♤第四話:解放戦線“ベクラマ”と、セシルの決断
目を覚ますと、俺の視界には見慣れない天井が映し出されていた。しかしまあ、あの狭い二人部屋よりかははるかに贅沢な空間に寝ていたようだ。ベッドはふかふかで、三人は横になれるだろうし、視界の隅にある窓からは申し分ない景色が覗いている。
(・・・!)
体を起こすときに、脇腹の痛みで俺は自分になにがあったのかを思い出した。注意を凝らせば、なにやら頭にも包帯がまかれているようだった。それだけではなく、回復魔法で止血やある程度の原状復帰離されている。少なくとも自分で処置をした覚えはないので、誰かが治療してくれたんだろう。
(王国軍?)
いや、違う。俺はすでに戦場で王国軍から「敵」とみなされていた。殺そうとした相手にわざわざ治療を施すなど、考えにくい。
となれば・・・・俺にはもう一つの心当たりがあった。部屋の隅に取り付けられた扉から外に出ると、その彼らが集まっていた。
「ああ、起きたんだ」
木製テーブルに着き、コーヒーカップを片手に新聞を読んでいる銀髪の少女と、まず目が合う。彼女はソーサーにカップを置くと、クールな表情を変えずにそう反応した。
少なくとも彼女に見覚えはなかったが、俺は銀髪の少女の前に座っているカジュアルな服装の少女や、ソファーに座っている長髪の男には見覚えがあった。
(それから・・・)
俺が探している人物は、影になっていて見えなかったが、どうやらすぐ真横にいたらしい。
「やあ、傷は痛まない?」
巨大化していた時の野太い声とは違う、可愛気のある声でその生物は俺に問いかける。俺が大丈夫だと伝えると、彼は少し驚いたように表情を変えた。
「へえ、きみはマルコを見ても驚かないんだな。たいていは慣れるまで時間がかかるんだけど」
どうやらこの生物、名をマルコ・マルコと言うそうだ。海坊主という魔獣の一種らしいが、人の言葉をしゃべるのか。
「あ、自己紹介がまだだったな。私はキャロット、よろしく、セシル・ハルガダナ」
黄緑髪の少女はそう言って、軽くお辞儀をして見せた。
(キャロット・・・?)
にんじん、野菜の名前だが・・・ファストネームとラストネームの別れもない。そんな名前があるのだろうか?
「コードネーム・・・まあ、あだ名みたいなものだよ」
疑問に思った俺の心の中を読み取ったかのように、銀髪の少女が口を開いた。
「あだ名?」
「そう、解放戦線“ベクラマ”には、人間もいれば、獣人もいるし、魔人も・・・人じゃない種族さえいる。キャロットも、人間:三、エルフ:一のクオーターだしね。外見は違っても、心の距離は感じないように、お互いコードネームで呼び合うんだ」
「ちなみに、私はホワイト・ピア。あっちの竜人族は、リアル・ジョー。よろしくね」
「・・・なんで自分を助けったんだって顔をしている・・・・ゲホッ・・・・それはお前が俺たち“ベクラマ”と同じ考えを持っているからだ・・・」
「同じ考え・・・」
「ああ・・・強きをくじき、弱きを助ける・・・ゲホッ・・・俺たちは王国を打倒し、人間族も魔人族も・・・・あらゆる民族が平等に暮らせる世の中を作るという・・・・熱い目標を持って活動している・・・・」
別に俺は王国を打倒しようなんて思ってないんだがな・・・。まあしかし、考え自体は理解できる。そうはいっても、少し理想論過ぎるようにも思えるが。
「とにかく助かった。礼を言うよ」
「ゲホッ・・・これからどうするつもりだ?」
「どうするって、軍に戻るしかないだろうな・・・懲罰があるかもしれないが、なんとかするさ」
「はあ⁉王国軍に戻って、虐殺に加担するつもりか⁉」
俺の返事を聞いて、キャロットが食い気味に反応する。
「勘違いしないでくれ。俺は俺で軍を変えるよう、努力してみることにしたってことだ」
「はん、それこそ馬鹿げてるぜ?きみはあれだろ、王国の中でも超田舎の出身だろ?じゃないとこんなに世間知らずなはずがないもんな」
(間違ってはいないな)
「図星みたいだな・・・ほら、だからそんなことが言えるんだ。軍を変えるということは、王国を変えるということ・・・そんなこと、できっこないぜ」
「その通りだ・・・ゲホッ・・・ハルガダナ・・・・“ベクラマ”に入れ。俺たちと一緒に理想を追った方が賢明だ・・・実力も申し分ない・・・ゲホッゲホッ」
「ちょっと待ってくれ、一応まだ俺は国王軍の兵士なんだがな・・・そう言ってくれるのはありがたいんだが・・・」
「でも聞くところによると、きみは戦場で魔人族の家族を助けたんだってね・・・王国軍の仲間に逆らってまで・・・王国軍にいるよりよほど向いていると思うけど」
ホワイト・ピアは、まるで俺には選択肢が残っていないかのように言ってみせた。
「そこまで頑なに、私たちに協力できない理由でもあるのかな」
彼女は想像以上に鋭いようだった。たしかに、俺には少し引っかかることがある。ただこの“ベクラマ”なる組織の本拠地で、それを大っぴらにするのはどうかと思っていたのだ。
そうはいっても、この際これ以上誤魔化してはいられないだろう。
「・・・俺が引っかかっているのは、お前らのやり方だよ。あの時、撤退を始めた王国軍を執拗に攻撃したな・・・戦闘が長引くほど、民間人の死傷者は増える」
しかも最後には数人の兵士のために、家屋を破壊し、町を再起不能な状態までにした。あの中に民間人がいなかったとぃう保証はあるのか?
「理想論だ・・・・ゲホッ・・・・大きな目標のためには、犠牲があって当たり前だ。俺たちだって、心が痛まないわけでは・・・ゲホッ・・・ない」
「ああ、そういう考えもわかるさ。だから否定はしなかったはずだ」
「・・・・・君はバカ、さもなきゃアホなのか⁉⁉君のやり方で成功するわけがないし、なにかを成し遂げられるはずもないだろ⁉⁉」
「・・・・・」
「はあ、そう・・・」
俺が何も言わないでいると、張り詰めた空気のなか、ホワイト・ピアが沈黙を破った。
「なら、今すぐここから出ていった方がいいと思うよ。あまつさえ、王国軍に戻るつもりなら、将来的となる可能性も十分に考えられる。私たちがきみを殺していないうちに」
「・・・治療は助かった、ありがとう」
「後悔するぞ、絶対!」
キャロットの叫び声を聞き流し、俺はこの建物を後にした。
*
“ベクラマ”の拠点らしき建物があったのは、王都から南西に位置する地域で、いわゆる魔人属や獣人族などの、非純人間属が多く暮らす場所だった。
またこの辺りの地域では、オークや犬などの完全に人間とかけ離れた種族も、人間属と協力して生活しているようである。その点では、俺が育った地域と似ているかもしれない、とふと思った。まあ気候は全然異なるが。
この辺りの主食である、コメの畑である田園風景を眺めながら歩を進める。
なにはともあれ、とりあえず王都に戻らなくてはならない。とは言っても、さすがに徒歩で移動できる距離ではないだろうし、そもそも道すらわからない。俺は近くにあった比較的大きな町までたどり着くと、行商人や荷馬車を持った者たちと交渉を始めた。
しかしどうやら、ここはかなり王都から離れた場所のようで、手持ちの金貨三枚で王都まで連れて行ったくれるという人はなかなか現れなかった。
(まずいな・・・)
このまま日が暮れれば、泊まる場所を探すにも時間とお金がかかる。だんだん焦り始めた俺のもとに、低く威勢の良い声が届いた。
「兄ちゃん、仲間から聞いたが、王都まで行きたいんだって?ちょうど俺も王都までだ、乗ってくか?」
とある男性が一人、俺のもとに寄ってくる。相手からきてくれるとは、俺としては願ったりかなったりの展開だったが、俺には少し気がかりなこともあった。
「失礼かもしれませんが、王都にあなたが・・・?」
「ん?ああ、俺が獣人だからか?その辺は気にするな、商人には商人のつてってものがあるんでえ!」
俺は金貨三枚しか出せないことも告げるが、虎の獣人だという彼は、笑いながら「構わない」と答えた。
「がはは、次いでだし、別にいいさ。旅は道連れ世は情けってのが、ここいらに伝わることわざでね」
「すみません、助かります」
俺は彼の厚意に甘えることにし、荷馬車に乗り込んだ。荷物は・・・なるほど、宝石類や貴重な品物が多いな・・・これなら王都までの長距離輸送でも、十分に利益を得られるだろう。
ほどなくして、出発の準備を終えた彼・・・改め、エイドリアン・ガーナードが、「出発するぞ!」と大きく声を発すると、荷馬車が動き出した。荷物が荷物だからか、揺れはあまりひどくなく、快適な時間が過ぎてゆく。
「なあ、ガーナードさん」
「なんだ?今日は進めるところまで進むぞ?」
「あ、いや、純粋な疑問なんですが、俺がこの荷物を盗むんじゃないかとか、考えないんですか?」
「盗むのか?」
「いえ、盗みません」
「がはは、じゃあいいじゃねえか・・・それに、もしお前が盗もうとしても大丈夫だ。俺は強いからな‼がははは‼」
(・・・そんなものだろうか?)
*・・・四日後・・・*
太陽光が東の水平線から差し込み、自然と目を覚ました。
朝か・・・。
「ガーナードさん、起きてください・・・」
俺は、小川で顔を洗ってもなお眠い目をこすりつつ、荷馬車の中で眠っている彼の体をゆすった。
「お・・ああ、ハルガダナ。すまんな」
ガーナードさんもだいぶ眠そうだ。それはそうか、俺のことは割と信頼してくれているようだが、昼夜問わず敵襲を警戒しておかなければならない。それをもう四日も続けているのだからな。一見自由気ままに見える行商人という仕事も、男のロマンというだけでは済まなそうだ。
・
・
「順調にいけば、明日には王都に着きそうだぞ」
出発後しばらくして、前の方でガーナードさんが朗報を伝えた。
彼が居なかったら本当にどうなっていたことか・・・何か恩返しをしておきたいところだが、今の俺にはそんな余裕はない。
なにせ、王都に着いたところで、その先自分の身に何が起こるのかすら、まったく見当がつかない。そんな憂鬱な気分を晴らすかのように、荷馬車は広い草原を抜けると、小さな街に入った。
(こういう街を見ると、最初に王都に向かっていたときを思い出すな・・・)
(・・・・・・)
(・・・!)
俺は馬車からある人物の姿を見つけ、大慌てでガーナードさんに馬車を止めるように頼んだ。
「おいおい、どうした?なんか食いたもんでも見つけたのか⁇」
「いえ、ちょうどいい人を見つけたので、俺はここで降ります」
俺は金貨を三枚彼に渡すと、荷馬車から降りた。
「突然だな、本当に大丈夫か?」
「ええ、ガーナードさんも道中の無事を祈ってます」
「はん、ガキが偉そうに・・・ほら、途中下車だ。割引しとくよ」
彼は俺に金貨を一枚投げると、荷馬車の先頭に戻っていった。
「じゃあな、割と楽しかったぜ‼」
「俺もです」
短い会話を終わらせ、彼が馬車を走らせていくのを見送ると、俺は来た道を戻った。
(・・・たしか、この辺りに・・・)
俺はちょうどさっき見かけた場所、レンガ建てのひときわ目立つ建物の近くで、数人の部下を連れ、街の警備をしている彼女を発見した。
「アッツェさん!」
俺が声をかけたことで、前に出てこようとした部下たちを彼女は制止する。どうやら覚えてくれていたようで、まず一つ安心した。
「セシル・ハルガダナ・・・すまないみんな。彼とは二人で話したい」
「しかし!」
(俺の行動が王国側にどう伝わっているかはわからないが、部下たちの渋り方を見るに、あまり良い取られ方はされていないのではないだろうか)
「セシル、付いてこい」
彼女はそう言って、俺を町の外の平原まで誘導した。
(しかし、部下たちを遠ざけたということは、少なくとも彼女は俺が王国を裏切ったとは思っていない、はず)
とりあえずは、一か八かアッツェさんを頼ってよかった・・・と思えていたのもつかの間だった。彼女は腰に差した剣を抜くと、俺の首元へ突きつけた。
「残念だ、セシル。君は見込みのあるやつだと思っていたが」
「聞いてください、俺は別に王国を裏切ったわけではありません」
「ほう、では勇者たちの証言がうそだったと?」
「彼らがどういう証言をしたのかはわかりませんが、俺はただ敵意のない民間人を保護しただけです・・・その過程でピーダーソン少佐ともめましたが」
「ああ、それで?その民間人というのは?人か?」
「はい、オークと人のハーフのようでしたが・・・」
「―――報告通りだ」
そう言うと、彼女は剣を俺に向けて振りぬいた。
「ぐっ・・!」
「良い動きだ、本当に殺すのが惜しい」
すんでのところで攻撃を避けた俺に賛辞の言葉をかけると、その間にも並行して次の攻撃を数発繰り出す。
「残念ながらきみのやったことは軍規違反で、王国軍からはきみの処分命令が下っている」
「―――っ!だったらどうして」
「なにかの間違いだと思っていた、少なくともきみに関わった人間として、本当に裁くに値するか確認するべきだと感じたんだ」
彼女は距離をとった俺に対し、手を拳銃の形に模してつくり、ちょうど人差し指と中指の先に俺が来るように狙いすました。
「結果、きみは間違いを犯したとわかった。そしてそれを悪びれる感じもなく、堂々と話した・・・正直、私はきみが怖いよ」
彼女の指先から放たれた雷のつぶては、俺の頬をかすめ、背後の岩を貫通した。
「はあ、はあ・・・」
俺は手元に冷気を集め、水蒸気で氷の刃を作った。形状はクミシマが持っていた刀に模して、アッツェさんの動きに合わせ、軽く振りやすいようにした。
「驚いた・・・希少魔法⁉氷・・・なんて初めて見た」
意図せずとも、彼女に隙ができた。俺はそれを逃すことなく、突撃する。
「彼らは人間の言葉を話すんですよ」
「関係ない、人間とは、私たちのような種族を言う」
これが鉄製の剣同士であれば、火花が散りそうなほどの強烈な刃の削り合い。こちらも強化魔法を使っているはずだが、細い腕のどこからそんな力が・・・。
俺が次の手を考えているとき、視界に入っている彼女の剣の光がだんだんと大きくなってゆく。
「光魔法:フラッシュ・ストライク」
(うっ・・・)
目が・・・視界が奪われる。
右頬に強い衝撃とともに、体が左に吹き飛ぶ。
「王国軍に入った以上は・・・」
彼女の語気が一瞬強まった。まずい、次の攻撃が来る。まだかすんではいるが、俺の目は確かに彼女が剣を構えるのをとらえた。
「氷魔法:永久凍土・・・!」
俺は防御策として、地面から氷の壁を生成する。
「・・・国王の方針に従わなくてはならない」
アッツェさんが剣を振ると、強烈な風の刃が、氷の壁に大きな傷跡を残した。
「きみはもう少し大人だと思っていた・・・失望したよ」
もう、二・三回彼女が剣を軽く振っただけで、俺が作った透明の壁は、バラバラに防御としての意味をなさなくなった。
しかし、時間稼ぎという意味では、相当の役割を果たしてくれた。俺は魔力を地面に解放し、彼女の後ろに大木を作り上げた。枝が彼女の体に絡みつき、動きを奪う。
「森林魔法・・・まさか!本で読んだことがあるが、実在しているなんて・・・セシル、きみはいったい何者なんだ?」
「さあ、俺はただの訓練兵ですよ」
「・・・だとしても、おそらくクビになっているだろうがな」
「・・・」
「当たり前だ、処分命令が出ているんだから」
彼女は会話を続けながら、自らを炎魔法で包み、いともたやすく俺が施した拘束から脱出した。
「さて、私があのとききみを助けていなかったらどうなっていた?」
「はあ、はあ・・・さあ、どうでしょうね。少なくとも、今こうして俺たちが戦っていることはなかったでしょうが」
「それは、そうだな」
彼女は俺と剣を交えながら、魔力を溜めてゆく。
「しかし、きみを兵士として登録したのはこの私だ。けじめを付けさせてくれ」
アッツェさんの魔力が、剣に移っていくのが伝わってくる。
次で決める気だろう、そして、おそらく半端によけようとしたら死ぬ。そう肌で感じるほどの魔力量だった。
(―――受けるしかない)
そう感じた俺も同じようにして、剣に魔力を集めた。
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「雷魔法:エデン・ジ=オシェラ‼」
「氷魔法:シントラウ・ペンダ‼」
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二つの剣がぶつかり合うと、周囲に激しい衝撃が走り、木々が激しく揺れた。地面の草々が凍り付き、晴天だったはずの天候は、いつの間にか雷雨に代わっていく。意識が飛ぶほどの風圧で、その後なにがあったのか・・・俺はいつの間にか空を見上げて倒れていた。
「気が変わった」
横に立っていたアッツェさんはそう呟いた。
「これだけ強いと、殺すのが惜しくなってしまったよ・・・私はたぶん、戦いが好きなんだろうな」
(なんだそりゃ・・・・)
反論しようにも体が動かない。
「セシル、王都には来るな。来れば間違いなく標的になるし、私も今度はきみを殺す」
「・・・・・」
「きみはさっき、半オークまで人と括った。助けたいとも言っていたな・・・で、あれば、もし戦場で会えば、私たちは敵同士。もう一度今のような戦いをしよう」
そう言って、アッツェさんは街の方に戻っていった。
翌日、俺はその街の親切な住民に助けられるまで、ずっと草の上で寝ていたらしい。アッツェさんたちは王都に戻っていったそうだが、俺が警備担当の王国軍に捕まることはなかった。
*