2願い
涙で霞む視界を閉じ、深いため息をついた刹那、部屋の空気が不意に変わった気がした。まるで時間が巻き戻るような不思議な感覚——頭がクラクラし、眩暈に襲われる。ソファにもたれかかったまま身動きできずにいると、鼓動だけがやけに速く鳴り響いた。心の中で繰り返した願いの言葉が、現実を歪めてしまったのだろうか。
やがて眩暈がおさまり、ゆっくりと瞼を開ける。すると、そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。淡い夕陽に照らされた公園の風景——それは記憶の中のあの日の光景そのままだった。周囲を見回すと、ベンチや遊具の配置まで覚えのあるものばかりだ。木々の葉擦れの音、遠くで聞こえる子供の笑い声。すべてが鮮明で、生々しい。夢にしてはリアルすぎる。
俺は立ち上がり、自分の手のひらを見下ろした。若い。シワや疲れの跡が薄くなっている気がする。胸に手を当てると、鼓動が高鳴っていた。どうやら俺は、あの日の自分——過去の自分の姿になっているようだ。信じがたいことだが、これは夢でも幻でもないのかもしれない。まるで現実がそっくりそのまま巻き戻されたかのように感じられた。
「これは…?」思わずそう呟いてしまう。声も若々しく張りがある。周囲には誰もいないようだが、確かこの場所で——そうだ、美咲が俺に会いたいと呼び出してきたのは夕方の公園だった。記憶の糸を手繰り寄せる。そうだ、間違いない。この公園で、俺は彼女の告白を受けたのだ。そして俺は…。
息を呑む。これから起こる出来事を知っている自分と、その瞬間を今まさに迎えようとしている現実。その二つが奇妙に重なり合い、頭が混乱する。なぜこんなことに——理由はわからない。ただ一つ言えるのは、これはおそらく俺に与えられたもう一度の機会なのだということ。
心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。自分の願いがまさか叶うなんて信じられない。しかし目の前の光景は現実そのものだ。俺は静かに深呼吸をした。もし本当に過去をやり直せるのだとしたら、今度こそ——。手のひらを強く握りしめる。後悔を繰り返さないために、何をすべきかは分かっている…つもりだった。
しかし同時に怖さも湧き上がる。あの日の俺は美咲の想いを受け止められなかった。今の俺は果たして正しい答えを出せるのだろうか? 頭では幾度も後悔し、こうすべきだったとシミュレーションしてきた。しかし実際に目の前で彼女を前にしたとき、俺はうまく振る舞えるのか。不安と緊張が入り混じり、喉がカラカラに渇くのを感じた。
その時、小さな足音が近づいてくるのに気づいた。ハッとして顔を上げると、公園の入口から一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。夕陽を背にしてシルエットになっているが、その歩き方や佇まいに見覚えがある。間違いない——美咲だ。記憶の中の若い彼女が、今目の前に現れようとしている。俺の願いは現実になったのだ。
胸の高鳴りが一層激しくなる。再び巡ってきたこの瞬間に、俺は何を選ぶのか。後悔に囚われたままではいけないと分かっている。だが、美咲の想いに今度こそ応えてやりたいという気持ちも確かに存在していた。二つの感情がせめぎ合う中、美咲がそっと俺の名前を呼ぶ声が耳に届いた。「…ねぇ、来てくれてありがとう。」彼女の声——その震えたような響きは、あの日と同じだった。