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第三十一話 冒険は続く! 新たなる旅立ちの時

(三十一)



「なんですと? 次元転移魔法(リディメンション)、ですとな……?」


「は、はいっ。ぜひとも、ご教授お願いします!」


 昨日、大王宮(ロイヤルパレス)の宝物庫に潜む悪霊の女王(ワイトクイーン)を見事退治した、熟練魔導師(マスターウィザード)のサキエルこと宝条(ほうじょう)咲季(さき)。彼女は、相棒の魔導猫(ウィズキャット)・カッシュとともに、ふたたび王立魔法学術アカデミーを訪れていた。


「ふぅむ、そうですなあ……」

 ドワーフと(おぼ)しき老教授は、白く長い顎髭をしごきながら手元に目を落とした。その右手には、咲季が持参した一通の手紙が握られている。


(それにしても、さすが伝説級(レジェンド)と名高い団長はんやで!)

(うん! まさか、学長直々(じきじき)に面会してくれるなんてね)


 カッシュと咲季は、ひそひそ声で言葉を交わした。咲季は悪霊退治を成功させた報酬(ごほうび)として、『薔薇(ファング・オ)の牙(ブ・ローゼス)』のヴォルタ団長に、アカデミーへの紹介状を書いてもらっていたのだった。

 なんといっても王国の英雄、ヴォルタージェ・ヴェルサーチの名前は絶大である。ついこの前は軽く門前払いを食った二人であったが、今回は紹介状の表書きを見せただけで、すぐさま王立魔法学術アカデミーの学長室にまで丁重に案内されたのだから。


「ほかでもない、ヴォルタ騎士団長のご友人の方々ですからなぁ。お役に立って差し上げたいのはやまやまだが……」


「やはり、難しいでしょうか?」


 (しわ)だらけの顔をさらにしわくちゃにしながら考え込む学長に、心配そうに声をかける咲季。


次元転移魔法(リディメンション)というのは、いわば『究極の魔法』でしてな。卓越した魔術の才に加えて、気の遠くなるほどの年月の研鑽を重ねて……。いやぁ〜とてもとても、一夜にして身につくようなものではござらん。無論(むろん)——」


無論(むろん)?」


「この(わし)も、いまだ修得にはいたっておりませぬ」


 そう言って学長は、おどけたように大声で笑った。咲季はそれを聞いて、落胆のため息をつくしかなかった。ゆうに数百年は生きてそうな、この王立魔法学術アカデミーの学長が覚えられないほど高度な魔法を、若輩者の自分が一体どうすれば使えるようになるというのか。


「オホン! ——しかし、サキエル殿。あきらめるのは、まだ尚早(しょうそう)ですぞ?」


「えっ?」


 そう言って、学長は机の抽斗(ひきだし)を開けると、一枚の書き付けを取り出して見せた。それはおそらく、この王都ですら発行部数の限られた、魔術研究家向けの新聞記事であろう。だが、そこに書かれた文面を読んでいくにつれ、咲季とカッシュの表情はこれまでにないほど輝きはじめたのだった。


「こ、これは……」

「マジかいや、学長はん!」


機会(チャンス)はその手で掴み取りなされ、若きエルフの熟練魔導師(マスターウィザード)殿!」

 老ドワーフの学長は少女と猫に、茶目っ気たっぷりなウインクを投げかけた。



 記事の題名(トップ)には、こう書かれていた。

「——未確認の塔型迷宮(タワーダンジョン)が出現!

   最上階には希少魔法具(アイテム)も?

   ()たれ、腕利きの探索者!——」





「ヴォルタさん、みなさん。いろいろとお世話になりました!」


 ここは、かつて咲季たちがアリアスティーンに降り立ったときの転移魔法陣(テレポーター)を備えた、探索者ギルドの番屋の前。つぎの街へ旅立つ二人を、わざわざ見送りに来てくれたヴェルサーチ四姉妹に、咲季はそう言って丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、困難な任務に付き合ってくれて助かった。君の働きには感謝しているぞ、サキエル君!」


 咲季と固い握手を交わしながら、ヴォルタは優しく微笑みかけた。彼女と過ごした時間はわずか二日ほどにすぎなかったが、咲季はさまざまな表情のヴォルタ騎士団長を目にしてきた。そしてやはり、この笑顔こそがもっとも可憐で美しく、なによりも頼もしさに満ちあふれていると感じていた。


「もっとお話ししたかったわぁ、サキエルさん。それからトラ猫(カッシュ)ちゃんも」

「ねえ、いっそこのままさ、王宮付きの魔導師(ウィザード)になっちゃえばよくない?」


 それぞれが咲季の手を取りつつ、ヴァニラとヴィヴィアンは名残惜しそうに別れの言葉を述べた。歴戦の魔獣騎士(ビーストナイト)でありながら、やたらと人懐っこい性格の双子姉妹に、カッシュと咲季は親しみを込めて挨拶を返した。


「いやー、王都(ココ)におるのも悪うないんやけどな。どエライ魔法と美味(おい)しい和菓子がワイらを呼んどるんですわ。ホンマ、申し訳ない!」

「本当にありがとうございました、ヴァニラさんも、ヴィヴィさんも。それに——」

 咲季がそう言ったとき、四姉妹の末娘であるヴェルチェスカが無言のまま咲季に抱きついてきた。


「え、ヴェルチェスカさん?」

「うぐ……ひっ、ひっく……」

 驚いたことにヴェルチェスカは、咲季の身をぎゅっと抱き締めたまま嗚咽(おえつ)しはじめたのである。


「ど、どうしたんですか?」


「い、いえ、サキエルさんに助けてもらったときのことを思い出したら、なんだか悲しくなってしまったんっス。……う、うああああああああ〜ん!」


 大号泣しているヴェルチェスカの、頭頂部に生えたトラ耳を優しくなでながら、咲季もまたこれまでの冒険を思い起こしていた。悪霊に取り憑かれ、意のままに操られるという恐ろしい経験は、ヴェルチェスカにとって想像以上に深い心の傷となってしまっていたのかもしれない。


「大丈夫ですよ、ヴェルチェスカさん。私、ヴェルチェスカさんに会いに必ずまた帰ってくるから」


「……ホントっスか?」


「あ、そうだ。前から思ってたんだけど、ヴェルチェスカさんって名前、ちょっと長くて言いづらいから『ヴェルチ』って呼ばせてもらってもいい?」

 咲季にとって、相手を愛称で呼ぶのは最上級の親愛の証である。


「はー、なるほど……。うん、シンプルでいいっスね! 尊敬するサキエルさんの言うとおり、これからは『ヴェルチ・ヴェルサーチ』で行かせてもらうっス!」


 ヴェルチェスカ改めヴェルチと咲季(サキエル)は、互いに親指を立てながら目の前に突き出すと、そのまま拳同士をコツンと鳴らして笑い合った。



「それでは、つぎのお客様! 行き先はどちらまで?」

 探索者ギルドの転移魔法陣(テレポーター)係員を務める若い男が、事務的な口調で尋ねてきた。


「は、はい! ……えっと、サ、サトゥリア東部、トポポの街、で」

 咲季は、ギルドの売店(ショップ)で購入した一枚のチケットを渡しながら、塔型迷宮(タワーダンジョン)が出現したというその街の名前を伝えた。


「トポポ、お一人だけ? じゃ、魔法陣の中にどうぞ。その線からはみ出さないように、ネコちゃんしっかり抱っこしてて」

 チケットを無造作に引きちぎりながら、係員は淡々と転移魔法陣(テレポーター)を起動しはじめた。


(なんやねん、ワイを(アカ)()扱いしやがって)

(しっ、黙って。しゃべれるってわかったら、使用料二人分取られちゃうんだから)


 腕に抱いたカッシュの口元を手のひらで抑えながら、咲季は小声で言った。そして、複雑に描かれた円形の文様の中心で百八十度振り向き、自分を見守る四人に最後の会釈をした。


 すると、彼女らは一斉に鉄靴(ブーツ)(かかと)を鳴らし、直立不動で整列した。


「我らが戦友の武運長久を祈り、全員敬礼ッ!」

「イアッ!」


 ヴォルタの掛け声に合わせて、右手の拳を左胸に当てた敬礼を捧げる魔獣騎士(ビーストナイト)たち。咲季は、こみ上げてくる感動で胸がいっぱいになった。


 すこしだけ地響きが起こった感覚があったが、それも一時。咲季とカッシュは白い光に包まれ、そしてつぎの瞬間、二人の姿は魔法陣から消え失せた。




「いい()だったわよねぇ」

「んー、また会えるかな」


 番屋の扉を開け、大王宮(ロイヤルパレス)へと帰還すべくヴァニラとヴィヴィは外に出た。そのあとに、ゆっくりとした歩みでヴォルタが続く。


「行くぞ! ()()()()!」

 

 だれもいない転移魔法陣(テレポーター)をじっと見つめながら一人立ち尽くしていたヴェルチは、手にしていた斧槍(ハルバード)・アヴァランチを構え直すと、やがて吹っ切れたように晴れやかな表情で騎士団長の後に従った。


「はいっ! 団長閣下!」


 雲ひとつない澄みきった青空は、まさに旅立ち日和(びより)であった。




第二部へ続く


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