♤第五話:途方に暮れる俺がたどり着いたのは、人口六人の限界をとっくに超えた村だった
あの後、俺がどうなったのかについて、まずは簡単にだけ説明しておこうと思う。
俺はあの街で三日ほど寝たきりの状態だったが、回復してからは、治療の恩として街の雑務を手伝い始めた。その間の話だが、盗賊の襲撃から街を守ったりなど、まあいろいろあった。逆に俺が恩を売る形となり、用心棒としてずっとここにいないかと誘われたりもした。
しかし、正直行く当てもないのでそれもいいかなと思っていたとき、ガーナードさんが王都から戻ってきたのである。俺は再び彼の荷馬車で、あの居心地のよかった南方の町へと帰還した。
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「はあ?山に籠るって?」
拍子の抜けたような声で、ガーナードさんが俺の言葉を繰り返した。
「はい、あそこに見えるやつ・・・水も豊富にありそうですから」
「まあ、お前の実力なら獣や賊は心配ないだろうが・・・せっかくだしこの町で暮らせばいいのによ」
「・・・ガーナードさんには話した通り、俺は王国軍から目をつけられてます。迷惑をかけるようなことにはしたくないので」
「けっ、やつらもし来ようもんなら、返り討ちにしてやるってみんな言ってるけどな・・・・まあ、お前が決めたことだ。とやかく言うつもりはねえよ。がはははは」
「・・・たまには下りてくるんだろ?俺がいるときなら、王都でもどこでも連れてってやるよ」
「ありがとうございます」
「なんかあったら呼べよォ~‼」
見えなくなるまで手を振り続けてくれていたガーナードさんをしり目に、俺は目的の山に入り、拠点にできそうな場所を探し始めた。
いろいろ考えたが、これが最善の選択だろう。故郷の町に何とか変えることも考えたが、しかし・・・。
俺は、先日の戦いの後、去り際にアッツェさんが放った言葉を回想する。
“
「そう、きみの故郷のことなら心配いらない」
「・・・・?」
「きみのことを王国に報告した、勇者マモル・シバウラがいろいろ手を回したらしい。今回のことで、きみ以外には危害が及ばないようにってね・・・本当は危険思想を持っているとして、取り締まりが強化されてもおかしくないんだが、王国としても、勇者の言葉はむげにできない」
「・・・・・・⁉」
”
「・・・・・・・どういうつもりなのか」
異世界人の考えることだ。いくら考えても、見当もつかない。しかし、彼のおかげでとりあえず集落のみんなは無事なはず。そんな中俺が行けば、不要にみんなを危険に晒すことになる。つまるところ、俺は現状、一人でいるのが最良の選択だということになる。
「・・・?」
一人でいる。そう決心した矢先なんだが・・・俺は山道から少し離れた木々の中に、赤い髪の少女が倒れているのに気が付いた。
彼女は、おしゃれ・・・とは言い難いシンプルな白い布地で上下をまとう。泥で汚れてはいるが、おそらく、それが地面とのコントラストになっていなければ、俺が彼女を発見することはなかっただろう。
(まだ息はありそうだ)
しかし、彼女のきれいな顔は、苦しそうに歪んでいる。熱がある・・・それも結構高そうだ。
さらに、この少女は無謀にも裸足でこの山道を歩いていたらしく、足裏は傷だらけになっている。また、転んだときについたのか、手首は青く腫れあがっており、捻挫もしているようだ。
辺りを見回すが、彼女の連れの様な人影は見当たらない。もちろん見捨てるわけにはいかないので、俺はとりあえず回復魔法で処置を試みる。
「・・・・こんなものか・・」
彼女に対して俺がいましてやれることは、鎮痛と組織修復の促進ぐらいだ。高度な治療魔法をもってすれば、あるいは捻挫くらいなら一瞬で治療できるそうだが・・・残念ながら俺は、そこまでこの種の魔法を得意とはしていない。
それに、どちらかといえば熱の方がひどそうだ。もうすぐ日も暮れることだし、どこか安全で清潔な場所で寝かせてやりたいが・・・そういえばこの少女・・・いったいどこから来たんだ?
恰好からして、おそらくふもとの町からではない。つまり、この山のそれもおそらくこの近くに、この少女が暮らす集落のような場所があるのではないだろうか?
俺は彼女をおぶさると、山道を再び山頂方面に歩き出した。
*
「あ、れ・・・わたし」
目を覚ました彼女は、自分の状況を不思議そうにそう呟き、古めかしい木製のベッドからゆっくりと体を起こした。
「う、うぇああ!あなた、誰ですか⁉」
そばに座っていた俺を見ると、彼女は素早く体を翻して飛び起きた。これだけのリアクションが取れるのであれば、どうやら体調の方はすっかり元気になったようだ。
「俺はセシル・ハルガダナ。山で倒れてたあんたを、ここまで運んできたんだ、ローネ・マルグリットさん」
「ど、どうして私の名前を・・・まさか・・・」
「早とちりはやめてくれ、村のみんなが話してくれたんだよ」
俺がそう告げると、彼女は何かを思い出したように青ざめた。
「あ、ああ・・そうでした!アイシャは?無事なんでしょうか⁇」
アイシャというのは、アイシャ・サランジェのことだろう。彼女もこの村で暮らしているようで、ちょうどタイミングよく部屋に入ってきた。
「安心して?ローネ、私ならこの通り。無事だから」
「はあ、よかった・・・でも傷は?」
「ハルガダナ君が治療してくれたわ・・・すごいのよ?あっという間に傷が塞がっていくの」
「そう、でしたか・・・すみません、ハルガダナさん。命の恩人に無礼な態度をとってしまいました」
「いや、いいよ」
この村・・・と言ってもいいのかわからないが、ここに来てほぼ丸一日たった。その間、彼女たちの境遇がなんとなくわかってきた。サランジェの話によれば、この場所はもともと数十人規模の小さな集落だったそうだが、一か月ほど前に多くの人が別の場所へ移動していったらしい。
つまり、彼女たち二人を合わせ、この村に残された六人は家族に見捨てられた捨て子ということになる。
あのとき、マルグリットはけがをしたサランジェのために、ふもとまで薬を手に入れるべく向かっていたそうだ。そんな事情で、責めようにも責められないだろう。
「あ~やっぱり~みんなぁ!ローネお姉ちゃん起きたよ~~!」
おそらく世話をしていたであろうサランジェが姿を消したことで、なんとなく察していたのか、元気いっぱいの四人の子どもたちが部屋の中にどっと押し寄せた。
「みんな~、うるさくしちゃ駄目よ~?」
サランジェは手慣れた様子で子供たちに注意を促す。
エリアッテ・ニフロン、トモラッツァ・グレゴリウスは人間属だが、エヴァ・ルーミシアはウサギの獣人族で、ミケル・レノは犬の獣人族・・・この地域は本当に多様性が豊かだ。やはり、俺にとっては王都よりずっと居心地がよく感じる。
「・・・それだけじゃないわよ」
俺の考えていたことを察したのか、サランジェはそう前置きをすると、ローネの豊かな胸部を軽く握った。
「――――っちょ―――‼」
すると、顔を真っ赤染めたマルグリットの背中から、白く美しい羽が出現した。
「・・・わあ、久しぶり!実はローネもね、天人族の女の子なのよ?とってもかわいいでしょう?」
「アイシャ・・・恨みますよ」
すぐに羽を引っ込めたマルグリットは、恥ずかしそうにサランジェを凝視した。しかし、天人属か。本で読んだことはあるが、俺の住んでいる地域にはいなかったので、初めて見る。
「ごめんごめん・・・お詫びにほら」
子どもたちが運んできた料理を眺めて、マルグリットは先ほどのことなど忘れたように、目を輝かせた。鹿肉のソテーに、チョウドリと野菜のスープ。さすがに材料まで同じとはいかないが、俺が故郷でよく作ってたレシピだ。
(それにしても、あいつら、うまく盛りつけたな・・・)
「美味しそう・・・ですが、どうしたんですかこんなの・・・」
「それも、ハルガダナくんのおかげだよ。狩猟や採集もとっても上手で、子どもたちも大喜び」
「まあ、毎日果物や山菜ばかりじゃ、体調を崩すのも無理はないからな」
本当は炭水化物が欲しいところだが、ふもとの町まで出ないと手に入らないからな・・・。
「・・・なにからなにまで、すみません」
お椀を手にしたマルグリットは、申し訳なさそうに固まった。
「だからいいって・・・お前らも大変なのはわかってる」
「・・・・・」
ニフロンたちが見ているからか、彼女は悔しそうな表情をすぐに緩め、みんなと楽しそうに料理を食べ始めた。
*