魔力は一条の光線となってはるか上空に浮かぶクレア達に襲いかかる。


「来たな!薙ぎ払えってか!ふしゃー!」


 極太のビームとなった魔力の放流を真正面から2本の刀を交差しただけで受け止める寅吉。

 いや、魔力を切っているのだ。

 切られた魔力の流れは4分割されて後方へと流れていく。


「うわあああああ」


 荒れ狂う魔力の猛威にグレンが腕の隙間からかろうじて目を開けて見るも、周囲は光に包まれるばかりで何も見えなくなっていた。


(どうなってるの!?こわい!でも……すごい!)


 少年は心が湧き立つのを感じる。


「寅吉、準備できたよ」


 クレアが準備完了を告げると、杖の周りを周っていた宝玉達が一斉に空と地上に別れて飛び出し、それに沿って巨大な魔法陣を形成する。

  

「んなー、じゃあこれはオマケだ」


 今まで受けるのみだった寅吉は、刀を十字に振う。

 その直後、レーザーが十字に切れだし、支配種に向かって逆走し始める。

 逆走は速度を増していき、遂には支配種に到達。その身に大きな斬撃を喰らわせ、胸に大きな十字傷を付ける。


「おっしゃ!それじゃあ、いっくよー」 


 クレアは右手の杖を天に、左手の指を地に構え、一息に唱える。

 

 ――樹海魔法・樹海創世――


 激しき輝く魔法陣。

 大地が鳴動し始め、天が魔力で覆われる。

 

 大地に1本の木の芽が芽吹く。


 双葉を生やし、茎を伸ばし、枝葉が伸びていく。

 大地に根を下ろし、岩を砕いて養分を吸い上げる。

 傷付いた支配種を巻き込み、その身に取り込みながら、木の芽は瞬く間に若木となり、幹を捻らせながらどんどんと成長していく。

 その樹高はクレア達の目線まで届き、50メートルを超える巨木となって成長を止めた。

 やがてその葉が優しく輝き出し、幻想的な景色を織りなす。


「――すごい」

「ふふーん、この魔法はこんなもんじゃないよ。これからが本番さ!」

「グレン、よく見ておくんだ。これからが森の誕生だ」

 

 上空からその光景を目の当たりにしたグレンがやっとの思いで呟く。

 だがクレアも寅吉もこれからだという。


 ミシミシと大地が揺れる。

 大地を覆い尽くしていたイビルモンキー達の足元から一斉に芽吹く。

 世界を早回ししたかのように森が生まれていく。

 樹々は魔獣を巻き込み、取り込みながら森の木々となっていくい。


 都市遺跡と荒れた大地が広がっていた一帯は、今や広大な樹海へと変貌していた。

 樹々はキラキラと光を放ち、風に揺れている。

 あれだけ騒がしかった獣の叫び声は消え、樹々のさざめきだけが聞こえてくる。


「もりが……うまれた……」

「へへ、凄いでしょ。これが樹海魔法の力だよ」

「んにゃー、また遺跡が森になっちゃったよ……聖樹までできちゃったし……」


 呆然と呟くグレンにクレアが自慢げに答える。

 一方の寅吉は空中で胡座を組みながら頬杖をついて呆れた声をあげている。

 

「もりの……まじょ……」


 グレンの口から自然と漏れ出た言葉。


「おっ、よく知っているね。恥ずかしいから自分じゃ言わないんだけどね」

「調子に乗るからあんまり褒めないでね」

「そんなことないもーん!」


 少年の心に火が灯る。


(ぼくは、こんなすごいひとたちの、かぞくになったんだ……)


 絶望し、生きる意味をなくしていた少年の心に、確かな意思が宿る。


 ――生きたい――


 その意味を貰った、この世界の一旦を見せつけられた。是が非でも生きて、この恩に報いなければならない。


(いつか、かならず……そのためにも……)

 

 いつ返せるか分からないけれど一生を賭しても叶わないかもしれないけれど、それでも。


「ぼく、がんばって生きます!」

「おっ、元気になったかな?子供はそれくらいじゃなきゃね」

 

 クレアが優しく笑う、その笑みはまるで聖女のような輝きを見せる。


「ねぇねぇ、このまま森の上を歩いてみない?青き衣の人ごっこできるよ?」


 前言撤回、ただのオタクの顔にしか見えなかった。

 

「青い服も金色の野もないから、プロトンビームも撃ってないから。んにゃー、帰ってから色々準備しないとだな。まずは風呂に入れて、着替えて、食事して……少年、刀に興味はないか?」

「はい!かっこよかったです!」


 寅吉もニヤリと笑う。

 

「ちょっと寅吉ずるい!グレン、魔術がいいよね?魔法も教えちゃうぞ〜」

「はい!おねがいします!」

「よし,じゃあ家に帰ろうか」

「はい!」


 ◇◇◇


 森には魔女が住んでいる。

 深い深い森の中でひっそりと暮らすその魔女は、人々から時に頼られ、時に敬われ、時に恐れられている。

 魔女は長い年月を生き、強大な魔法を用いて森を生む。

 魔女は調停者。

 世界を見つめる者なり。

 

 森の魔女には双璧をなす剣士が付き従う。

 剣士は猫の姿をした獣人であり、一風変わった剣を振るう。

 その剣は人々を苦しめる魔獣を、いとも容易く切り裂き、魔法をも切り裂く。

 剣士は裁定者。

 世界を切り裂く者なり。


 そんな魔女の話に、新たな噂が加わった。

 新たな家族が加わったと言う。

 その家族は少年だと言う。


 少年の噂はまだない。


 ◇◇◇


「ところで、本の回収してからでいいかな?」

「はい!」

「おい!」

「料理本もあったよ?」

「……いく」

「よっし!行くぞー!」

本日3話目

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