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第九話 アチチ! 風前の灯火と灼熱の業炎

(九)



「——なあ、どうしても出ていくのかい? ここは、みんなが生まれ育った大切な村じゃないか。なんとかもう一度、考え直してくれんかのう……」


 年老いた村長は疲れ切った表情で、それでも最後となる説得を試みていた。わずかに生き残った人々が手にしていた、明日を生き抜くための(かて)は悲しいほどに乏しく、ほとんどが着の身着のまま。そして彼らの表情は一様に硬く、あきらめと憔悴がにじんでいた。


「いや。悪いがもう決めたことだ、村長。一刻も早く、もっと大きい街に逃げるしかない」


「そうだ! オークやゴブリンたちが、いまにも大軍勢で攻めてくるかもしれないんだぜ? そうなったら、この村もあっという間に壊滅(おしまい)だぞ!」


「ああ。それでなくても、俺たちはこれまでさんざん奴らに痛い目を見せられているんだ。略奪に暴行……。昼も夜もなく襲ってくる奴らにおびえて暮らすのは、もうこりごりなんだよ!」


「村長さん! 私たちはこれ以上、大事な家族や財産を奪われるのに耐えられないんです。私の妻や娘だって、あんなにひどいことに……ううっ……」


 村人たちが吐露する窮状を、もちろん村長は誰よりも知っていた。そして周辺の集落の大半が、突如現れた凶悪な魔物(モンスター)たちの襲撃に遭い、見るも無惨な最期を迎えたことも。彼らには、その強大すぎる軍勢に(あらが)うすべはなく、ただただ無力だった。


「じゃがのう。わしらもギルドに依頼して、腕利きの探索者や冒険者になんとかこの村を護ってもらえんかと……」


「おいおい、そんなことしても無駄だって、もう何度も話し合ったじゃねえか! あれだけの魔物(モンスター)の大軍に立ち向かってくれるようなヤツなんて、どこにもいやしねえよ! いくら(カネ)を積んだって、みんな尻尾を巻いて逃げだしちまうのがオチさ。王国の軍隊だって、こんな辺境の村なんて知らんぷりだしよぉ」


「そういうことだ、村長。いますぐこの村と食料を捨てれば、命だけはなんとか助かる。俺たちにとっても、これは苦渋の選択なんだ……」


「みんな……」


 大嵐を目前にした蝋燭(ろうそく)灯火(ともしび)のように、この世界から小さな村がまたひとつ消えようとしていた。




野郎(ヤロオ)どもォォーッ! 準備(ジュンビ)はいいかァァァァーッ!」


 オークの頭領(ボス)が雄叫びを上げた。その声が渓谷一帯に響きわたると、そこに集まっていた魔物(モンスター)たちの軍団が、口々に反応を返した。その毒々しく濁った叫び声は、まるで漆黒の深淵から湧き上がってくるかのようだった。


「ウオァヒィヤァァァァーーーー!」


 その渓谷には、ひとつ丘を越えた向こうにある集落を襲うべくオークやゴブリンが大群をなしている。その数は、ゆうに百体を超えていた。そしてなによりも、ひときわ巨大で経験の深いオークの頭領(ボス)によって、彼らは完全に統率がとれている。


 オークやゴブリンといえば、一般的なファンタジーRPGでは雑魚(ザコ)モンスター扱いをする向きも多いことだろう。貪欲で狡猾ではあるが、複雑な武器や高度な魔法を操る知能もなく、腕力やすばやさも人間とは大差ない。その緑色の肌と醜悪な風貌が、見る者に嫌悪感を抱かせるくらいか。


 もしこれがほんの数体ならば、探索者や冒険者にとってはそこまでの脅威ではないかもしれない。だが、これまでに多くの町や村を襲い続け、身の毛もよだつおぞましい方法で増殖しつづけた怪物の群れは、もはや手のつけられないところまで(ふく)れ上がっていたのである。


「ウヒヒッ、頭目(カシラ)ァ! つぎの村は、どのくらいでしゃぶりつくせそうでやすか?」


「ああ、これまでに何度かゴブリンの先遣隊(センケンタイ)に襲わせたが、あそこにゃまともな軍隊も自警団もいやしねえ。ワシらが総出で乗り込めば、ものの二日でペンペン草も生えねえ更地(サラチ)だな」


 そう言って、オークの頭領(ボス)は屈強な両腕に握った鉄棒を振り回した。無数の突起(スパイク)を持ったその太くて長い鉄棒が、これまでにいったい何百人の命を奪ってきたというのだろうか。


「ヒィーヒヒヒッ、たまんねえなあ! このまま頭目(カシラ)についてきゃ、この世界はいずれオレたちが征服しちまうでやすよ!」


「ちげえねぇ、グァッハッハッハ!」


 頭領(ボス)は、配下のオークやゴブリンたちに向かって鉄棒を掲げると、ついに進軍の号令を出した。


(スス)めえェェェェーーーーッ!」

「ウオォォォォォォォォォォ!」


 だがちょうどそのとき、彼らの頭上に怪しげな黒雲が巻き起こったのを、軍団のだれ一人として気づいてはいなかった。




「うーん、たしかに本物の魔法は迫力が違うわね」


 上空の黒雲から放たれる焼夷弾(ナパーム)の攻撃はとどまることを知らず、崖の下を炎の渦で焼き尽くそうとしている。その様子を、その魔法を放った張本人である咲季は、意外にも冷静に見つめていた。


「アホ! そういう意味で言うたんとちゃうわ!」


 対して、魔力を失った魔導猫(ウィズキャット)であるカッシュは、あまりの出来事にただただうろたえるばかりである。


「どないすんねん! 崖のふもとに、もし町か村でもあったら大変な被害になっとるかもしれんで?」


「そんなこと言われたって……。私だって、べつにわざと間違えたわけじゃないし。それに、あそこまで威力があるなんて知らないもん」


「そりゃま、そうやけど……」


「まあとにかく、この魔法が収まったら様子を見にいきましょ」


 マドラガダラの魔導書(グリモアル)のページを閉じると、咲季はため息まじりに言った。


「しかしなあ……。ええんかいな、こないなことして」


「もしあそこに誰かいたら、正直に事情を話して謝るしかないわね」


「許してもらわれへんかったら?」


「そのときは、もっぺん同じ魔法を使うって脅すだけよ。相手(あっち)も、さらに倍の被害を受けるのはイヤでしょ?」


「……ジブン、やっぱおっとろしい女やなあ」


 サラッとえげつないことを言う咲季に、カッシュは驚愕と畏怖の念を抱かずにはいられなかった。



 崖の下は、オークとゴブリンの連合軍が頭上からの絨毯じゅうたん爆撃を受け、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。そのことを、咲季とカッシュの二人はまだ知る由もなかった。




続く


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