♤第六話:俺の能力を尽くして、この廃れた村を快適にしようと思う
「あ・・逃げられた・・・・」
川で釣りをしていると、隣でレノがそう呟いた。レトリバー系の獣人族の彼は、身体能力が高く、見た目も強そうで近寄りがたくとらえられることもあるかもしれない。しかし、内面は心優しく、少し弱気なくらいである。
「全くお前は本当に駄目だな・・・見ろよレノ、俺とセシルでもう十匹以上釣ってるってのに」
そして、いま誇らしげに鉄製のさびたバケツを掲げているのが、グレゴリウス。言葉は多少悪いが、たぶん本人に悪気はない。普段からレノとは仲良くしているようだし、世話焼きなんだろう。
なぜ俺たちが釣りをしているのか、それはもっぱらこいつらに生きるすべを教えるためと言ってもいい。そもそも俺がいれば、食料調達なら魔法を使いもっと簡単にできる。しかし、まだろくに魔法が使えない二人の前で、魔法を使った漁を見せても、せいぜい俺がすごいともてはやされるくらいだ。
彼らになんのメリットもないだろ?だから、道具の作り方から教えている。俺も、こういうゆっくりとした時間の流れは嫌いじゃない。
「焦るな、レノ・・・釣りっていうのはそもそも、じっくり待つことが大事だからな。竿を動かさずに、よく見ておけ」
「うう、わかった。やってみるよ」
彼の腕が小刻みに揺れ始める。緊張しているのだろうが、逆にそれが良い結果をもたらしたようだ。彼の釣り竿が大きく引き始めた。餌が揺れ動いた効果で、魚にとってそれが本物のように感じられたのだろうか。
「―――引けぇ!レノ‼」
グレゴリウスの応援に押され、レノは大きなサンカラノニスを釣り上げた。
「やった!」
「こりゃ、大物だな」
おそらく今日一番だろう。ここいらもいい漁場になってそうだし、二人とも釣りの才能は有りそうだな。
「あら、順調ね」
背後から、サランジェがかごを持って現れると、二人は戦績を自慢しに彼女のもとに向かっていった。やがて南方の特産だという、耳の部分が固いパンに、肉や野菜をはさんだものを持って三人が川辺に戻ってくる。
「はい、特製サンドイッチ」
「ありがとう」
俺にかごの中身を手渡すと、彼女は俺の近くの岩に腰かけた。
「お礼を言うのは私の方。こういうこと、私たちにはできないから」
「なんのことだ?」
「・・・二人に釣り、教えてくれてたんでしょ?」
最年長だけあって、サランジェはしっかりしている。彼女には、なんでもわかっちゃうって感じだ。
「まあ、いまのところ集落に居候状態だからな・・・何か貢献しようと思って」
「・・・・・それ、もしかして嫌味を言ってる?」
サランジェは俺の言葉に、どこか悔しそうに語調を変えた。
「ハル君が来てからの一週間で、本当に色々助けられてるよ。このサンドイッチの具材だって、ほとんどハル君のおかげで手に入った物ばかり。みんなずっとここにいてほしいって思ってるんだけど?」
彼女はお返しとばかりに、人差し指で俺の頬をツン、と突いた。
「まあ少なくとも、マルグリットの怪我が治るまで入るつもりだ。その先のことは・・・考えてないが」
「・・・そう、残念」
表情を変えない俺になのか、それとも返答になのか、どちらにせよやはり残念そうに、彼女はそう言った。
と、そんな話をしているうちに、グレゴリウスはサンドイッチを食べきったらしく、手持無沙汰そうにこちらに寄ってくる。
「なあセシル、午後はなにするんだ?」
「ああ、そうだな・・・魚はたくさん釣れたし、村に戻るか」
「――じゃあさ!俺に剣術を教えてくれよ‼」
「あ、僕も・・昨日読んだ本でわからないことがあって」
グレゴリウスが目を輝かせながらこちらを見れば、レノもこちらに飛んできてそう頼んだ。たしかに強くなる修行も、勉強も、どちらをとっても良いことだが・・・。
「すまんがこの後は、ニフロンとルーミシアに料理を教えることになってる」
「「え~!」」
俺がそう告げると、間髪を入れずブーイングが入った。
「じゃあ、明日は?」
「明日は・・・大事な用がある」
俺が明後日なら時間が作れるかもと伝えると、しぶしぶグレゴリウスは頷いた。しかし、レノがここまで聞き訳がいいのは助かる。彼が納得してくれれば、グレゴリウスも兄貴分としてなかなか、ごねることはしずらいだろう。
「でも、明日の大事な用ってなんだ?」
「ああ・・・もちろん、グレゴリウスやレノにも手伝ってもらうぞ?楽しい大工仕事だ」
*翌日*
天気は雲一つない晴天。気温は・・・十二度くらいだろうか?もうそろそろ十二月も近いというのに・・・朝これだけ気温が上がるなんて、北部では考えられない暖かさだ。湿度までは体感で判断できないが、まあ総じて絶好の活動日和と言っていいだろう。
「やるぞぉ~!・・・・お~‼」
早朝ということもあり、みんなやや気分が乗り切っていない様子の中、ウサギの獣人であるルーミシアだけは元気いっぱいである。俺は彼女の頭をなで、市場で仕入れた好物のにんじんを与える。
「やった~ありがと、セシル!」
「・・・ちょっとハルガダナ君、あまりエヴァを甘やかしすぎないようにしてくださいよ?あなたには恩がありますが、エヴァがわがままに育ったら困ります」
俺の行動が気に食わなかったようで、マルグリットがそう忠告した。
「たしかに、昨日お前も二本あげてるからな・・・ほかの食事をとらなくなって、栄養が偏るのも良くない」
「み、見てたんですか⁉」
羽が出そうになったのか、ぐっと力を込めてこぶしを握り、彼女は顔を紅潮させる。
「と、とにかく・・・いくらエヴァが可愛いからと言って、甘やかしすぎるのはお互いに禁止です」
「そうだな」
「―――それで、今日はなにを作るんでしょうか?」
すでに遊び始めた男子たちとは対照的に、まじめに俺のそばに寄ってきたのは、ニフロン。彼女は今年の九月で十歳になったらしく、年の離れている二人は別として、四人の中では一番年上。俺に対しても丁寧な口調を使う、大人な少女だ。
「ああ、今日は家の改築をする」
「改築?なぜですか?今のままでも十分だと思いますが」
すかさずマルグリットが疑問を投げかける。たしかに、かつて数十人が暮らしていただけあって、集落にはたくさん家がある。そのなかで俺たちはそれぞれ気に入った家を選び、暮らしているわけだ。
ちなみに俺は男子二人の家にお邪魔している状態で、マルグリットはルーミシアと、サランジェはニフロンをそれぞれ世話しながら暮らしている。それもあって、たしかに設備自体はちゃんとしているが、しかし・・・。
「これから冬になれば、さすがにこの辺も寒くなってくるだろ?今までどうやって暖をとってたんだ?」
「それは、暖炉ですが・・・」
「ああそうだろうな・・・だが今年は薪を切るのも大変なんじゃないか?」
「それは・・・盲点でした」
「つまり、ほかに部屋を暖める方法を作る、ということでしょうか?」
ニフロンが導き出した答えは、間違ってはいるが、悪くはない。しかし、現代でほかの方法を考えようと思ったら、それこそ魔法に頼るか、貴重な魔道具などを活用するほかない。そして、そんなことがこの集落にできないのは明白である。
「じゃあ、どうやって?」
「家の方を改めるんだ。実際、いまの家には隙間が多くあるし、家の板も分厚いとは言い難い。これじゃ、簡単に熱は外に逃げてくだろうな」
まあ、もともと素人が作ったのだろうだから、仕方がないが。
「でも、それじゃあ夏熱くなるんじゃないですか?」
「これだけ家があるんだ、夏はまた別の家に戻ればいいだろ」
「なる・・ほど」
どうやら納得していただけたようだ。男子二人と、ルーミシアには・・・まあ説明しなくてもいいか。よし。ちょうどよく王都への買い出しから戻ってきたサランジェが、道具を持ってきてくれたので準備は整う。
まずはけが人以外の全員で、木を切り倒す。そこら中に生えている木だが、割と質が良く、やわらかいので比較的切りやすく加工にも優れているだろう。本当はルーミシアには参加せず待っていてほしかったが、どうしてもとごねるので、マルグリットの監督のもと参加してもらうこととする。
ここで魔法を使わないのも、釣りのときと同じ理由だ。風魔法が使えない俺だが、正直、木くらいなら魔法で余裕に倒せる。しかし、こういう一つ一つの工程が、人を成長させる・・・とくにグレゴリウスは、期待通りに気を吐いているようだ。
それが終わったら、俺の指示のもと加工を始める。一転緻密な作業を要するこの工程では、レノやサランジェがとくに上手に仕事をこなす。大小、厚いもの、薄いものさまざまな板を作り上げ、最後に家の壁の隙間や、薄い部分を埋め補う。
さらに、窓枠にも防寒の工夫を施し、匠の技までも教え込む。なんといっても、この辺は北の辺境育ちの実力の見せ所といったところか。
「よっしゃー!完成だぜ‼」
天高くこぶしを突き上げたグレゴリウスは、大きくそう吠えた。作業を通して、こいつは本当に元気だった。
なんとか一日かけて終わらせることができたが、つぎはぎの中には、ち密に計算されつくされた完璧すぎるものもあれば、雑すぎて今にも壊れ落ちそうなものまである。
本当に、個性がよく出るな・・・まあ、やばそうなのは後で俺が直しておくとしよう。
これで、ひとまずは冬に向けての備えとノウハウはできた。あと、この村に必要なのは・・・・。
*翌朝*
「やっぱり、農地だよな・・・・」
俺は昨日から考えていることを、つい口に出していってしまう。この集落は山の中にあるので、まとまった農地を確保しようと思えばおそらく、ふもとまで行くしかない。もちろん、この辺りに平らな比較的広い用地があるというのならば別だが。
エネルギー源となる炭水化物をいつまでもふもとの商店に頼っているというのは良い状況とは言えない。買い出しだって一苦労なのだからな。なんとかして小麦を育てられるようになればいいのだが。
「なあ、今日は剣術を教えてくれるって言ったろ?早く行こうぜ?」
そんな俺の悩みをよそに、今日も元気いっぱいのグレゴリウスはそう言って俺の服の裾を引っ張る。そういえば、そんな約束もしたような気がする。
「なあ、この辺にどこか広くて平らな場所ないか?」
「ええ?ん・・・まあないことはないけど」
(まじか)
ダメもとで聞いてみたが、朗報だ。
「連れてってくれ!」
「え~修行は~?」
「稽古ならそこでつけてやるよ」
「よっしゃ!決まり!」
グレゴリウスの反応を見るに、それほど遠い場所でもないようだ。まだわからないが、俺の心に希望が湧いてきた。
・
・
「ここだよ」
案内された場所は、集落がある場所から十分ほど西に歩いたところにある広場だった。少し険しい道を通らなくてはならないが、その辺はまあ後からなんとかなる。切り立った崖の上にあるこの場所には、枯葉の腐葉土が発達し、土の状態もよさそうだ。近くに川も通っており、想像以上に農業条件の良い場所だ。
「よし、じゃあ約束通り・・・」
「待てって、ここじゃ危ないだろ」
ここから崖の下まではかなり距離がありそうだ。あとで柵も作って、転落には十分注意しなくてはならないだろう。俺たちは、結局集落の近くまで戻ると、約束通り稽古をつけてやることになった。
「なにやってんだ、レノ」
「ええ、僕もやるの」
「当たり前だろ」
「・・・いや、無理に参加する必要はないだろ。レノ、その代わり問題を出すからそれを解いてろ」
俺がこの前教えてやった算術の証明問題を出すと、レノは嬉しそうにノートにペンを走らせた。
「ちえ~・・・そんなのなにが楽しいんだか」
「世の中には算術が必要な魔法もあるらしいぞ」
俺がそう言うと、グレゴリウスは目を丸くして驚いた。
「へ、へん!いいんだ俺は、超強い剣豪になるからな」
「・・・ああ、二人とも好きなように生きればいい」
俺は右手にこの前ついでに作っておいた木製の剣を構えた。グレゴリウスはも楽しそうに俺をまねる。
「さあ、来い」
「よっしゃあああ、行くぜええええええ」
突っ込んで来るたび繰り出されるグレゴリウスの剣を、俺は簡単に避け続ける。
「なんでだ・・・はあ、当たらない・・・」
「モーションが大きすぎだ、もっとコンパクトに当てることを意識しろ」
「わかった!」
・・・粗削りだが、筋はかなりいい。力もあるし、敏捷性もかなりのものだ。そして最も驚くべきは、その成長速度か?手を抜いてはいるものの、さっきから俺の服をかするようになってきている。
「本当に初めてなんだよな?」
「ああ、遊びでやってたくらいだ、よ!」
ついにグレゴリウスの剣が俺の体をとらえる。俺は持っていた剣でガードするが、正直驚きだ。
「でも、俺の父さんも母さんも、昔すごい剣士だった・・・らしい」
「・・・・・・そうか」
俺は再びグレゴリウスの剣をはじき返す。
「勘違いしないでくれよ、別にさみしいとかじゃねえ。いなくなって清清したぜ、あんな親・・・・アイシャとローネ。みんながいるし、それに今はセシルもいる。・・・・俺は二人とセシルを親だと思ってるからよ」
「・・・!」
「そうか」
そう言ってくれるのはうれしいが、なんか少し悪役っぽいな・・・。語弊が生じる可能性もあるので、外では言わないようにしてもらおう。
「今日はこの辺にしておこうと思ったが、俺の子どもならもう少し強めに続けても問題ないな」
「よっしゃ!来い‼」
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