4葛藤と選択
まさにこの瞬間、運命の分かれ道に立っているという実感があった。眼前の美咲は、幼い頃からの大切な存在。俺にとってかけがえのない人だ。彼女の告白を受け入れれば、きっと俺たちは恋人同士になれるだろう。そうすれば、もしかしたら彼女と共に歩む未来もあったかもしれない。長年胸に秘めていた互いの想いが報われ、幸せな結末が待っている可能性だってある。
心の奥底で、ずっと望んでいた光景。それを手に入れる絶好の機会が、今目の前にある。俺が「好きだ」と一言返せば、美咲は笑顔になり、涙を拭って俺に抱きついてくるだろう。その後の未来は誰にもわからないが、少なくとも彼女の初恋は実り、俺も後悔から解放される…はずだ。
しかし、その未来を思い描こうとするたび、ある思いが浮かんでくる。それは、今この場で彼女の想いを受け入れなかった場合の未来だ。俺が告白を断った現実の未来——美咲は深く傷ついただろう。俺たちは疎遠になり、やがて彼女は隆二と出会い、惹かれ合い、結婚に至った。俺は招待状の知らせでそれを知ったわけだが、きっと隆二と一緒にいるときの彼女は心からの笑顔を見せているに違いない。
実際、噂で耳にした美咲と隆二の交際は順調そのものだった。偶然街で見かけた二人はとてもお似合いで、美咲は昔のように明るく笑っていた。俺には見せなくなった笑顔を、隆二には向けていたのだ。その記憶を思い出すと胸がちくりと痛んだが、同時に悟ったことがある。美咲の笑顔を守れるのは、俺ではなく隆二なのかもしれない——と。
隆二は昔から面倒見がよく、誰に対しても優しい性格だった。学生時代、俺が熱を出したときにも代わりにノートを取ってくれたり、落ち込んでいる人を放っておけないところがあった。美咲に対しても同じように誠実で、彼女があの後、塞ぎ込んでいたときも、陰ながら支えていたと聞く。俺が美咲を傷つけてしまった後、彼女を救ったのは隆二だった。そんな隆二だからこそ、美咲も心を開き、信頼し、そして愛するようになったのだろう。
では、もしここで俺が彼女の想いを受け入れたらどうなるだろうか? 彼女は一時的には幸せかもしれない。だが、俺は本当に彼女を幸せにできるのか? 過去の俺は仕事にかまけて彼女を悲しませてしまった。その本質は今も変わらないのではないか。目の前の美咲は、確かに俺を想って涙を流している。けれどそれは、長年の初恋に決着をつけたいという彼女自身のための涙でもあるように思えた。俺がここで安易に頷けば、彼女の望みは叶うだろう。けれど、それが本当の意味で彼女の幸せに繋がるのか——確信が持てなかった。
それに、この現象自体が現実離れしていることも考え合わせるべきだ。これは本当に現実なのか、ただの夢か妄想ではないのか? もし夢だとしたら、ここで俺が彼女と結ばれても所詮幻想だ。現実の二人は既に別の道を歩んでいる。夢から覚めれば、結局俺はまた一人ぼっちで後悔を抱えたままだ。逆に、もしこれが現実で過去を変えてしまったら——未来はどうなる? 隆二と美咲の結婚という事実は消え、俺はこの世界で彼女と共に生きていくことになるのか? それとも、元の世界に戻ったときに全てが書き換わっているのか? 考えても答えの出ない問いが次々浮かんでは消え、頭が混乱する。
だが、どちらにせよ一つだけ言えることがあった。俺は美咲に笑っていてほしい。それが俺の本音であり、願いだ。自分がそばにいても離れていても、彼女が幸せであればそれでいい——本当にそう言い切れるのか? 胸の内で何度も自問する。未練がないと言えば嘘になる。今こうして彼女から改めて想いを告げられているのだから。だが、だからこそ冷静にならなければいけないとも感じていた。
目の前に立つ美咲の姿が涙で滲む。彼女を悲しませたくない。幸せになってほしい。そのために自分ができることは何か——答えは、一つだった。俺は静かに息を吐き、心を決めた。震える拳をそっと開き、彼女に掛ける言葉を頭の中で反芻する。自分の本当の気持ちを押し殺すように胸に蓋をしながら、俺は顔を上げた。