2別れの知らせ
翌日、俺は鈍行列車を乗り継いで故郷へ向かった。車窓から見慣れた田園風景が流れていく。その景色は何一つ変わっていないのに、二度と会えない親友の存在だけがぽっかりと欠けてしまっている。
昨夜はほとんど眠れなかった。ベッドに横になっても蓮の笑顔ばかり思い出してしまい、瞼を閉じれば「またな!」と手を振る最後の姿が浮かんでは消えた。結局一睡もできぬまま朝を迎え、始発電車に飛び乗ったのだ。
駅には母さんが待っていた。俺の顔を見るなり、母さんは目に涙を溜めて駆け寄ってくる。「拓也……」名前を呼んで抱きしめられ、俺は幼子のようにうなだれた。恥ずかしいと思う反面、その温もりに少しだけホッとする。
「お通夜は始まってるよ。ご両親があなたに会いたがってたわ。」
母さんに連れられ、蓮の家へと向かう。幼い頃は毎日のように通った道。見慣れたはずの景色が、今日はどこか違って見えた。
蓮の家には既に弔問客が集まり始めていた。中から漏れるすすり泣きや僧侶の読経の声に、否応なく心がざわつく。
線香の香りが鼻を突いた。正面には遺影が飾られている。スーツ姿で微笑む蓮の写真――それは俺の記憶の中の蓮より少し大人びて見えた。遺影の前には白い菊の花々。そしてその横には棺が安置されている。
「拓也くん……本当にありがとう。」
蓮の母親がこちらに気づき、そばに来た。憔悴しきった顔で、それでも笑みを作ろうとしている。俺はなんと声をかければいいかわからず、「はい……」と小さく頭を下げた。
「蓮が……ねぇ……」彼女はそこで言葉を詰まらせ、ハンカチで涙を拭った。「蓮が事故に遭ったと聞いて、私……まだ信じられないの。」
「……俺もです。」それだけ言うのが精一杯だった。
隣に立つ蓮の父親も、深々と頭を下げている。その目は真っ赤に泣き腫らしていた。俺は思わず視線を落とす。泣くことすら許されないような気がして。
やがて、焼香の列に加わる番が来た。震える指で線香を摘み、煙をくゆらせながら手を合わせる。蓮、聞こえるか? 心の中で問いかけても、返事はない。遺影の中の蓮は、ただ優しく微笑んでいるだけだ。
「蓮……久しぶりだな。」声に出さず、唇だけを動かしてみる。「お前に会いに来たよ。でも、お前はもう……返事してくれないんだな。」
鼻の奥がツンとする。視界が滲んできた。このままでは人前で泣いてしまう。俺は慌てて顔を伏せ、その場を離れた。
式のあいだ、俺はずっと現実感のないまま過ごした。近所の人やクラスメイトから何か話しかけられても、上の空で頷くことしかできなかった。蓮の死がショックなのはもちろんだが、それ以上に心を占めていたのは、自分自身への苛立ちだった。
何故、もっと早く会いに来なかった?どうして最後の連絡を無視したままだった?蓮が生きているうちに伝えるべき言葉が、山ほどあったはずだ。
「ありがとう」も「ごめん」も、そして「また会おう」さえ言わないまま永遠の別れになるなんて――。
翌日、火葬場で白い煙となって空へ昇っていく棺に向かって、俺は心の中で何度も叫んだ。
蓮、ごめん。本当にごめん。お前に伝えたいことがこんなにあるのに、もうどれも届かない……!
拳を握り締めても、その悔恨はどうしようもなく募るばかりだった。
葬儀が終わり、すべてが静まり返った頃、俺は蓮の家の庭先に立っていた。夕焼け空が茜色に染まり、吹く風が肌寒い。辺りには誰もいない。両親は近所の人と話し込んでいて、俺一人抜け出してきたのだ。
ぽつりぽつりと小雨が降り始めた。まるで天も泣いているかのようだ、と場違いなことを考える。ポケットから震えた手でタバコを取り出すと、ライターの火が風に揺れた。
一服し、白い煙を吐き出しながら、俺は曇天を仰ぐ。
「ああ……戻りたい……。」
誰にともなく呟いた。その声は情けなく掠れて、自分でも驚くほど震えていた。
「もしやり直せるなら……何でもする。頼む……もう一度だけ……蓮に会わせてくれ……!」
雨脚が強くなり、ぽたぽたと頬に冷たい滴が当たる。それが涙なのか雨なのか、もはや判別もつかなかった。
力なく木製のベンチに腰掛け、俺は顔を両手で覆った。軋むような嗚咽が喉から漏れ出す。こんなに泣いたのは、生まれて初めてかもしれない。
「……頼むよ……」
消え入りそうな声で繰り返す。過去に戻りたい。蓮に「ありがとう」と伝えたい。心の底からそう願った。
そのとき――視界の端で、庭先の風景がふっと歪んだ気がした。
涙のせいだろうか?いや、違う。周囲の音が急に遠のき、意識がぼんやりと白んでいく。立ち上がろうとする間もなく、俺の全身から力が抜け……意識は深い闇に落ちていった。