第二十七話 どこ行ったん? ケッカイなヤツら
(二十七)
「さあ愛猫、行きましょう! 甘〜いお菓子をごちそうするわよ♥」
ヴェルチェスカは両腕でカッシュの体をがっちりとホールドしながら、文字通りの「猫撫で声」を上げた。その表情に言葉遣い、そして立ち振る舞い。どこをどう見ても、彼女はグラシア女王、いやワイトクイーンに完全に「憑かれて」いた。
「え、マジ? ワイ、ちょうど甘いモンが食いたいなー思ててん♥」
その言葉を聞くや否や、先ほどまでの必死の抵抗を続けていた態度を一変させるトラ猫。「思ててん♥」じゃないわよ! とつぶやきつつ、咲季は手を伸ばして、カッシュがふだんから装着している赤い首輪に指をかけた。だがヴェルチェスカは不敵な笑みを浮かべながら、小さな声で何かの呪文を詠唱している。
「やめろ、ヴェルチェスカ!」
末妹の異様な雰囲気に、思わず声を荒げるヴォルタ。しかし次の瞬間、ヴェルチェスカとカッシュの二人は忽然と姿を消した。咲季の右手の指先には、留め具がかかったままのカッシュの首輪だけが、ぶらぶらと揺れていた。
「え? こ、これって……ヴォルタさん!」
「ああ、恐らくこれは……次元転移魔法だ」
次元転移魔法! あのワイトクイーンは、次元転移魔法を使えるのだ! 咲季は、思わず息を飲んだ。
予想外の出来事に、しばらく呆然と立ち尽くしていたヴォルタと咲季。しかし、その時間は決して長くはなかった。
「こうしてはおれん、行くぞ、サキエル君!」
「ど、どこへ?」
「まずは一度地上に戻り、増援の要請だ。薔薇の牙の本隊を招集するぞ!」
確かに、あれだけのハイレベルな魔法を使いこなす相手である。一刻も早くヴェルチェスカとカッシュの行方を追いたい気持ちもあるが、うっかり返り討ちにあって全滅などしては元も子もない。
「は、はいっ!」
カッシュの赤い首輪を握りしめながら、咲季は王国騎士団の一員になったかのように、重度の人見知りとは思えないほど大きな声で返事をした。
ヴォルタと咲季は部屋を駆け出ると、宝物庫の出入り口へとたどり着いた。だがヴォルタは、その扉のノブを何度も回しながら焦燥の声を上げた。
「……おかしい、開かないぞ」
「えっ、どうしたんですか?」
咲季も、ヴォルタに代わって扉を開けようとするが、ノブが空回りするような感触だけが返ってくる。
「やっぱり、開きませんね」
「うーむ。これは一体……」
そのとき、扉に残された微弱な魔法力を感じ取った咲季は、自分の考えをヴォルタに伝えた。
「ひょっとするとこれは、結界のようなものが張られているのかもしれません」
「結界?」
「ヴェルチェスカさんに取り憑いたワイトクイーンは、きっとカッシュのような猫を探して、ずっとこの宝物庫の中を徘徊していたんだと思います。ようやくお気に入りの猫を手に入れた今、この宝物庫への出入りをできなくするために、強力な魔法で結界を張ったのではないか、と」
そこまで話しながら、咲季はグラシア女王の肖像画のことを思い出していた。あの絵を見たときに抱いた違和感。それは、肖像画の女王陛下と一緒に「猫」が描かれていないことだった。
「なるほど。そう言えば、女王陛下の猫好きは有名だった。よく知っていたな、サキエル君」
「あ、あの私、たまたまグラシア女王のそんな噂を聞いたことがあって。もしかしたら、女王の猫に対する執念が肖像画に宿っていて、それがワイトクイーンのような悪霊を生み出したのかもしれませんね」
かつてグラシア女王は公務の最中でさえ、可愛がっていた愛猫を片時も手放さなかったという。ヴォルタは腕を組みながら、咲季の話に大きくうなずいた。
「だがどうする? このままでは、我々も応援を呼ぶことはできんぞ?」
「結界魔法が張られているということは、逆にワイトクイーンも宝物庫の外には出られないはずです。だから、私たちだけでどうにかしてヴェルチェスカさんを見つけ出して、悪霊を消滅させる除霊魔法をかけるしか……」
「そうだな。まずは、ヴェルチェスカの居所を突き止めねば。先ほどの肖像画のあった部屋に戻って、落としてきた魔物メーターを取ってくるかな」
ヴォルタの言葉に、咲季はかぶりを振って答えた。
「いえ、ヴォルタさん。どうやらもう、さっきと部屋の配置が変わっているみたいなんです」
咲季は迷宮内を歩く際、無意識に地図を頭の中に描き、詳細を記憶する習慣を持っている。そのため、このあたりを軽く往復しただけで、宝物庫の構造が変化していることに気づいていた。もはや、肖像画の部屋がどこにあるかもわからない。
「なにっ? もうランダムダンジョンが発動したのか! ……くっ、面倒なことになったな。これだけある部屋をいちいち開けて回っていては、埒が明かんぞ」
ヴォルタは薔薇の牙の団長にして伝説クラスの魔獣騎士だが、迷宮探索者としての知識や経験にやや乏しい。その意味では、迷宮においては『ドラゴンファンタジスタ2』のハードゲーマーである咲季に一日の長があると言えるだろう。
「そうですね。なにか、手掛かりになるものがあれば……」
「そうだ! サキエル君、その首輪を貸してくれないか?」
「えっ? 一体どうするんですか?」
そのとき何かを思いついたヴォルタは、咲季からカッシュの赤い首輪を受け取ると、自信に満ちあふれた微笑を浮かべて言った。
「いい機会だ、見ておきたまえ。我々が、魔獣騎士と呼ばれる所以だ」
続く