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パラレルワールド…後悔の先に  作者: あるき
届かなかった『ありがとう』(全8話)
6/21

6伝えるべき言葉

ひんやりとした空気に目を覚ますと、天井に見慣れた木目が映った。ここは実家の自分の部屋だった。布団の重みと微かな石鹸の匂いが、子供の頃から変わらない安心感を与えてくれる。


身体を起こすと、隣に座っていた母さんが顔を上げた。「拓也! 良かった、気がついたのね。」


「母さん……俺……」何から話せばいいのか分からずにいると、母さんは泣き笑いのような顔で首を振った。


「いいのよ。昨夜、蓮くんのお母さんが、庭で倒れていたあんたを見つけてくれて……しばらく意識が戻らなかったから心配したのよ。」


そうか。俺はあのまま気を失って……。時計を見ると、日付が一日進んでいる。どうやら丸一日眠っていたようだ。


「心配かけて……ごめん。」素直に頭を下げたのは、いつぶりだろう。母さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに優しい笑みを浮かべて俺の頭を撫でてくれた。


「いいのよ。蓮くんのこと、辛かったわよね……。」


その言葉に、胸が締め付けられる。蓮の死は夢なんかじゃない。現実として俺の目の前に横たわっている。だけど――。


「うん。でも大丈夫。俺……平気だから。」ゆっくりと言葉を紡ぐ。平気なわけがない。だけど、もう昨日までの俺とは違うはずだ。蓮が命を懸けて教えてくれたことを無駄にしてはいけない。


母さんに支えられながら部屋を出ると、居間で父さんが新聞を読んでいた。俺の顔を見るなり、「おお…」と安堵の笑みを浮かべる。「しっかり休めたか?」


「ああ、心配かけてごめん。」俺が答えると、父さんは目を丸くした。「なんだ、妙に素直じゃないか。」


自分でも驚くほど、言葉が自然に出てきた。これが本来の姿なのか、それとも蓮のおかげで変われたのか――きっと両方だろう。


朝食の席で、俺は箸を置いてから静かに切り出した。「父さん、母さん。俺を産んで育ててくれて、ありがとう。」


二人ともポカンと口を開けて固まった。そりゃそうだ。22にもなって改まって言う台詞じゃないかもしれない。でも今の俺には、どうしても伝えたかった。


「ど、どうしたのよ急に。」母さんが戸惑いながらも顔をほころばせる。「こちらこそ……生まれてきてくれてありがとうね、拓也。」


父さんも照れくさそうに鼻をこすっている。「お、おう。お前が元気でいてくれるだけで、嬉しいんだからな。」


なんだか気恥ずかしくなって、「先に行くよ」と席を立った。玄関で靴を履きながら振り返ると、両親が仲良く並んでこちらを見送っていた。二人の顔には安堵と誇らしげな色が浮かんでいる。まるで、ようやく巣立つ息子を見送るかのように。


実家を出て、俺は蓮の家へと歩を進めた。昨日の雨で空気は澄み渡り、朝日が眩しい。心なしか、身体が軽かった。


インターホンを押すと、蓮の母さんが出迎えてくれた。「拓也くん……体は大丈夫?」


「はい。ご心配をおかけしました。」深く頭を下げる。


「ううん、無事で良かったわ。」彼女は優しく微笑んだ。その目は泣きはらした跡が残っているけれど、どこか穏やかさも宿していた。


居間に通され、蓮の父さんにも挨拶をする。線香の香りが漂う仏壇には、蓮の遺影が微笑んでいた。


「奥でお茶を淹れるから、待っててね。」蓮の母さんが台所へ立つ。蓮の父さんは静かに仏壇に手を合わせている。


俺も遺影の前に正座し、合掌した。「……蓮。おはよう。」心の中で話しかける。昨日までとは違う、静かな気持ちだった。「お前のおかげで、大事なことに気づけたよ。本当に……ありがとう。」


そう伝えると、不思議と涙は出なかった。蓮の笑顔が「よかったな」と言ってくれているような気がした。


しばらくして、蓮の母さんがお盆に湯呑みを載せて戻ってきた。「さあ、どうぞ。」


湯気の立つお茶に口をつけ、一息つく。温かい苦味が染み渡った。


蓮の両親と他愛ない会話をしながらも、俺はあることを切り出すべきか迷っていた。蓮に伝えるべきだった言葉――それを、このご両親にも伝えたい。けれど押し付けがましいだろうか。


逡巡する俺を見て取ったのか、蓮の母さんがふっと表情を和らげて口を開いた。「拓也くん。」


「はい。」


「あなた、蓮に言いたいことがあったんじゃない?」まるで全てお見通しだと言わんばかりに、穏やかな眼差しを向けられた。


喉の奥が詰まる。俺は正直に頷いた。「……はい。本当は、生きているうちに伝えたかったことが沢山あります。」


声が震えそうになるのを堪えながら続ける。「蓮は、俺にとってかけがえのない友だちでした。なのに俺は、それをちゃんと伝えられなくて……本当に後悔してます。」


蓮の母さんは黙って聞いてくれている。蓮の父さんも、静かに頷いていた。


「蓮が……事故に遭う前日、珍しく私に電話をくれたんです。」ぽつりと母さんが口を開いた。「拓也くんに久しぶりに連絡してみようかな、って。」


「え……。」息が止まる思いだった。


「結局、忙しいかもしれないからって遠慮して……出せずじまいだったみたい。でもね、蓮はずっと拓也くんのこと気にかけてました。会えなくても平気だなんて強がってたけど、本当は……寂しかったんだと思う。」


蓮……。俺は拳を強く握りしめた。あと一日、いや半日早く俺が動いていれば。そんな無意味なもしもが頭をよぎる。


「それでね……。」蓮の母さんは一冊のノートを手に取った。表紙に見覚えがある。蓮が高校の頃から愛用していた日記帳だ。


「蓮の部屋を整理していたら、引き出しにこれが入っていて……最後のページに、拓也くん宛のメッセージが書いてあったの。」


差し出されたページには、ぎこちない走り書きの文字が並んでいた。まるで思い切って感情を叩きつけたような、そんな筆跡。


「読んでも……いいんですか?」


蓮の父さんが静かに頷く。「蓮が遺した言葉だ。ぜひ受け取ってやってくれ。」


俺は震える手でノートを受け取り、視線を走らせた。


「拓也へ――」


書き出しを目に入れただけで、早くも胸がいっぱいになる。蓮の両親にお礼を言い、その場でゆっくりと読み始めた。


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