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衝撃の出会い


 ――当日。最寄り駅で待っていると、三人が乗った車が交差点から入ってきた。


「お待たせー」

「おはようございます!」


 助手席の橋本先輩に応えながら、運転席にも目を向ける。


「本日はよろしくお願いします」

「よろしく!」


 運転役を務めるのは、橋本先輩の弟さんであり、配信者のーSHOUーさん。

 動画では顔を隠していたけれど、橋本先輩と同じ顔立ちで、一目で姉弟だとわかる。つまり、イケメン。顔を隠す必要なんてなさそうなのに。


「暑いね、今日。はい、お茶買ってあるよ」

「ありがとうございます」


 後部座席に乗り込むと、隣の結城先輩がペットボトルを渡してくれた。

 目的地のショッピングモールは車で一時間はかかるらしいから、冷たい飲み物はありがたい。冷房も効いていて、少し汗ばんだ肌に心地よかった。


「途中で気分悪くなったりしたら遠慮しないで言ってね。車は酔いやすいタイプ?」

「いえ、そんなに」

「よかった。ショウ、運転荒くしたらしばくよ」

「はいはい。後ろに人乗せて荒くなんてしないよ、姉ちゃんじゃあるまいし。

 って、痛っ! 危ないだろ! まだ荒くしてないって」


 私にはわからなかったけれど、見えないところで先輩がなにかやったらしい。

 ギャンギャン噛みつく弟さんは、朝だというのに元気がいい。さすが配信者だ。そういう私も、楽しみにしすぎてテンションが上がりきっている。


「あの、配信見ました。カブトムシの」

「あざまっす! 再生数一番多いやつですよね?」

「はい。ほかにもありました?」

「あるある。一から育てたので戦うとか言って、部屋で育ててた時期あった」


 ルームミラーに先輩のうんざり顔が映る。


「カブトムシを……ですか」

「そ。最初リビングで育てようとなんてするから、虫の代わりにこいつ追い出そうかと思ったわ」

「マジで追い出そうとしたよね姉ちゃん」


 私もそれはいやかも。カブトムシはそんなに嫌いじゃないけど、リビングにあるのはいやだ。


「友達呼べないでしょ、あんなん。飛んで逃げたらどうすんの」

「呼ばれたくないなー、カブトムシが飛び回ってる家」


 結城先輩が笑った。


 一時間もある道程だけど、弟さんが絶えず話題を提供してくれるので、車内は活気に満ちていた。

 弟さんは近くに住んでいる知り合いに声をかけているそうで、現地に着いたら別行動になる。男性込みだとちょっと話が変わるから、そこは安心した。


__



 車で一時間かけてやってきました、高級モール。

 駐車場が地下だから、外観をじっくり眺められなかったのはちょっと残念。


「ついたー。まずどうしよっか」

「下から順に見てけばいいんじゃない。お昼まで時間あるし」

「小笠原ちゃん、どう? 喉渇いてる?」

「大丈夫です」


 ここは先輩のお姉様二人に従おう。高級ブランドでの買い物の作法なんて、知っているわけがない。


 先輩二人はそれぞれデートの約束があるので、今日は午後で解散だ。私だけ橋本先輩の弟さんに送ってもらうことになっている。

 今日初対面の男の人だけど、気さくでちょっとかわいいから緊張しなくてすんだ。


 でも、やっぱり二人ともおしゃれだなあ。

 色味少ないのに地味じゃなくて、素材の良さが引き立っている。美容院の予約があるらしいからヘアスタイルはシンプルだけど、それも服のナチュラルなテイストに合ってて完璧っていうか。


 私なんて、手持ちの服で一番値段が高いのを合わせてきたのに、全然高見えしていない。どうあっても二人に並び立てないのはわかっているから、悪目立ちしない服装にはしてきたけれど。

 なんか、付き人みたいな感じ。


「じゃ、行こっか。見たいのあったら遠慮なく言ってね。せっかく来たんだし、いっぱい回ろ」

「はい!」

「ちょっと待ったー!」


 後ろからの大声にびっくりして飛び上がる。

 振り返ると、最後に運転席から降りた弟さんが、じっとりした眼で私たちを睨んでいた。


「なに。もういいよ、行って」

「そんな犬みたいな」

「俺を一人にすんなよ! こんな恰好の男が一人でこんなとこいたら目立つだろ!」


 そう言ってバッと腕を広げる弟さん。

 ロゴの入った黒い七分丈シャツに、夏らしく裾の広がったカーキ色のズボン。ラフな仕上がりで安心感があるけれど、どちらかというと屋外向けの恰好である。


「いいじゃない、目立てば。配信者は目立ってなんぼでしょ」

「そうだけど! そうだけどこれは違うだろ! こんなんダサすぎて数字落ちるって!」

「自分で着てきてあんた」

「こんなガチなところだと思わなかったの! もっとこう、ファミリー向けのショッピングモールだと!」

「私の恰好見て察しなよ」

「だから最後、口数少なかったんだ」


 そういえば、都心に入ってから急に口数が少なくなっていたような。ずっと格好気にしてたのか。かわいい。


「一人で浮くなら私たちといても浮くって。道連れにしないでよ」

「姉ちゃんたちと一緒ならまだ言い訳できるんだよ。

 一人じゃ、え? その格好でここまで来たんですか? お店間違えてませんか? って視線がヤバい。絶対」

「でっしょうね」

「気持ちちょっとわかります」


 今回は入念に下調べして臨んだけれど、友達に誘われて来た場所がここだったら帰りたくなる。ううん、一人で帰る。


「だったら車で待ってなさいよ。友達来るんでしょ?」

「まだ来ないんだよー。こんなとこで一人で待ってんの寂しいよー」

「ガキか」

「姉ちゃーん」

「外でその呼び方やめて。まったく……」

「連れてってあげなよ。ここまで送ってくれたんだから」


 結城先輩が苦笑する。


「お姉様……!」

「あ、それはやめてね」

「はい」


 なんか、友達と遊びに行くお姉ちゃんについてきちゃった、ちっちゃな男の子みたい。


 一応、このあと遊ぶ予定の友達に早く来てもらえるよう連絡を入れて、弟さんは私たちと駐車場を抜け出した。


 基本、デパートや商業施設の一階は高級ブランド店が多い。

 だれもが名前を知っているバッグとかコスメとか。だから、ラフな恰好の弟さんは、これでもかというほどに浮いていた。


「俺ヤバくない? 一流企業のお姉さんに養ってもらってるヒモ大学生みがない?」


 そうはいうものの、人数が多いからか背筋は伸びている。

 顔がいいので、よけいその例えに説得力があった。


「そう思うなら、そのへんでジャケットでも買えば?

 言っとくけど、ヤバいのはあんたがそんな恰好で来たからだからね」

「このかっこでジャケット買いに行けって? 服買う服がないやつになるよ」

「でも、その恰好でずっといるの? 知り合いの人ってそういうの気にしない感じ?」

「……あ」


 弟さんが立ち止まり、顔に手を当てる。その表情は悲痛だった。


「忘れてた。たぶん、帰られますね……」

「厳しいですね」

「本人がモデルやってるんで……説教不可避かも」

「終わったな」

「モデルさんの知り合いなんてすごいですね」


 いろいろな人とコラボしていたし、交友関係は広そうだ。

 もしかしたら、知っている芸能人なんかもいたりするのかもしれない。


「どうする? 駐車場で半日過ごす?」

「その選択肢はないよ。んー、やっぱ買うしかないかー」


 ヌググと唸る弟さん。ここで買うとなると、それなりのお値段になってしまうから気持ちはわかる。


「桜さんと小笠原さんには悪いんですけど、俺の買い物付き合ってもらえません?

 一人で入れる店じゃないんで」

「いいよ。せっかくだから選んであげよっか」

「いいの?」

「待ってるだけなのも暇だし。とびっきり高いの選んであげるねっ」


 茶目っ気たっぷりのウインクとともに、怖ろしいことをおっしゃる結城先輩。便乗するように橋本先輩が手を叩いた。


「そうね、あんたも一着くらいはいいジャケット持っとくべきでしょ。さーて、一番高いお店はどこかな-?」

「ちょ、姉ちゃん!? 俺、シャツ買えればいいんだけど!?」

「えー、こんなブランドショップ立ち並ぶところでそんなこと言うのー?

 駐車代浮かせるために一肌脱ぎなさい」

「それが目的か! 待って待って、五万越える買い物は無理だって!」

「あ、あそこよくない? 見るからによさそう」

「値段がね!?」


 うーん、先輩たち容赦がない。

 ずるずる引きずられる弟さんに同情しつつも、私は無言で後ろを追った。


「やっぱここはきれいめ意識で白系がいいと思うんだよね。ほかが黒めな色だし」

「んー。コーデ的にはいいんだけど、見た目の雰囲気に言動が合わなくなるよ。ここはカジュアルダウンを狙ったていにしたほうがよくない?」

「カジュアルダウンねえ……」

「ありがち?」


 ジャケットのコーナーで先輩二人が案を出し合っている。

 まるでコーディネータのやりとりを見ているようで、つまり、私に入る余地などない。女性物なら少しは反応できるけれど、男性物だとまるで無力だ。

 まあ、それは仕方ない。だって、弟さんも話に入れていないのだし。


「女の人の買い物の長さって、こういうとこっすよね……」

「かもしれません……」

「今はありがたいんですけどね。

 これ毎回は普通に……姉ちゃんの彼氏マジすげえわ」


 橋本先輩の恋人さんなら、そうとうハイスペックに違いない。社内の人じゃないらしいから、学生時代の彼氏さんなのかも。先輩なら引く手あまただろう。


「ほら、試しに着て」

「ほいほい。おっ、いい感じ! で、こっちは――こっちもよき!」

「うん、似合ってる」

「ちょっと丈短いか。次、これ」

「あいよ」


 次々と服を渡す先輩たちと、着ていく弟さんと、戻していく私。

 なぜかきれいに流れが生まれていて、近づけない店員さんが二の足を踏んでいる。


「これいいんじゃない? ワンポイントあるの好きでしょ」

「好き。でもちょっとお高く――チラ?」

「カード持ってきてるの知ってるけど?」

「チッ、ダメか。 ……ん?」


 弟さんの視線がふいに動き、店の入り口へと向かう。

 そういえば、弟さんは弟さんでお知り合いと待ち合わせしてたんだっけ。どんな人か――なっ!?

 

「来た来た! おはざーっす!」

「はよ。おはようございます」

「おはようございます」

「俺来る前にもう服選んでんの? ってか、下なに着てんだよ」

「めくんの禁止! これ似合ってる?」

「合ってる」

「じゃあ買ってくる!」


 ……ハッ。いけないいけない、意識がなくなってた。

 ここにきて推しの幻覚を見てるなんてどうかして――なーい! 幻覚じゃない! 田代穣がいる! なんでえ!?


「初めまして、姉の奈緒です。いつも弟がお世話になっているみたいで」

「いえいえ。いつも楽しく遊ばせてもらってます」


 わー、憧れの人たちが型どおりの挨拶してる。なんか変な感じ。待って、本当に現実? 弟さんはモデルの友達って言ってたけど! 大学生くらいの子想像してたよ!


「お待たせー。集合何時?」

「美容院五時だから、四時半には連絡すると思う」

「おっけ!」


 みんなは普通にしてるけど、私はまだ現実に心が追いついてない。

 私、視界に入ってないよね? 大丈夫だよね? 推しの視界に入ったりしてないよね!?


「小笠原ちゃん? 固まってない?」

「びっくりしちゃった? かっこよかったよね、今の人」

「か゛っ゛こ゛よ゛か゛っ゛た゛です゛……!」

「なんて?」


 万感の思いがこもりすぎて、言葉はほとんど声にならなかった。


 いやいやいや、本当にわけがわからない。

 先輩の弟さんのお知り合いが私の推し? なんで? 地球は丸いし世界は繋がっているし日本は陸続きだけど。だからってこんな繋がり方ある? 


 本格的に女子会が始まっても、私の頭はまだ混乱の真っ只中だった。

 だって、この女子会だって、もともとは推しの田代さんに会うための自分磨きがきっかけだったのに。磨く前に会っちゃった。


 ううん、まだ間に合うかも。まだギリギリ出会ってないかも。

 私と結城先輩は自己紹介してなかったし、視界に入ったのも数秒だったはずだ。私と結城先輩、記憶に残るのは当然結城先輩。


 うん、推しに意識されてなければセーフ。友達の姉の同行者なんて、次に会ったときには忘れているに違いない。

 つまり、私にとっては二度目でも、推しにとってはサイン会が初対面! よし、これでいこう!


 そうと決まれば大幅なイメージチェンジが必要で、つまり、自分磨きはまだ継続だ。

 先輩たちとお店を周りながら、自分に合う物を物色していく。バッグやアクセサリーなんかは桁が違って手が出ないけれど、コスメならまだ手が届きそうだ。


「本当は下地にお金かけたほうがいいんだけど、一式揃えるの厳しいならリップとかいいんじゃない? 唇違うと特別感があるし」


 先輩はそう言って店員さん――BAさんというらしい――に声をかけてくれた。鏡に唇を引き結んだ私が映る。


「小笠原ちゃん、それじゃ塗れないよ」

「はああ、はい!」

「失礼しますね」


 プロの人に見繕ってもらうのは初めてで、緊張する。先輩たちがいなかったら、絶対に試せなかった。BAさんは何種類も持ってきてくれて、ひとつひとつ、丁寧に唇に乗せてくれる。


「あ、これ好きです」

「よかったです。明るめなお色が似合いますね」


 上品なBAさんに微笑まれると、営業だとわかっていても照れてしまう。そんな顔がちょっとかわいく見えるのは、やっぱり唇のおかげかな。


「ありがとうございました」


 奮発して買った小さな口紅を、小さな紙袋に入れてもらってバッグと持つ。それだけで、ちょっと美人度が上がった気がした。


 コスメを買ったあとは、イタリアンのお店でランチを食べた。

 先輩たちがSNSにあげる写真を撮るっていうから身を引こうとしたら、笑いながらまんなかに入れられてしまった。二人とも顔出しはしていないから、SNS用の写真は料理と手だけ。でもやっぱりちょっと恥ずかしい。


 本屋さんを眺めたり、生クリーム専門店でクレープを食べたり、雑貨屋さんで理想のおうちをわいわい話したりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 推しのことはまだちょっと頭に残っていたけれど、次に会うのはサイン会だから問題は――


「――田代さんの家、今から連れてってもらえるって」


 情緒はまたもや破壊された。




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