第三十話 キャッキャうふふの大ヨクジョー?
(三十)
カポーン
王宮内にある特別大浴場に、手桶の鳴る小気味良い音が響き渡る。
「じゃあ、サキエルさん。自分たちはお先に入らせていただいてるっスから、お早くどうぞ!」
「え、ええ、ヴェルチェスカさん。……私も、すぐに行きますね」
地下宝物庫でのワイトクイーンとの死闘により、霊体特有のエクトプラズムによる粘液まみれになった薔薇の牙の団員および咲季とカッシュ。汚れを落とすとともに疲れを癒すべく、彼女たちは大王宮付きの兵士のみが使用できるというこの大浴場にやってきていた。
すでにヴォルタ団長に加えて、彼女の妹のヴァニラやヴィヴィアンまでもがその厳めしい魔獣騎士の甲冑を脱ぎ捨て、熱い湯をたたえた巨大な浴槽でゆっくりと身を休めていた。半獣人であるヴェルサーチ四姉妹はみな、仕事終わりのひとっ風呂に目がないらしく、扉を隔てた浴場の中からリラックスした歓声がもれ伝わってくる。
(うーん……。どうしよ)
「おうサキ、一体どないしたんや。フロ、行かへんのか?」
大浴場へと続く脱衣所で立ちつくしたまま、一人考え込む咲季にカッシュが声をかけた。
「うん。だって、もうこんなに暗くなってきたし。ほら、アレがさあ……」
気がつけば、あたりはすっかり陽が落ちていた。咲季は、夜になってまたぞろ女淫魔の尻尾がニョキニョキ現れ、薔薇の牙の彼女らに自分の正体がバレやしないかと心配しているのだ。
「ああ、アレなぁ……。そない言うたかて、入らんわけにもイカンやろ?」
咲季が着ていた魔導師の装束は、地上への帰還とともにすべて洗濯係に回され、いまは下着すらないバスタオル一枚。まさか、この格好のまま王宮の外へとこっそり逃げ出すわけにもいくまい。
「とにかくお尻見られんように、サッと入ってサッと洗ってサッと出てき?」
「んー、尻尾もなんだけど、もしかしてさ……」
「なんや?」
「あ、魔獣騎士たち相手に、ほら、あの、エ、エッチな感じになっちゃわないかな、って……」
「そういや、最前は魔法力をぎょうさん使うたさかいな。こういう場合、ヘタすると女同士でもサカってまうんやろか?」
「サ、サカってって!」
カッシュの言葉に、真っ赤になって反応する咲季。
そのとき、大浴場の扉がガラガラっと開き、中から双子の姉妹が顔をのぞかせた。
「ねえ、なにしてんの? 早く入っておいでよ!」
ほこほことした湯気に顔を火照らせたヴィヴィが、扉の前でずっと躊躇していた咲季の腕にしがみついた。
「あら、トラ猫ちゃん。アナタはぁ、ダ・メ・よ」
しれっと咲季について来ようとしていたカッシュの首根っこをつまむと、ヴァニラはやさしく放り出した。
「あー、サキ……大丈夫やろか、ホンマ」
ふたたびピシャリと閉じられた大浴場の引き戸に向かって、カッシュは心配そうにつぶやいた。
「おお、待っていたぞ、サキエル君! 遠慮はいらん、君も入りたまえ」
大浴場の湯船の中に悠然と浸かっていたヴォルタが、咲季の姿を見てうれしそうに声をかけた。
「は、はい……失礼します……」
咲季は掛け湯もそこそこに、バスタオルを体に巻いたまま浴槽のふちに足をかけた。
「ダメっすよサキエルさん! せっかくの風呂場なんすから。女同士、裸の付き合いでよろしくっス!」
そばにいたヴェルチェスカは、そう言いながら咲季のバスタオルを強引に剥ぎ取った。
「ひゃっ!」
「あら〜ぁサキエルさん、モデルさんみたい。とってもステキよぉ」
「ホント! こんなグラマーなエルフの女の子、はじめて見たかも」
「えっ? そ、そんなこと……」
文字通り、一糸まとわぬ生まれたままの姿を披露した咲季。ヴァニラとヴィヴィに両脇をガッチリと固められ、彼女は湯船の中へと連れ込まれた。そういえば家族以外と風呂に入ることなど、親友の結子とでさえ一度も経験がない。咲季はあわてた様子で屈みこみ、体を湯の中に沈ませた。
「どうだねサキエル君、この風呂は? 大きさといい湯量といい、なかなかのものだろう」
「そ、そうですね……。大王宮の中に、こんなに大きなお風呂があるなんて、驚きました」
湯船に首までつかった咲季は、周りを見渡しながら答えた。ヴォルタの言うとおり、中世欧州を舞台にした剣と魔法のファンタジーRPGである『ドラゴンファンタジスタ2』の世界観には、ちょっと似つかわしくないと思えるほどの立派な大浴場である。
「このお風呂はね、ヴォルタ姉様がわざわざ天然温泉を引いてきて作らせたのよぉ」
「そうなんですか?」
「ああ。熱い温泉で身体を癒し、常に清めておくことで、さらなる働きができるというものだからな」
「姉様のおかげで、私たちもゆっくりお風呂に浸かれるってわけ。ホント、サイコーよね!」
さすが、伝説級と呼ばれる魔獣騎士である。そのおかげで咲季は、自分の正体がバレるかもしれない危険にさらされているわけなのだが。
「というわけで……ヴァニラ、ヴィヴィアン、ヴェルチェスカ!」
「はぁい♥」
「うぃーす」
「イアッ!」
ヴォルタの号令により、王国の守りを担う魔獣騎士の三人の娘たちが、美しく鍛え上げられたその裸体を誇示するかのように立ち上がった。
「えっ? えっ? えっ?」
呆然としている咲季を取り囲むと、三人は浴槽から上がって、洗い場の方へと彼女を連行していく。
「それでは、今回の任務においてすばらしい働きを見せた熟練魔導師に対し、最大限の労いと称賛を込めて——」
「ちょ、ちょっと、ヴォルタさん?」
「隅々まで、しっかり念入りに洗って差し上げろ!」
「えっとぉー、それじゃあ私、おっぱい担当ねぇ!」
「あっヴァニラ、ずるーい。私、お尻やっちゃお!」
「それでは自分、前の方を洗わせていただくっス!」
かくして、屈強な魔獣騎士たちによる、手荒くも妖艶なる歓迎の宴がはじまった。大浴場に湧き上がる湯けむりと石鹸の匂いにむせながら、咲季はただその柔肌を快楽に委ねるのであった。
(そ、そんなぁ……私、これからどうなっちゃうの……?)
「エッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ」
ジタバタと脱衣場の床の上で悶えるカッシュ。そんな姿を見て、ちょうど扉を開けて風呂を出てきた咲季が、あきれたように声を上げた。
「なにやってんの? カッシュ」
いちおう断っておくが、大浴場で繰り広げられたここまでの出来事は、すべてこの猫の妄想である。
「おお、サキやんけ! ……どやったん?」
四姉妹よりも一足先に上がって体を拭きはじめた咲季に、カッシュは風呂での様子をたずねた。
「どやったんって、べつにどうもないわよ」
「ホンマか? フロでエッロい姉ちゃん達に囲まれて、エッロい気分にならんかったんか?」
「なーんにも。けっきょく、サキュバスの尻尾だってこれっぽっちも出てこないし」
「ほーん、せやったんかいな」
洗濯の終わった装束を咲季に手渡しながら、カッシュは意外そうに言った。
「でも、これでひとつわかった」
「なにがや」
「私、百合成分はゼロだったわ」
そう言うと咲季は、ふうっとため息をついた。
「ほんで、どうすんねん? 魔法力の回復せなあかんやろ」
「そりゃもう、残るはアレしかないでしょ」
「やっぱ、アレかー!」
その夜、冒険者の食事処「游湧亭」では、薔薇の牙の魔獣騎士四名に美少女エルフの熟練魔導師を加えた混成パーティーが、同店のこれまでの大食い記録を大幅に塗り替える様子が目撃されたという。
続く