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♤第三話:急展開!カラト解放作戦と、明かされるセシルの実力

 勇者との対戦から三日が経った。治療のための休養期間を終えた俺は、再び施設での訓練に戻ることになった。

 

 「セシル~、すまねえ・・・俺のせいでぇ」

 よほど自分に非を感じているのか、もう昼時だというのにベックはいまだにこんな調子である。


 「だから、もういいって。お前のせいじゃないし、最終的に行くって決めたのは俺だ」

 「でもよぉ~・・・ほんとすまねえ~、俺を殴ってくれぇ」


 (なんでそうなるんだ・・・)


 そんな感じの会話を繰り返しながら、俺たちは昼食をとるため食堂に移動した。

 

 今日のメニューは・・・エルジャンフィッシュのフライと、温野菜のデミか。相変わらず健康食で、田舎育ちの俺には、毎日の料理が発見だらけである。

 

 「ほら、取りいくぞ、ベック。そんなに気に病むんだったら、今度街に出たとき、なにか買ってくれればいい」


 なんとかベックを立ち直らせると、食事を乗せたプレートを手に、テーブルに着く。するとほどなくして、俺たちの座っている隣の席に一人、女性が座った。三日前に知ったばかりである彼女の名前を、俺はうっすらと記憶していた。

 


 「たしか、ミヤダイさんでしたっけ」

 「あ、うん、覚えてくれてたんだ・・・この間は私のクラスメイトがすみませんでした」


 「クラス、メイト?」

 「そう、日本の高校で桐谷くんとは同じクラスだったから・・・って言ってもわからないよね、ごめんなさい、えーと・・・」


 彼女の説明によると、高校とは十五歳から十八歳までが通う高等教育機関のことらしい。なるほど二ホンでは、教育制度がだいぶ発展しているようだ。

 

 「傷は大丈夫ですか?」

 「ええ、病院で治癒魔法を受けましたから、もうすっかりです」


 俺の言葉を聞いて、彼女はほっと安堵したように「良かった」とつぶやくと、ずっしりと文字が書きこまれたメモ帳を取り出した。

 

 「これは?」

 「セシルくんがいない間、三日分の座学の内容をメモしておきました。よかったら受け取ってください」


 目の前で、メモの内容を見たベックが「すげー」とつぶやく。自分でも確認したが、わかりやすく要点がまとめられているだけでなく、解説も加えられているようだった。

 勇者の能力というよりも、おそらく二ホンの教育によるものなのだろうが、彼女は基礎的な教養が高いのだろう。

 

 「助かります」

 「そんな、元々は私たちが悪いんですから」


 たしかに、彼の行動は自分勝手なものだったかもしれないが・・・。しかし彼らとて、いきなり異世界に召喚され、あまつさえ兵士になるよう命じられるなんて、気の毒だとも思う。

 

 「ミヤダイさんたちこそ、いろいろ不便なことも多いのでは?」

 「ええ、でも王国に協力すればそのうち帰していただけるみたいですし・・・桐谷君や芝浦君はなんだかこの世界を楽しんでるみたいで・・・やっぱり男の子だなって」


 彼女はそう言うと、優しく笑みを浮かべた。異世界を楽しむ、か。俺は自分が二ホンに行くことを考えるが、いまいちぴんと来ない。まあ、これも文化の違いなのだろうか?

 

 *

 

 王都に来てからというもの、時が過ぎるのが早い。田舎は時間の流れが遅いとよく言うが、俺はそうは思わない。都会の日々新しく、珍しい物や人と出会う都会で、逆に時間の流れ方が異様に早いのだ。


 かくいう俺も、この王都に到着して、はや一か月が経とうとしているところだ。その間、俺たち訓練兵に目立って変わったことはなく、勇者が自分勝手に暴走することもなく、日々訓練や座学に励む日々だった。しかしある日、その平穏はあっという間に崩れ去ることになる。



 

 【聖王歴:1878年10月19日】



 

 「立てる?」


 そう言って差し伸べられた手を、俺はまだ取ることができない。



 風が吹き荒れる中、辺りには目視できる範囲だけでも、血だらけの死体がいくつも転がっている。なかには、仲が良かったとはいえずとも、一緒に訓練を受けた仲間や、武装していない民間人の姿まである。友人と呼ぶべきルームメイトも、もはやピクリとも動かない。

 

 (どうしてこうなったんだ)

 

 「きみには助けられたから、できれば連れて帰りたいんだけど・・・」

 再び顔を挙げると、彼女はまだ差し出した手を引っ込めてはいなかった。



 「・・・こ、れは?」

 「現実を受け止めなさい、これが王国軍のやり方なんだ。きみは知らなかったかもしれないけどね。でも、きみはそのとき正しい選択をした、誇りに思っていいよ」

 「・・・・・」


 気が付くと辺りには大粒の雨が降り出していた。

 

 “

 

 【遡ること五日】

 


 「なあセシル、今日はなにするんだろうな?ブレスト教官はより実践的な訓練って言ってたけど」

 「―――さあな・・・」

 より実践的な訓練・・・俺たちは今まで魔法訓練だけでなく、訓練兵同士の取り組みも行ってきた。それ以上となると・・・選択肢は限られてくる。

 

 「集まったな、今日はこれから行われる訓練・・・というより実践だな、その説明を行う。皆、心して聞くように」

 いつもに増して真剣な教官の声に、一同の緊張感がより高まる。といっても、まだ訓練中の兵士が実際の戦闘に参加するのだろうか?


 昨今の国内外の紛争・戦争の状態は好ましくないようだが、王国軍の兵力がそこまで低下しているとも思えない。なにかからくりがありそうだと思ったが、やはりそうらしい。

 

 「今回お前たちには、いわゆる“解放戦線”が支配する街:カラトの攻略作戦に参加してもらう。といっても、お前たちが担当するのは補給や兵站などの後方支援。実際に戦闘を行うのは、王国軍南方支部第三隊だ」

 

 ・・・訓練開始から一か月もたっていないが、これも勇者の影響だろうか?ずいぶんと重要で大規模な作戦に係ることになった。


 二日間かけて国王軍の南方支部に移動、そののち、また一日かけてカラト近くの拠点まで行くらしい。徴兵され訓練を受けているからには、いつかこのような日が来るとは思っていたが、これほどまでに早いとは。

 

 「午後一時に出発する、それまでに準備を済ませておくように―――」

 

 “

 

 そうだ、こうして俺たちはこの作戦に参加することになった。そして――――――


 “

 

 【再び聖王歴:1878年10月19日(作戦開始から三時間後)】

 

 「補給第三分隊!集まれ‼」

 カラト近郊にある国王軍の拠点に、おそらく前線で戦っていたであろう兵士のただならぬ声が響いた。

 

 「・・・補給第三部隊って、俺たちのことだよな?」

 「そうだな」


 俺はベックの問いに素直にそう答える。ベテランの補給係数人と、訓練兵十数名で構成される補給第三分隊には、俺やベックのほかに四人の勇者も含まれていた。

 

 「私はグレッグ・ピーダーソン少佐である。前線の兵士が不足している、お前たちにも来てもらいたい」


 「‼

 それって・・・」

 兵士の声を聞くと、誰かは分からないが、動揺したように声を上げた。

 

 「ああ、戦闘に参加するということだ。しかし大丈夫、訓練通りにやれば必ずうまくいく。今こそ、王国のために死力を尽くす時なのだ!」


 ・

 ・

 ・


 戦闘はカラトの町の周りのいたるところで起きていて、すでに市街戦も始まっているようだった。荷馬車で進行する際も、戦闘の跡が多く残されていた。



 

 「――――あ!今の人、まだ息があったのではないですか?治療を・・・・」

 倒れている兵士の中に、あるいはまだ生きている者を見つけたのか、同じ荷馬車に乗っているミヤダイがそう言って外を指さした。しかし、それを聞いた兵士が許可を出すことはなかった。

 

 「ここで止まるわけにはいかない、衛生兵に任せるんだ」

 「・・・はい」


 そんな会話もつかの間、今度は前の方から以上を伝える叫び声が届く。

 

 「前方から魔工砲撃、来るぞおお‼」

 「・・・っち、避けきれないか。そのまま進め!」

 少佐はとっさに出した判断を騎手に伝えると、練り上げた魔力を解放した。

 

「水魔法:ウルヴェルスト・リヒト!」


 空中にできた水の輪から飛び出した矢の形をした液体が、勢いよく四つの飛来物に直撃した。四台の荷馬車の防衛を一手に担うとは、さすが国王軍の少佐といったところだ。



 戦況は良いにせよ悪いにせよ、戦闘が激しいことは確かなようだ。徐々にカラトの町に近づくにつれ、兵士の声や、爆発音が大きく響き続ける。

 



 「・・・よし、ハヤト・キリヤ、マモル・シバウラ、ナナセ・クミシマ、セシル・ハルガダナの四名はここで降りるんだ。俺についてこい。ほかの者は、このまま走って本体と合流しろ!」


 比較的静かな街の中で、ピーダーソン少佐はそう指示を出した。ベックやミヤダイさんらとはここで分かれるということか。しかしながら俺もほかの三人も別れを惜しんでいる暇などない。すぐさま指示に従い、荷馬車を見送った。

 


 「・・・さて、我々五人の任務はゲリラの掃討だ。市街地に隠れている反抗勢力は、いずれ必ず脅威となる。見つけ次第殲滅せよ」


 なるほど、だから目立った敵がいないのにもかかわらず、ここで降りたわけか。この任務、下手したら面と向かって敵と戦うよりも、ずっと難しい。

 ゲリラ戦法は古くから使われてきた、最も基本的な戦術と言ってもいい。常に敵がどこから出てくるかわからない、その恐怖はときに有利不利の形勢を逆転させる。

 




 「・・・っ!」

 俺は背後に気配を感じ、とっさに振り返った。


 「どうしたハルガダナ!」

 「いえ、すみません。物陰から子どもが・・・敵意はないようなので大丈夫そうです」

 俺は、緑色の皮膚と頭の角が特徴的な魔人族に歩み寄る。


 ・・・しかし次の瞬間、その子は腹のあたりで真っ二つに切り裂かれた。辺りに生暖かい、緑の液体が飛び散る。


 〈ぐしゃっ〉という不快な物音とともに、あの魔族の上半身が足元に転げた。

 

 「―――あ、はあ?」

 「だめだだめだ。なにを無警戒で敵に近づいている?」

 「ですから、敵意はなかったと先ほど申し上げたはずですが」



 「ゲリラが敵意など出すものか。そうやって警戒を解いたものを背後から刺すんだよ、このゴミクズどもはな」

 「まだ子どもでしたが」

 「ああ、子どものうちに処分できてよかった」


 「・・捕虜にすべきだったのでは?」

 

 「・・・・さっきから、戦場でなにを言っている?亜人・魔人は一匹残らず全部殺すべきだ。お前はまだ訓練兵だから知らんかもしれないが、仮にこいつらが捕虜になっても、奴隷として一生強制労働だよ。俺はつい殺してしまうが、まあ、その方が生産的かもしれないな」

 

 なんだ、それは。いったいなにを言っているんだ?この戦いは過激派から市民を守るためのものだと聞いている。それがなんだ?今この人は市民を殺したんじゃないか?

 

 「まあ、安心しろ訓練兵。すぐ慣れるさ、よおく見ておけ」



 そう言って、ピーダーソン少佐は自らの剣を構えた。その先には先ほどの魔族の家族だろうか?死んだ彼と同じような容貌をした大人の男女と、小さな子供が六人ほど呆然と立っていた。

 武器も持っておらず、明らかに敵意はない。しかし、ピーダーソン少佐は魔力を溜め始め、その影響で周囲の風の流れが変わり始める。

 

 「風魔法:フローター・ニューゲー・・・・・・なんのつもりだ?」

 俺に振りかぶった腕を掴まれ、少佐は不満げにそう問いかける。


 

 「彼らに抵抗の意思は――――」

 「―――――‼」

 それ以上は聞き飽きたとでも言わんばかりに、少佐は荒々しく腕を動かし、俺を民家の壁まで吹っ飛ばした。土を使って作られた壁は、もろく衝撃で崩れ落ちる。

 

 「そこで見ていろ」

 もう一度右手に握られた剣を左腰奥に構えなおした少佐を、《《今度は俺が思い切り蹴り飛ばした。》》




 「はあ、はあ・・・」

 少々荒々しい手法にはなったが、とりあえずなんとか止めることができたようだ。しかし、安堵する暇もなく、今度は背後から別の大剣が俺を襲う。


 

 「どういうつもりだ?少佐をあんなにして、作戦はどうする!」

 シバウラ・・・・。




 「お前こそ正気か?あんな子どもが殺されて、なぜ黙ってる」

 すんでのところで避けた俺は、シバウラから距離をとる。


 「俺らの世界じゃ、ああいう化け物は殺して経験値にするんだよォ!」


 目の前に素早く繰り出されたキリヤのこぶしは避けきれず、ガードの体制をとったが、またしても十メーターほど殴り飛ばされた。

 

 「ぐ・・・」

 地面に打ち付けられた際に頭を打ったらしく、流血とともに足元がふらついた。

 キリヤ・・・・この前より数段速くなっている。

 

 「お前ら、本当にこれが正しいと思ってるのか?」





 「・・・たしかに、今の桐谷君は言い過ぎだったかもしれない」

 クミシマはそう言ってわざわざ俺の前に姿を現た。そして細長い独特な形をした剣を構る。


 「クミシマ・・」


 「・・・・でも、私たちは私たちで王国側に協力しなくてはいけない事情がある。私たちは神じゃないし、自分たちの都合で動くから。邪魔をしないで」




 彼女はキリヤよりもう一段階速く加速し、素早く俺の横腹を切りつけた。

 「・・・・ッ痛・・」


 急所は外れているようだが・・・ダメージが大きい。俺は流血部位を押さえ止血を試みながら、地面に倒れこんだ。

 そうか・・・残念ながら、このまま勇者たちを説得するのは不可能のようだ。


 ・

 

 「・・・とりあえず、僕らだけで作戦を続行しながら本体と合流しよう」

 気絶しているピーダーソン少佐に代わり、シバウラが二人に指示を出しているようだった。

 

 「あなたと少佐は後で助けに戻るから、ここで待ってなさい」


 クミシマは俺に背を向けながらも、そう小さく語り掛けた。やっぱり、わざと致命傷にならないように避けたのか。優しいんだか、容赦ないんだか・・・しかし、ここで勇者たちを行かせるわけにはいかない。


 どんな事情があるにせよ、元の世界に帰りたいというクミシマの気持ちもわかるが・・・もっと別のやり方を選ぶべきだ。そうだろ?

 

 「しかしなあ、お前ら・・・勇者っていうか、どちらかといえば外道だよな」

 俺は立ち上がり、移動を始めた三人に向け見え透いた挑発をしてみる。そんなの気にしないといった風な二人だが、キリヤは違った。頭に血が上ったように、過剰な反応を示す。

 

 「ああ⁉魔法も使えねえようなクズが、いまなんつった?」

 「だってそうだろ?お前らも本当は分かってるんじゃないか?」

 

 「かまうな、キリヤ」

 「うるせえよ!お前ら先に行ってろ」

 シバウラの制止も無視し、キリヤはこちらを振り返った。

 

 「それに、お前ら勇者とかいうが・・・そんなに強くないぞ?王国軍はそれをわかって、いいように使ってるだけだ。おだてるだけおだてて、裏ではバカにして笑ってるんだよ」

 (百パーセント嘘だけどな・・・正直、こいつらのポテンシャルも、成長スピードもとんでもない)


 そうはいっても、焚き付けとしては十分か。キリヤは炎をまといながら、こちらにすっ飛んできた。

 


 「・・・この前みたいに黙らせてやるよ」

 「やめて桐谷君!これ以上やったら、彼が死んでしまうでしょ!」

 

 「おおおおおおおお‼」


 もはやクミシマの声など届いてはいないだろう。キリヤはあふれ出した魔力を解放し、直線距離で百メーター以上の巨大な炎の大波を起こした。


 「S級炎魔法:ジメグア・ロ・マネスコ‼」

 

 轟音と熱さに包まれ、もはや視覚や聴覚では周囲の状況はつみにくい。生み出された上昇気流や暴風で、辺りの物が乱雑に舞い散る。

 業火に近づけば、それらは瞬く間に燃えカスとなってしまうだろう。もしかしたら、町の東側は一部消え去ってしまうかもしれない。そのくらいの威力だった。こうなればもはや逃れることすら、不可能に近いと言っていい。

 ましてこの炎を鎮めることなど、考えられない・・・かもしれないな、普通なら。

 


 「―――アイス・ラ・スクナ」


 

 俺はそう唱え、近づいてきた豪炎に向かって左手を伸ばした。すると一転、辺りは信じられないくらいの冷たい冷気に包まれ、炎の大波はその流動的な形状を保ったまま、一瞬にして凍り付いた。

 人知を超えた現象、地球上で今までに観測されたことはあるのか、定かではないが、なるほどこのようなときには辺りに息苦しくなるほどの霧が立ち込めるようだ。つららのように突き出した炎の氷の一部が俺、地面に落下した。

 高温の炎が現れ、氷を解かすと、弱弱しく鎮火される。

 

 「・・・・・なんだこれ」

 先ほどの勢いは炎とともに消え去ったのか、キリヤはまるで寝ている友人を起こさないようにしゃべっているかのようだ。

 

 「頭は冷えたか?」

そう問いかけながら、俺が氷の間から現れると、彼らはやっと状況を理解したようだった。驚き、というよりも恨みに近い感情を俺にぶつける。


 「てめえ、魔法使えんじゃねえかよ・・・!」


 「俺が言ったのは七大魔法が使えないということだけだ。その後に付け加えようとしたらキリヤ、お前にさえぎられたんだったな」


 「なめやがって・・・」

 威勢よくこちらに駆け出すキリヤだが、振り上げた左足が地面に着地することなく、倒れこんだ。さすがに違和感があったのか、自分の脚を見ると、彼は悲鳴を上げる。

 


 「―――なんだこりゃあ⁉おい、てめえ‼」

 「氷魔法だ。安心しろ、適切に処置すれば溶けるようにしといた」

 




 「―――はあっ!」


 自分のことも忘れるなとでも言わんばかりに、斜め後ろ側から強化魔法をかけたクミシマの剣が襲い掛かる。先ほどのような手加減は感じられない本気の突きに、ガードに用意した厚い氷が破られる。


 「―――‼」

 俺は肩口をかすって過ぎていった彼女の腕をつかみ、氷で包む。

 

 「あああああっ」

 腕を押さえ倒れこむ彼女に多少心を痛ませながらも、俺は自分の体に穴が開いていないことにまずは安堵した。


 (・・・危なかった)



 

 「驚いた、まさかこんなに強いとは」


 「はあ、はあ・・・お前はどうする?シバウラ・・・」


 「勘弁してくれ、今の僕じゃきみには勝てない・・・それに、僕もこの残虐なやり方には疑問を感じてたんだ」

 「そうか・・・」

 「ああ、少なくとも日本ではこんなことありえない」





 ミヤダイやシバウラのようなやつもいれば、キリヤのような考え方のやつもいる。それは二ホンという世界でも、この世界でも同じということか。

 

 「よりあえず、本体と合流しよう。勇者の僕からも、敵意のない民間人には手を出さないよう申し入れる」

 「助かる」


 一介の訓練兵である俺がなにか言ったところで、王国はなにも変わらないだろう。抗うにしても、大きすぎる。だが、勇者の言葉なら届くかもしれない。相当な労力をかけて召喚した以上、むげにはできないだろうからな。

 

 「よし、じゃあ、セシルは七瀬の解放を頼めるか?さっきので気絶しているみたいだ」

 「ああ」


 俺は倒れているクミシマに近づくと、魔法で腕の氷を溶かし始めた。

 とっさの判断で少し強めにかけてしまったからな・・・慎重に筋肉と神経系の解凍を進めた。だからこそ、突然のことだった。

 なぜだろうか?よくわからないが、とりあえず俺は、二ホンからの転移者を信用しすぎていた。



 

 「・・・・すまない」

 背後からシバウラの声が聞こえると、俺は彼がなにを考えているのか何となく察した。

 (しまった――――)


 振り返るまもなく、力強く下ろされる聖剣が大気を削り切る音を聞き取る。

 

 〈ドチャ〉っという鈍い音とともに、俺の体に温かい液体が飛び散った。さすがに死を覚悟した俺だったが、感覚ははっきりしているのに、なぜか痛みすら感じない。

 

 (・・・?)


 「な、なんだお前は⁉」

 驚いたようなシバウラの声が俺の耳まで届く。やっと振り返った俺の目には、長髪でやせた男の背中が像として映し出された。

 

 「ゲホッ・・・俺は、熱い心を持つ男・・・その熱さは聖剣をも溶かし・・・・勇敢な青年を一人・・・・救ったのだった。ゲホッゲホッ・・・・」


 (なんだ?何が起こっている・・・?)

 

 そう思っていられるのもつかの間、左前方の民家が粉々になって吹き飛び、現れた軍服の男が、長髪の男を切りつけた。

 

 「俺の心が燃えている限り・・・・斬撃も打撃も銃撃も無効だ・・・」

 「ほざけ、このくされ半竜が・・・・」

 

 『撤退だァー‼“ベクラマ”が来たぞォ‼急げェー‼本体に合流し、撤退しろォ‼』


 大きくそう叫びながら、続々と兵士が現れる。彼らは気絶した二人の勇者の体を持ち上げると、荷馬車に乗せてもと来た方へと、文字通り撤退して行った。

 

 「なにをしている、勇者シバウラ。お前も早く続け!」

 「は、はい!」


 俺の方をちらっと伺うと、なにか悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべ、シバウラも走り去った。

 

 「っぐ・・!」

 兵士が俺に向かって振り出した剣を、落ちていたクミシマの刀でなんとか防ぐ。

 

 「なにをしているんです、俺は王国軍の訓練兵、セシル・ハルガダナです。剣を下ろしてください」


 「なにをしている、だって?俺は王国のため、スパイを殺そうとしているところさ」

 「スパイ⁇」



 「お前、そこの魔人族の化け物を助けたそうじゃないか・・・それに、“ベクラマ”がお前を助けているのが、なによりの証拠だ、ろう‼」

 

 兵士は強く剣を振りぬき、俺を壁際まで追い込んだ。

 (くそ、どいつもこいつも・・・)

 

 」            「    

 『ブオオオオオオオオオ‼‼‼』

 」            「

 

 鼓膜を突き破りそうな野太い大声が響き、とっさに耳を両手で覆う。

 (今度はなんだ!)

 町の右側から轟音が鳴り響き、粉塵が巻き上がる。地面が隆起したかと思えば、そこから巨大な口が現れ町ごと兵士たちを飲み込んだ。


 」                 「

 『ブオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼』

 」                 「


 再び大きく吠えると、地面から現れた黒い円柱形上の生物は、口の中のものを吐き出し、二メートルほどの大きさまで収縮した。

 

 「わっ、ちょ・・・!いきなり縮むなってば」

 地面に転げた少女がそう叱責すると、円柱形の生物は申し訳なさそうに手を頭に当てた。

 

(なんなんだ、こいつら・・・)

 

 あの長髪の男は、俺を助けた・・・のか?とすれば少なくとも俺に敵意はないということだろうか。そう考えた俺は正しかったようだ。

 

 ”


 「立てる?」

 そう言って、ベレー帽をかぶった黄緑髪の少女が、俺に手を差し伸べる。しかし俺はまだその手を取ることができない。

 

 町があったの場所の半分近くが、平原に積まれたがれきの山になっていることは、戦闘の激しさをよく物語っている。

 そのおかげ、という表現が正しいかはわからないが、辺りが見まわせるようになり、周囲の状況がだんだんとわかってきた。


 風が吹き荒れる中、辺りには目視できる範囲だけでも、血だらけの死体がいくつも転がっている。なかには、仲が良かったとはいえずとも、一緒に訓練を受けた仲間や、武装していない民間人の姿まである。友人と呼ぶべきルームメイトも、もはやピクリとも動かない。

 

 (どうしてこうなったんだ)

 

 「きみには助けられたから、できれば連れて帰りたいんだけど・・・」


 再び顔を挙げると、彼女はまだ差し出した手を引っ込めてはいなかった。


 「・・・こ、れは?」


 「現実を受け止めなさい、これが王国軍のやり方なんだ。きみは知らなかったかもしれないけどね。でも、きみはそのとき正しい選択をした、誇りに思っていいよ」

 「・・・・・」


 気が付くと辺りには大粒の雨が降り出していた。

 

 *

 


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