第二十八話 オウ、モーレツ! 荒ぶる狂戦士!
(二十八)
「悪いがサキエル君、しばらくこれを頼む。それから、すこし離れていてくれ」
「え? は、はい」
背中に装備していた大剣・テンペストをはずして、咲季に手渡すヴォルタ団長。そして部屋の真ん中にまで歩みを進めると、小さくふうっと息を吐いて精神統一をはじめた。
「あのう、この剣って……」
いつまで持っていればいいんですか? と咲季が聞こうと思ったその瞬間だった。ヴォルタの体から、まばゆいばかりの閃光が放たれたのである。
カッ!
「きゃあっ!」
思いもよらない事態に、咲季は無意識のうちに魔導書で顔を覆った。そして、その光の中心にいたヴォルタから、なにかが四方八方に飛び散っているのを感じていた。
「……これは……甲冑?」
恐るおそる顔を上げた咲季が見たのは、フルプレートアーマーや真紅のマントなどのすべての装備を周囲に排除し、なにも衣服もつけずに全裸となったヴォルタの姿だった。
「ウオリャアアアアッ!」
身の毛もよだつような、野生の咆哮を上げるヴォルタ。その様子を、咲季は固唾を呑んで見守っていた。
すると、小さなヴォルタの身体を覆い隠すように、ふさふさとした獣毛が瞬く間に彼女を包み込んでいく。その艶やかな口元には鋭い牙が、逞しく均整のとれた四肢の先からは凶悪な爪が現れた。
いま、咲季の前に立っていたのは伝説級の美少女騎士団長などではなく、一頭の獰猛な虎であった。
「ヴォルタさん……!」
咲季の呼びかけに、ゆっくりと瞼を開くヴォルタ。その瞳には、妖しく輝く金色の光が宿っていた。
『狂戦士の怒り』。攻撃力や機動力に全振りした「獣人化」を行う、魔獣騎士の代名詞ともいうべき技だ。一方で武器や魔法、アイテム使用などもできなくなるリスクをも伴う、諸刃の剣でもある。
しかしそれにしても、なぜヴォルタは「今」獣人化したのだろう? 荒ぶる狂戦士の爪と牙を振るおうにも、目の前にそれをぶつける相手が存在しないではないか。
そんな咲季の疑問をよそに、ヴォルタは手にしていたカッシュの赤い首輪を顔に近づけ、再び目を閉じた。しばらくすると彼女は、宝物庫内に漂うほのかな風に精神を集中させた。
「ガアッ!」
ヴォルタは短く唸り声を上げると、なにかを追いかけるように猛スピードで部屋を飛び出していった。
「……そうか、あの猫の匂い!」
咲季は、ヴォルタの意図にようやく気づいた。獣人化は、なにも戦闘力を上げるためだけのものではない。その肉体に秘められた野生の力を引き出し、嗅覚など五感を研ぎ澄ますことが目的だったのだ。
ヴォルタはたったひとつの手がかりとして残されたカッシュの首輪の匂いを嗅ぎ、訓練された警察犬のごとくその行方を追っていったのだ。と、なれば……
「っと。そうだ、これ」
むろん、一刻も早くヴォルタの後を追うべきだが、彼女が脱ぎ散らかしていった甲冑をそのままにしておくわけにもいくまい。いずれ騎士団長が元の姿に戻った時、すっぽんぽんではなにかと支障がある。
「マドゥル、オープン!」
咲季がマドラガダラの魔導書に命じると、宙に浮かんだそのページの中に、ヴォルタの装備すべてがまるで逆回し再生のように吸い込まれていった。これはまさしく、中心街で探索用のアイテムを買い込んだ際に使用した「収納魔法」である。
「よしっ」
再び魔導書を手にすると、咲季は扉の外の回廊へと駆け出した。
複雑にその構造を変化させる、ランダムダンジョンと化した宝物庫であったが、幸いにも咲季はヴォルタの姿をすぐに見つけることができた。わずか数ブロック先、獣人ヴォルタは唸り声を立てながら、とある部屋の扉の前でその鼻を近づけて嗅ぎ回っていたのである。
「ここですか? ヴォルタさん」
「来たか、サキエル君。どうやら、ふたりはこの部屋の中のようだ」
咲季の姿を見て、ヴォルタは獣人化を解除した。するとそこには、一糸まとわぬ可憐な虎耳娘が仁王立ちになっていた。しかも、満面のドヤ顔である。
「あのう、ヴォルタさん……これ、着てください」
「おお! わざわざ持ってきてくれたのか。すまないな」
咲季が魔導書のページから取り出した甲冑と大剣を、ヴォルタは手早く身につけた。それにしても魔獣騎士の彼女らは、獣人化のたびにこうして人前で全裸になることになんの躊躇もないのだろうか?
「……で、どうするんですか?」
「うむ。このまま扉を蹴破って、強行突入といこう」
装備を整え、臨戦態勢となった咲季に対し、ヴォルタは愛剣・テンペストの柄を握り直して言った。
「でも、さっきみたいに結界魔法が張られていて部屋に入れないってこと、ないんでしょうか?」
「ああ、それは問題ない。結界の中にさらに結界を張るということはできないからな。この宝物庫全体が結界で覆われている以上、ここは通常の鍵がかかっているのみだろう」
「なるほど、そうなんですね!」
さすがに、経験豊富な騎士団長である。見立ても冷静で的確だ。迷宮における初めての戦闘を前に、咲季は大いに頼もしさを感じていた。
「それではサキエル君、手短かに作戦を伝えるぞ。私が先陣を切ってワイトクイーンに襲いかかるから、君は隙を見て除霊魔法を掛けて始末してくれ。以上だ」
「……え? そ、それだけですか?」
「そうだが、なにか?」
「いえ、それであの、ヴェルチェスカさんやカッシュは……」
「次元転移魔法は、呪文の詠唱に時間がかかるからな。またどこかへ逃げられる前に除霊してしまえば、ふたりは無事に取り戻せるはずだ。まあ、高レベルのワイトクイーンとはいえ二対一だしな。なんとかなるだろう」
咲季は、歴戦の勇士たる伝説的騎士団長のヴォルタージェ・ヴェルサーチが、こと戦闘においては意外とノープランで突き進む性格であることに多少なりとも驚愕した。とはいえ、ワイトクイーンに憑依されているのは、まぎれもなく彼女の実の妹なのである。ここはヴォルタの言葉を信じよう、と咲季は思った。
「さあ行くぞ、サキエル君!」
「イアッ!」
ヴォルタ団長の掛け声に、咲季は配下の騎士になりきったつもりで応じた。それは、彼女が今までにいちども発したことのないほどの気合いを込めた一声だった。
続く




