第二十六話 ワイとワイトのオカシなカンケイ?
(二十六)
「成敗ッッ!」
そう叫びながらヴォルタは渾身の力を込めて、自分の背丈ほどもある大剣・テンペストによる強烈な突きを繰り出した。身じろぎもできず、固く目をつぶった咲季。しかしその切っ先は、彼女の長いエルフ耳の真横すれすれを通過していった。
「……えっ?」
その剣が巻き起こした風圧を頬に感じた咲季は、恐るおそる目を開いた。するとあろうことか、ヴォルタの大剣は彼女の背後の壁に架けられていた「グラシア女王陛下」の肖像画に深く突き刺さっていたのである。
「団長閣下! こ、これは、どうされたのでありますか!」
「……」
あまりのことに、困惑の色を隠せないヴェルチェスカ。ヴォルタはなにも答えぬまま、握りしめた剣の柄に力を込めた。ヴォルタの固有スキルである「雷撃の追加効果」によって、高電圧を帯びた火花が、大剣の刀身を伝って注ぎ込まれていく。
「見てみぃ、サキ!」
「あ、あれは……!」
カッシュの声に急かされるように、咲季は肖像画を見た。すると、剣の先が突き刺さった部分がまるで風船のようにふくれ上がり、静かに微笑むグラシア女王の表情がみるみるうちに醜く歪んでいくではないか。
ウギイイイイイィィィィィ!
その時だった。この世のものとは思えぬほどの苦悶と憎悪のこもった金切り声を上げて、漆黒の雲のようなものが肖像画の中から飛び出した。それに呼応するかのように、壁面に架けられていたそのほかの絵画もバタバタと音を立てながら乱雑に揺れる。
「みな、距離を取れ! 決して、あの黒い煙に触れるなよ!」
肖像画に突き刺さっていた大剣を抜き、後方にすばやく飛び退いたヴォルタ。彼女の指示に従い、咲季とカッシュはヴォルタのそばへと走り寄った。
「ヴォルタさん、あの煙は一体?」
「あれは人間や物体に取り憑く悪霊、『ワイト』だ。私はかつて激戦のあった古戦場で、ワイトに憑依された兵士を見たことがある。グラシア女王の肖像画に取り憑いていたということは、さしずめ『ワイトクイーン』だな」
「ワイトクイーン……!」
この『ドラゴンファンタジスタ2』にモンスターとして登場する「ワイト」は、実体のない闇属性の悪霊の一種である。単体であればそれほど大した攻撃力はなく、比較的初歩の除霊魔法で十分対処することが可能だ。ただしワイトがほかの魔物や人間の死体、もしくは特別な武器や鎧などに憑依したときに、俄然手強さを増すこととなる。
「ワイトは、憑依した対象の攻撃力や防御力、魔力などを取り込んで自分のものにすることができる。その憑依対象に、それ相応の力が残ってさえいればな」
「ほなコイツは、女王はんの肖像画から魔力を吸収してるっちゅうことかいな!」
カッシュは咲季の首元にしがみつくようにしながら、目の前で蠢めく黒雲を不気味そうに見つめていた。
「そうだ。肖像画に宿っていたグラシア女王の霊魂に取り憑いたのであれば、かなりの魔力を秘めていると考えざるを得んな。……なにをしているヴェルチェスカ、早くこっちへ来い!」
「え? は、はいっ、ヴォルタ姉……いや団長閣下!」
得体の知れぬ悪霊モンスターにはじめて遭遇した、新米騎士のヴェルチェスカ。呆然と立ち尽くしていた彼女は、ヴォルタの声にようやく我に返った。
しかし、つぎの瞬間である。ワイトクイーンの黒い煙の中に、巨大な髑髏のようなものが現れ、ヴェルチェスカの前に立ちふさがった。その髑髏は大きな口を開けると、彼女の体をそのまま飲み込んでしまったのである。
「ヴェルチェスカぁーっ!」
叫び声を上げるヴォルタ。咲季とカッシュも、目の前で起こった出来事を、固唾を飲んで見守った。
「ヴェルチェスカさん、どうなったの?」
「あの黒い煙に飲み込まれたっちゅうことは、まさか……」
ヴェルチェスカの全身を覆っていた黒い雲は、やがて霧散していった。彼女は、手にしていた巨大な斧槍・アヴァランチを足元に落とすと、そのまま力なく倒れこんでしまった。
魔獣騎士の全身甲冑を身にまとったヴェルチェスカの体は、なにやら白っぽく、ぬるぬるネチャネチャした奇妙な物質にまみれていた。おそらくこれは、霊体に特有の「エクトプラズム」の一種であると思われた。
「目を覚ませ、ヴェルチェスカ!」
「ヴェ、ヴェルチェスカさんっ!」
「声デカ姉ちゃん、起きんかい!」
意識を失ったヴェルチェスカの元に、矢も盾もたまらず駆けつけた三人。それぞれが大声をかけたり、頰を叩いたりしているうちに、彼女はゆっくりとその目を開けた。
「……う、うう」
「おお、ヴェルチェスカ! 貴様、大丈夫か?」
その声には答えず、うつろな瞳のままヴォルタ、咲季の顔を見回していくヴェルチェスカ。だが、カッシュの顔を認識するやいなや、彼女はその目をカッと見開き、すばやく起き上がるとその首根っこを引っ掴んだ。
「ぐえっ! ……おいちょコラ、なにするんや!」
ヴェルチェスカはカッシュの体を抱きかかえると、その場ですっくと立ち上がった。そして驚いたことに、彼女は満面の笑みを浮かべながらカッシュの顔に頬ずりをはじめたのである。咲季とヴォルタはその様子を、半ばあきれた表情で眺めていた。
「ああ、やっと……やっと見つけたわよ、私の愛猫! もう、絶対に離さないわ!」
「はあ? な、なんやってぇぇぇぇ!」
続く