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オシャレにこだわる理由


 待ちに待ったお昼休み。ショルダーバックを肩にかけて、私はいそいそと席を立った。


 今日のお昼は、となりの部署の先輩二人とランチを食べることになっている。


 部署が違うと、同期じゃない人と関わる機会なんてほとんどない。でも、通勤電車の路線が一緒でたまに見かけることもあって、なんとなく顔見知りになっていた。

 そのうちにちょっと話すようになって、この前は会社から一緒に帰ったりなんかもして、今日初めて、ランチにお誘いいただけたのだ。

 この調子でお近づきになれたらなあなんて下心もあって、どうしても浮き足立ってしまう。


 だって二人ともおしゃれできれいだし! 美容ルーティンとかあったら参考にしたい!


 二人とも、社内でも指折りの美人さんだ。そのうえスタイルもよく、トレンドの服を華麗に着こなし、髪の先から足の爪の先まで気を配っている。雑談でも最新トレンドが飛び出してくるし、きっと普段からアンテナを張っているに違いない。

 都会の洗練された女性に憧れている私としては、その美しさに是非ともあやかりたかった。

 あと、もっと切実にきれいになりたい理由がある。


 来月、推しのサイン会があるのだ。

 そう、サイン会! しかもオンラインじゃなくて実際に会えるやつ! 絶対絶対失敗できないやつ!


 私の推し歴はそんなに長くない。

 雑誌に載っていたイケメンモデルに一目惚れして、その場でSNSのアカウントをフォロー。そしてその日の夜にサイン会開催の情報を見つけて、勢いのまま抽選に申し込んでしまったのだ。アクセル全開の行動に、自分でもびっくりしている。


 とにかく抽選は当たって、会えることは決まった。

 そうなればやることはたくさんで、推しに会うための服とか、推しに会うための髪型とか、推しに引かれない程度の顔面とか、いろいろなものが必要になってくる。


 なかでも圧倒的に必要なのはセンスだ。

 社会人二年目とはいえ、まだまだ仕事を覚えることに精一杯。せっかく都会に住んでいるのにトレンドもモードも後追いばかり。このままだと、垢抜けない姿で推しの前に立つことになってしまう。


 そんなわけで、先輩達の美しさのほんのひとかけらでも手に入れられればと、私は大いに意気込んでいた。


「えっ、動画配信してるんですか!?」


 驚いて聞き返すと、橋本先輩はフォークに刺したトマトを口に運びながら頷いた。


「学生んときからやってたの。メイクとかネイルとか。

 これも、この前配信したとこ」


 そう言って見せられたのは、薄くグラデーションされたきれいな爪。青地に銀色の線が伸びていて、キラキラとラメが輝いている。


「すごい! すごくきれいです!」

「ありがと。七夕が近いから、天の川イメージしてみた。今日はパンプスだけど、足もやってる」

「これ、その動画ね」


 結城先輩が見せてくれる画面を覗くと、ネイルを塗っているところが再生された。爪を上から映していて、橋本先輩の声も聞こえてくる。


「これ、全部自分で考えて塗ってるんですか?」

「そ。ネイリストとかなろっかなーって思ってた時期あってさ。資格も取ったりしてた」

「そうそう。奈緒の部屋、ネイルに使うやつ全部揃っててね? たまに借りてるけど、やっぱプロのものは違うっていうか」

「プロ用じゃないけどね。でも安いのはすぐだめになるし、バイト代入るたびに買い足して」


 なんてことないように言っているけど、独学でプロ顔負けのものが作れるなんて。

 いつも凝ったデザインのネイルをしているから、てっきり専門店に通っているものだと思っていた。


 これは真似してみる価値ありでは?

 自分でやれば金額は抑えられるし、そのぶんほかのことにお金を回せる。今から練習すれば、サイン会に間に合うかもしれない。


「あの、お二人のアカウントを教えていただいても?」

「いいよ。小笠原ちゃんはなにかやってる?」

「いえ、全然! ちょっと写真とかあげたりしてる程度です……!」

「私のアカウントも教えとくねー。こっち本アカで、こっち趣味アカ」


 快く教えてもらえたので、二人のアカウントをいそいそとフォローする。パッと見える写真だけでもセンスの塊だし、これから遡るのがとても楽しみだ。

 待ちきれなくて、結城先輩のSNSを少しだけスクロールする。


「わあ、やっぱりおしゃれ……! このコスメってやっぱりデパコスですか?」


 ずずいとスマホを押し出すと、結城先輩が上から覗き込んだ。


「あー、これは……どこだったかな。ちょっと待ってね」

「アルバム見れば? どこ行ったかわかりやすいでしょ」


 これはリアルでの知り合いだからこそできる特権だ。

 コメントで質問することもできなくはないけれど、繋がってない人にいきなりそんなことを尋ねる勇気はない。特定していると思われても困るし。


「あったあった。アウトレット行ったときかな、これ」

「アウトレットって化粧品あるんですか?」

「全然あるよー。服はサイズとかカラバリあんまなかったりするけど、コスメはそういうのないからいいよね」

「シーズン終わった限定ものとかストックしておけたりね。ネイルとかほんと助かる」

「なるほど……!」


 聞けば聞くほどためになる。

 もっともっと知りたいけれど、これ以上は食事の邪魔になるだろう。前のめりになるのをグッとこらえて、パスタ皿に視線をずらした。


 先輩たちが目を付けていたイタリアンのお店だけあって、パスタはとても美味しかった。

 料理の盛り付けもきれいだし、店内は観葉植物が飾られていて落ち着くし、目の前には美女が二人。どこを見ても目の保養だ。


「そうだ、土曜日何時にする?」


 食後のコーヒーが運ばれてきたところで、結城先輩が橋本先輩に問いかける。


「何時オープン? 十時? 十時につく時間でいいんじゃない。駅から何分だっけ」

「電車混むよたぶん。早めに行っとかない?」

「そっか。車出せればよかったんだけどね」


 二人でどこかに出掛けるらしい。二人とも同期だって言ってたし、普段から一緒に遊んだりしているんだろう。


 パッと浮かんだ構図はアフタヌーンティーを嗜む二人。ああでも、美術館で芸術鑑賞とかも似合う。

 それともアグレッシブにアクティビティ? もう暑いし、水上アクティビティとかもできるよね。私は水着になれる体型してないけど二人は余裕だろうし……。


「どこに行かれるんですか?」

「ショッピングモール。ここわかる?」


 覗き込んで首をひねる。

 アクセス方法の画面に名前は出ているけれど、地名しかわからない。駅を通り過ぎることはあるけれど、セレブが集う区だし降りたことすらない。


「私たちもこういうとこ普段は行かないんだけど、夕方まで暇でさ。せっかくだから行ってみようかってなって」

「ああ、わかります。一人じゃ行けないところでも、友達と一緒だと行きやすいですよね」


 ブランド品のお店でよくやるやつだ。

 一人だと、入ったからにはなにか買わなくちゃとか、店員さんにどう思われているかとかが気になって生きた心地がしないけれど、友達と一緒ならプレッシャーも感じなくなる。

 ビビりな私は、行ったことないお店だと全部そうなっちゃうんだけど。


 せっかくなのでそのモールを検索してみる。

 ハイブランドばかりが並び立つかと思いきや、本屋さんや雑貨屋さんもあって、私なんかでも少しくらいなら足を踏み入れられそうな雰囲気がある。とはいっても、外観写真に写るのは高層ビルで、やっぱりお呼びでない感じはした。


「あっ、北海道にある生クリーム専門店もあるんですね!」

「そうなの?」

「はい! あと京都の京料理が楽しめるお店も」

「へえ、どれどれ」

「あ-! 私の好きなケーキ屋ある! え、食べよ食べよ」


 二人がキャッキャッし始めたところで、ふと我に返る。

 ショッピングモールで真っ先に飲食店調べてる私って、もしかして論外なのでは?


 ……だ、だって! ブランド店とか見たって買えないから意味ないし! 私が入れるところって高くない飲食店くらいだったから!


 なんて言い繕えるはずもないので、慌てて違うお店も調べ始める。


「あと、えと、本屋さんもいいですよね。海外の絵本なんかあるそうですよー。

 それに、日本初上陸のブランドとか、限定商品もたくさん」

「へえー」


 情報量を増やして最初の失敗を押し流そうとする。それが功を奏して、なんとか話題を逸らすことに成功した。


「せっかくだから小笠原ちゃんも行かない?」

「へっ?」


 結城先輩の言葉に眼を瞬く。まさか、誘ってもらえるなんて思ってなかったから、じわじわとうれしさが込み上げてきた。


「今週の土曜日、予定ある? 暇だったら」

「全然暇です! けど、いいんですか?」


 前のめりになると、橋本先輩が頷いた。


「他部署の子と遊ぶ機会ってあまりないしね。会社の飲み会だとあんま話せないし」

「そうそう。興味あるなら」


 憧れの先輩達とお出かけ!? 突然のイベントに思考がグルグルと回る。


 二人が二人で遊んでいる姿は想像できるのに、そこに自分を混ぜると想像がうまく動かない。どうしたって先輩二人を眺める構図になって、これは……そう、あれだ!


「アシスタントやればいいですか!?」


 発想をそのまま声に出すと、二人はそろって噴き出した。


「あっはは、なんでそうなんの」

「いいよいいよ、ただの女子会だから。ちょっとSNSにあげたりするけど」

「じゃあそのお手伝いとか! 」

「ランチの写真撮ったりするだけだよ」

「なら荷物持ち! 荷物持ちくらいなら!」

「意気込みすごっ……!」


 ツボに入ったのか橋本先輩はまだ肩を揺らしている。


 だって絶対私だけ場違いだ。連れてってもらえるのに、なにも役に立てないのは申し訳ない。


 こうなるんなら、車の免許を前もって取っていれば……! そしたら二人の送迎できて、株も上がって、できる後輩になれたのに! 

 でも持ってないから、私はわびしくアイスコーヒーを啜る。ストローが氷に当たって、ズズッと情けない音が出た。


 待ち合わせの場所と時間はまたあとでということで、昼休みは終わった。

 幻みたいな時間に夢みたいな約束だったけど、通話アプリに二人の名前が増えているから幻想じゃない。うれしすぎて思わずスクショした。



 この日の夜、橋本先輩から連絡があった。

 なんでも、先輩の弟さんが車を出してくれることになったそうだ。


『うちのもあそこのブランド気になってたらしくて』


『弟さんもおしゃれなんですね』


『どうだろ笑』

『まあ配信のネタにはなるだろうしね』


 ベッドに寝っ転がってた私は、そこで身体を起こした。


『弟さんもやってるんですか?』


『そ』

『あっちは職業』

『私より登録者多いの』


 最後のメッセージには怒った顔の絵文字があった。負けず嫌いなところが見えてちょっとかわいい。


 でも、職業にできてるなんてすごいな。完璧姉弟なんだな。


 アカウントを教えてもらって調べると、ーSHOUーというアカウントが出てきた。

 雑談とか企画とかゲームとかの動画が並んでいるけれど、私が見るようなやつはあまりない。


 試しに再生数が高いのをひとつ見てみると、お面を被った人たちが虫取りをして戦わせていた。徹夜テンションで盛り上がってて、つい笑ってしまう。


 ちょっと橋本先輩とはジャンル違うけど、けっこう面白いかも。はー、この人にも会えるんだー。


 まったく知らない人だからあまり感慨はないけれど、せっかくならもう少し見ておいたほうがいいかも。そう思って動画をポチポチしていたら、あっというまに夜中になってしまった。



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