1届かなかった想い
夕暮れの薄明かりの中、郵便受けから一通の封筒を取り出した。厚みのある上質な紙に、自分の名前と見覚えのある差出人の名前が記されている。胸がざわめき、不安と期待がないまぜになった気持ちで封を開けると、中には結婚式の招待状が入っていた。新郎の名は親友の隆二、新婦の名は幼馴染の美咲——俺がかつていや今でも想いを寄せている女性だった。
一瞬、呼吸が止まった。招待状に描かれた二人の名前が、現実感を伴って胸に突き刺さる。隆二と美咲が結婚する。それは祝福すべき知らせのはずなのに、手紙を持つ指がかすかに震えた。過去にしまいこんだはずの記憶が蘇る。あの日、美咲が勇気を振り絞って俺に想いを伝えてくれた日のことを。
あの初夏の黄昏の公園で、夕焼けが美咲の横顔を朱に染めていた。長い沈黙の後、彼女は震える声で告げたのだ。「ずっと……あなたのことが好きでした」と。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染——その瞳に真剣な光を宿し、俺を真っ直ぐに見つめる美咲。心臓が大きく波打ち、頭の中が真っ白になったのを覚えている。俺も彼女のことは大切だった。しかし、突然の告白にどう応えていいか分からなかったのだ。起業したばかりで仕事に追われていた俺は、自分の気持ちに正直になることが怖かったのかもしれない。
結局、俺は美咲の告白に返事をしなかった。いや、正確には返事ができなかったのだ。ただ「ごめん」と小さく呟き、彼女から目を逸らすのが精一杯だった。美咲の瞳に瞬く間に涙が浮かび、彼女は悲しげに微笑んで「急にこんなこと言ってごめんなさい」とだけ言うと、その場から走り去ってしまった。その後ろ姿を引き止めることもできず、俺はただ立ち尽くしていた。
あの日以来、美咲との関係はぎくしゃくしたものになり、次第に会う機会も減っていった。俺は仕事に没頭することで自分を誤魔化し、彼女への想いも後悔も心の奥底に押し込めてきたつもりだった。それでも、夜ひとりになるとふと考えてしまう。もしあのとき、違う答えを選んでいたら——そんな後悔が何度も頭をもたげた。
招待状を握りしめたまま、俺はソファに崩れ落ちた。隆二と美咲が結婚する…当然の成り行きなのかもしれない。優しくて面倒見の良い隆二は、きっと美咲を幸せにしてくれるだろう。頭ではそう理解しているのに、心のどこかでざらついた痛みが広がっていく。過去に置き去りにした想いが、今になってこんな形で俺を襲うとは思わなかった。
「俺は本当にこれで良かったのか…?」思わず呟いた言葉が静かな部屋に響いた。招待状の文字が滲んで見える。自分でも驚くほど、涙が頬を伝っていた。硬派で通っていたはずの自分が、こんなにも脆く過去に囚われている。美咲の幸せを願う気持ちは本当だ。だが同時に、胸の奥に沈殿していた後悔が溢れ出し、どうしようもなく苦しかった。
「もし、もう一度やり直せるのなら——」心の中でそっと願ってしまう。現実には不可能だと分かっていながら、その想いは止められなかった。届けられなかった想い、伝えられなかった言葉。それらに決着をつける機会があるのなら、何もかも投げ打ってでも欲しい——そう強く思った瞬間、意識がふっと遠のいた。