7届かなかった言葉
「拓也へ
久しぶり。元気にしてるか? お前に手紙を書くなんて柄じゃないけど、直接言うのはもっと照れくさいから、少しだけ俺の本音をここに書かせてくれ。
東京に行ってからのお前は、きっと毎日忙しく頑張っているんだろうな。連絡が減ったのは寂しいけど、お前の性格はよく分かってるつもりだ。自分からあまり連絡よこさないくせに、俺が心配して電話すると「別に大丈夫」なんてそっけなく答えるんだよな。でもその声を聞くだけで、俺は安心してた。
本当はさ、もっと話したかった。離れても昔みたいにバカなこと言い合ったり、くだらない冗談で笑い合ったり、そんな時間がずっと続けばいいと思ってた。でもお互い新しい生活が始まって、意地っ張りなお前はきっと俺に頼ったりしないだろうし、俺も強がって遠慮しちまった。
覚えてるか? 高校卒業の夜、駅で別れるとき、お前泣きそうな顔してたぞ。なのに俺には「当たり前だ」なんて強がり言ってさ。本当は俺も泣きそうだったのに、お前があまりに平気そうなふりするから、悔しくて笑って見送ったんだ。
ずっと言えなかったけど――俺はお前に感謝してる。無愛想で不器用なお前だけど、一緒にいると居心地が良くて楽しかった。言葉は少なくても、お前がそばにいるだけで安心できた。中学のとき、親父と喧嘩して家出した俺を黙って泊めてくれた夜があっただろ? あの時、お前は何も聞かずにゲームしようぜって誘ってくれた。その優しさ、本当に嬉しかったんだ。
俺はお前のそういうところ、ちゃんと分かってるつもりだ。でも――たまにははっきり言ってくれてもいいんだぞ。「助かったよ」とか「ありがとう」とか、そういう一言だけでもさ。お前の口からそれを聞けたら、俺はきっと飛び上がるほど嬉しいに違いないって、何度思ったことか。
……勝手なこと書いてごめんな。だけど、もしこの先また昔みたいに馬鹿話ができる時間が持てたら、その時は今度こそちゃんと聞かせてくれ、お前の本当の気持ちを。
俺たちは、言葉がなくても分かり合える――なんて言ったけど、やっぱり直接伝えてほしいこともあるんだ。わがままかな。
最後に一つだけどうしても伝えたい。
生まれてから今日まで、俺の友だちでいてくれて、本当にありがとう。
お前のおかげで俺はずっと救われてきた。これからもずっと、大事な友だちだ。
またいつか、必ず会おう。それまでお互い元気でな。
蓮より」
文字を追うごとに、視界が滲んでいく。蓮の率直な言葉が胸に突き刺さり、ページに涙の染みが広がった。
喉が詰まって息がうまくできない。手紙の最後、「本当にありがとう」という行で、堪えていたものが決壊した。
「蓮……っ…!」俺は震える声で彼の名を呼んだ。後から後から涙が溢れて止まらない。ノートを抱きしめるように胸に押し当て、嗚咽が漏れる。
となりで蓮の母さんが静かに泣いていた。蓮の父さんも目頭を押さえている。それでも二人は声を出さず、俺が泣き崩れるのをじっと見守ってくれていた。
「ごめん……俺が……悪かった……ごめんな……!」零れる言葉は謝罪ばかりだった。蓮は何も悪くない。全部俺の不甲斐なさのせいだ。
それなのに、蓮は手紙の中で一言も俺を責めなかった。むしろ自分も強がって遠慮したなんて、そんな風に気遣ってさえいる。そして最後には、こんな俺に感謝まで伝えてくれた。
「俺こそ……ありがとうだよ、蓮……!」
声にならない声で何度も繰り返した。涙で文字がぼやけて、これ以上読めなくなっても、蓮の想いははっきりと心に刻まれていた。
しばらくして、ようやく俺は鼻をすすり上げ、袖でぐしょ濡れの顔を拭った。蓮の母さんが差し出してくれたハンカチで、もう一度目元を押さえる。蓮の父さんがそっと湯呑みに温かいお茶を注ぎ足してくれた。
「……ありがとうございました。」俺は蓮の両親に深々と頭を下げた。涙声でうまく聞こえなかったかもしれない。それでも、今の俺にはちゃんと伝えたかった。
「蓮……きっと喜んでるわ。」蓮の母さんは優しく微笑んだ。「ね、あなた。」
「ああ。拓也くん、ありがとう。」蓮の父さんも頷いてくれる。
俺は赤く腫れた目で遺影の蓮にもう一度向き直った。涙で光るその笑顔が、少しだけ誇らしげに見えた気がした。