観覧車の魔法使い
病院の窓からは見える観覧車には魔法使いが現れる。夕暮れ時に一人で観覧車に乗るといい。魔法使いは、観覧車が一番高い位置に来た時に現れる。この噂は、通院するようになってから聞いた。ある時は患者同士が、ある時は看護師が話していた。数年後、私は入院し、余命宣告を受けた。私は、両親にせがんだ。観覧車に乗りたいと。親と医師は私の願いの為に迅速に行動した。
当日、私は車いすに乗り、観覧車の列に並んだ。入場から観覧車乗り場まで実に円滑だった。そして、観覧車乗り場には、体格の良い職員が二人いて私を抱えて観覧車に乗せてくれた。私は一人で乗ることを希望した。親は渋ったが、異変が起きたらすぐスマホに着信を入れることを条件にそれは許された。
観覧車内は静かだった。病気が発覚したのは、十歳の時。それから五年の闘病生活。そして、私はもうすぐ死ぬ。皆が勉強したり、遊んだりしている間に辛い治療を受け、ベッドで泣いていた。観覧車は頂上に近づく。空は次第に薄暗くなる。ほら、何も起きない。私は自嘲した。
「オレはこの乗り物と相性がいいらしい」
いつの間にか向かいの席に男が座っていた。青い遊牧民のような服を着た二十代くらいの男だ。
「え?」
私は驚いて体を硬直させた。
「魔法使いだよ。会いたいから乗ったんだろ?」
男は言った。しかし、見た目はどう見ても魔法使いではない。遊牧民だ。
「私、もうすぐ死ぬんです」
少し自棄になっていた。
「なぜ?」
彼は尋ねた。
「神様に選ばれたの」
私は答えた。
「ではオレは必要ないのかな?」
急に目頭が熱くなる。必要ない訳がない。だって本当は生きたいもの! 魔法使いは、ふーっと息を吐いた。
「まずは、恋でもしてみるかい? ”恋せよ乙女”ってね。ぴったりだろう?」
観覧車は地上に近づいている。そして扉が開けられた。
「頑張れよ」
私は自分の足で観覧車から降りた。振り返った時には、誰も乗っていなかった。
私はアルバムを開きながら写真を選んでいた。結婚式用の写真だ。私は気になる写真を見つけて、母に尋ねた。
「ああ。それ、小学校行事の国際交流の写真でね。その子、あんたの兄さんなの。あんたが三つの時に川に落ちてそれっきり。遺体も見つからなかった。少し目を離した隙だった」
母は鼻をすすった。写真には遊牧民の青い民族衣装を着て笑う少年が写っていた。