第二十九話 決戦っ! VS宝物庫のアンデッド
(二十九)
バァン!
ド派手な音を立て、ヴォルタ団長はワイトクイーンが潜伏しているとみられる部屋の扉を蹴破った。見た目は小柄な彼女だが、そのキック力はなんともすさまじいものがある。さらに雷撃の追加効果のおまけつきで、ドアは激しい火花とともに粉々に砕け散っていた。
(ていうか、ここ王宮の宝物庫なんだけど、こんなに乱暴に扱っていいのかしら)
とか咲季は思ったが、とりあえず黙っていることにした。こういうのは、勢いが大事なのだ。たぶん。
「見つけたぞ、狼藉者のワイトクイーンめ。覚悟せいっ!」
手にした大剣・テンペストの切っ先を部屋の中心に向けると、ヴォルタは高らかに叫んだ。
部屋の中には、アンティークな家具や芸術的な調度品が所狭しと置かれていた。そして、その最も大きなテーブルには悪霊・ワイトクイーンに取り憑かれたヴェルチェスカと、彼女に囚われたカッシュが席についていた。
「あらいやだ、ずいぶん早く見つかっちゃったみたいねえ。いったい、どうやって探り当てたのやら」
その声質こそ新米騎士であるヴェルチェスカ本人であったが、その大仰な話しぶりや優雅な仕草は、生前のグラシア女王陛下そのもの。そしてその腕には、カッシュの体がしっかりと抱きかかえられていた。
「あががががっ! ……た、たしゅけてくれぇ、らんちょうはん、シャキぃ〜!」
「カッシュ君!」
「カッシュ!」
ワイトクイーンは、王宮の厨房からくすねてきたと思しき大量の角砂糖を、手づかみのままカッシュの口の中に押し込んでいた。
「ねえ愛猫、あなたさっき、甘いものが食べたいって言ってたじゃない。遠慮せずに、もっとお上がりなさいな」
「や、やめぇ〜〜〜〜!」
「止めんか、ヴェルチェスカ!」
そう言うと、ヴォルタはテンペストを片手で振り回し、その勢いのままワイトクイーンへ向けてその剣を投げつけた。だが、ワイトクイーンは斧槍・アヴァランチを振るって、平然とテンペストを弾き飛ばしたのである。彼女の愛剣は、回転しながら傍の床に突き刺さった。
「ふふっ。そちらの騎士団長さん、ずいぶん危ないことするのねえ。この娘、あなたの妹さんなんでしょう? もし、うっかり剣が当たったりしたら、どうするおつもり?」
ワイトクイーンの言葉に、ヴォルタは笑みを浮かべて返事をした。
「ハッ! この程度の攻撃を避けられんようでは、王国の魔獣騎士を名乗る資格はない。それに、見よ!」
「……あらっ? 愛猫?」
ヴォルタに気を取られている間に、カッシュはすばやくワイトクイーンの腕から抜け出し、咲季のもとへと駆け戻っていた。
「よかった、カッシュ! 大丈夫だった?」
咲季は両手を広げて、相棒の猫を力強く抱きしめた。
「おう、平気や。ちょいとカラダがネチャネチャするけどな」
そう言いながらカッシュは、体をブルブルっと震わせて霊体特有のエクトプラズムの粘液を飛び散らせた。それが自分にもかかったことで、咲季は思わず顔をしかめた。
「よし、サキエル君、あとは任せたぞ!」
カッシュの無事を確認したヴォルタは、ワイトクイーンに取り憑かれたヴェルチェスカと激しく打ち合っていた。もちろん、実の妹に対して本気で斬りかかるわけにはいかない。刃先で傷つけぬよう、かつ相手の体力を少しずつ奪うような、見事な立ち回りを見せるヴォルタ。さすがは、伝説級と名高い騎士団長である。
「はいっ! マドゥル!」
意を決して咲季は、マドラガダラの魔導書を掲げた。その本は咲季の目前で宙に浮かぶとともに、眩いばかりの光に包まれた。
パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ……
「よっしゃ、サキ! 魔法で片付けてまえ!」
手早く魔導書をめくり、呪文詠唱のため除霊魔法のページを探す咲季に、カッシュが加勢の声をかける。
パラパラパラパラパラパラパラパラ……
「ジブンの力を見せたるんや!」
パラパラパラパラパラパラ……
「ガッツリいてもうたれ!」
パラパラパラパラ……
「どないした?」
パラパラ……
「早よせい」
パラ
「おい」
怪訝そうに咲季の顔をのぞき込んだカッシュに、彼女は冷や汗だくだくになりながら最悪の一言をつぶやいた。
「カッシュ、どうしよう……除霊魔法、載ってない」
「なんやとぉー!」
除霊魔法は比較的初歩の呪文ではあるが、厳密には攻撃魔法ではない。だが、まさかこれだけのページ数を誇る魔導書に掲載されていないとは、咲季にとっても想定外であった。
「どないすんねん? このままやと、団長はんもアイツにやられてまうで!」
カッシュの言葉通り、手加減を強いられているヴォルタは、今にもワイトクイーンに組み伏せられようとしていた。
「くうっ……サキエル君、まだか!」
「ヴォルタさん……どうすれば……」
そのとき、何かを思いついた咲季。カッシュの首根っこを強引に引っ掴むと、ワイトクイーンに向かって声の限りに叫んだ。
「クイーン! あなたに愛猫を返してあげる!」
「はあ? ちょ待てやサキ、一体どういうつもりやねん!」
想定外の咲季の言葉に、驚きを隠せないカッシュ。そんな二人に気づいたワイトクイーンは、ヴォルタとの格闘を止めてゆっくりと振り向いた。すると、ヴェルチェスカの体はふたたび黒い煙に包まれ、あの巨大な髑髏の形をした悪霊モンスターが、咲季とカッシュをめがけて突進してきたのだ。
ウガアアアアアッ!
「マドゥル、オープン!」
目の前に迫ったワイトクイーンに対し、咲季はマドラガダラの魔導書のページを開いて呪文を唱えた。すると、あの黒い煙が本の中へとみるみる吸い込まれていく。あとには咲季とカッシュとヴォルタ、そして意識を失って倒れたままのヴェルチェスカが残されたのだった。
「サキエル君、この魔法は……?」
「あ、あのう、収納魔法……です」
ヴォルタの疑問に、咲季は口ごもりながら答えた。
「なるほどな! 収納魔法でこっちが支配する別次元に閉じ込めてまえば、ヤツはさらに別の次元には逃げられへんっちゅうこっちゃな。よおこんなこと、あの一瞬で思いついたでホンマ」
「え? そうなの?」
感心するカッシュに、咲季は逆に驚いたように返事をした。
「そうなの、ってジブン、知らんかったんかいな?」
「うん、まあとりあえずマドゥルの中にしまっちゃえばいいかなって」
「まあとにかく、あれだけ手強いワイトクイーンを無事に退治できたんだ。大手柄だぞ、サキエル君!」
「は、はい! ありがとうございます」
ヴォルタ騎士団長から直々にお褒めの言葉をかけられ、思わず恐縮する咲季。そこへ、エクトプラズムで全身びちゃびちゃになったままのヴェルチェスカが、ようやく目を覚まして言った。
「……あのう団長閣下、自分は一体ここでなにをしていたでありますか?」
続く