第二十五話 いざ往かん! 我ら悪霊バスターズ
(二十五)
エルフ(じつはサキュバス)の魔導師サキエル(正体はゲームの世界に転生してきた女子高生、宝条咲季)は、使い魔(本当は魔力を失った魔導猫)のカッシュ(関西弁コッテコテ)とともに、王都アリアスティーンの大王宮の地下にある宝物庫にいた。王国魔獣騎士団「薔薇の牙」のヴォルタージェ団長たっての依頼(というか半分脅し)に渋々応じた形である。
「ややこしいことになっとるけど、要は宝物庫におるっちゅう魔物退治やな」
「ややこしいことになってるのは、ほぼ私たちだけでしょ?」
この宝物庫探索のパーティーメンバーは、咲季とカッシュのほかには、ヴォルタ団長とその末妹のヴェルチェスカ。なお次女と三女にあたる双子の姉妹、ヴァニラとヴィヴィアンは「王国の護りが手薄になる」ことを避けるため、今回は参加していない。
「ていうか、宝物庫の魔物討伐なんて、騎士団長みずからわざわざ出張らなくてもいいんじゃないのぉ?」
「だってさ、ヴォルタ姉さんってあの性格じゃん? 魔物は自分の手で屠らないと気が済まないんでしょ」
ヴォルタは、自分の背面に装備している武骨な大剣を抜くと、その小柄な体躯からは想像もつかないほど軽々と振り回してみせた。
「うむ、今日の太刀筋も絶好調だ。宝物庫の化け物め、我が愛剣・テンペストで一刀両断にしてくれるわ!」
テンペストの切っ先を回廊の奥へと向けると、ヴォルタは高らかに鬨の声を上げた。新米騎士のヴェルチェスカも、それに呼応するように斧槍・アヴァランチを振りかざして咆哮する。
「はあ……ものすごい迫力ね」
その剣技と声量に圧倒された咲季は、そばにいたヴェルチェスカに思わず声をかけた。
「はいっ! ヴォルタ姉……いや団長閣下は、とにかく魔物の存在そのものが絶対に許せない性分っス。目の前に魔物が現れたら、問答無用で『悪・即・斬』! まさに、王国騎士の鑑っス!」
咲季は少しだけ後ずさりすると、自分のお尻の部分をそっと手のひらで隠した。
「そ、それにしても、ヴォルタさん」
辺りを注意深く見回しながら、咲季はヴォルタに話しかけた。
「どうした? サキエル君」
「あの、ほ、宝物庫っていうから、せいぜい倉庫くらいの大きさかな? とか想像してたんですけど。でもなんだかここ、ものすごく広くありませんか?」
「うむ。この大王宮の建設当初は、たしかに地下の一室にすぎなかった。だが年々、収める財宝の増加につれて、改築せざるをえなくなったらしくてな。だが当時は時間も予算も足らず、とりあえず急場しのぎに、増築魔法で部屋を次々と増やしていった。結果、この有様というわけだ」
(増築魔法って、魔導書の『収納魔法』みたいなものかしら?)
(ああ、アレのごっつい大規模のヤツやな。おおかた、手当たりしだいテキトーに別次元をくっつけまくったんやろ)
「いまでは、この宝物庫がどれくらいの広さがあるかすら、だれにもわからないみたいっス。おまけに魔法の効果が暴走して、不定期に部屋の配置が変わるランダムダンジョンになっているとか」
ヴェルチェスカが、ヴォルタの話を補足した。入団したての彼女は、この宝物庫に入るのは初めてのようだ。
「ランダムダンジョン? それじゃ地図作成しても、ほぼ意味がないってことじゃないですか!」
今回の探索において、「無意識に周囲の様子をマッピングする」という自分の得意技のひとつが封じられてしまったことに、落胆の表情を見せる咲季だった。
「その通りだ。しかも、ここは王家最大の宝物庫。収められている美術品や工芸品は、どれも値がつけられぬほどの貴重な国宝ばかりだ。戦闘で派手に暴れて傷つけることなど、もってのほかだぞ」
「うーん、せやなぁ。暴れ牛の捻挫は回復魔法で治せても、お宝をぶっ壊したら元には戻されへんさかいな。サキ、これはエライめんどうなコトになりそうやでぇ」
どこまでも伸びる薄暗い迷宮に、複雑に入り組んだ回廊と無数の扉。財宝を守りつつ、この広大な宝物庫から魔物の居場所を探し当てるのは、果てしなく困難なことに思われた。
「とにかく片っ端から扉を開けて、魔物を見つけ出すしかあるまい。行くぞ!」
そう言うとヴォルタ団長は、手近な扉のノブに手をかけた。
「ところで、団長はん。そもそも魔物がどういう種類のモンかって、なにか目星はついてまへんのかいな?」
旅人のランプに照らされた、薄暗い部屋の中で目を凝らしながら、カッシュが聞いた。この部屋の壁面には、大小さまざまな肖像画が飾られている。どうやら、名高い歴代王族の面々が描かれているようだ。
「ああ。実のところ我々は、宝物庫の魔物は『実体がない』ものという可能性が高いと踏んでいる」
「実体がない? どういうこってんねん」
「なんと言っても、ここは大王宮の地下宝物庫だからな。当然、入口には衛兵も日夜常駐している。だが、そんな厳重な警備をかいくぐって、そんなに強大な魔物がノシノシ入り込むとは考えられんのだ」
「っちゅうことは……」
「うむ。たとえば、幽霊か悪霊のようなものが取り憑いたのではないか、ということだな」
「ユーレイでっかいな! んなもん、一体どうやって見つけまんの?」
「心配するな、カッシュ君。そんなこともあろうかと、我々は魔法学術アカデミーにこれを作らせた」
そう言いながらヴォルタは、懐から人形のような奇妙なアイテムを取り出した。
「おお、団長閣下! それはなんでありますか?」
ヴェルチェスカが、興味深そうにたずねた。
「魔物メーターだ。目には見えぬ化け物の存在も、そのわずかな邪気の波動を敏感に感じ取って発見できる優れもののアイテムだな」
「なるほど! どうやって使うのでありますか?」
「使用方法は、極めて簡単だ。脚部を持って周囲にかざすと、もし魔物が近くに存在すれば、この人形の両腕のようなセンサーが反応して知らせてくれるということらしい。……よしヴェルチェスカ、早速この部屋から調べるぞ!」
そう言いながらヴォルタは、魔物メーターを部屋中に振りかざしはじめた。
「はっ! 自分もお手伝いさせていただきます!」
「あんなんで、ホンマにユーレイの居場所なんかわかるんやろか?」
「でも、まずは敵を見つけ出さないことには話にならないしね……」
ヴォルタたちの探索を遠巻きに見ていた咲季は、壁に架けられていた作品のうち、ひときわ大きく立派な女性の肖像画にふと目が止まった。
「ねえカッシュ、この人って誰か知ってる?」
「ん? ……ああ、それは『グラシア女王陛下』やな。今のアリアス四世の先代国王にあたるお人や。この絵がどうかしたんか?」
「ふうん、これがグラシア女王か。この肖像画、どこかで見たことあると思ったけど、なーんか印象が違う気がするのよね」
色彩鮮やかに描かれた、ため息が出るほど美しいグラシア女王の肖像画に指を伸ばしながら、咲季はつぶやいた。
「……サキエル君、どうやらこの部屋には魔物はいないようだ。次へ行こう」
ひと通り調査を終え、咲季のそばに近づいてきたヴォルタ。だが、その時である。
ピピピピピピピピピピ……
なんと、ヴォルタの手にしていた魔物メーターが、警告音とともにセンサー部分を上下に動かしはじめたのだ。
「むっ?」
ヴォルタは魔物メーターを、咲季の眼前へと向けた。すると、彼女のほうに近づけていくにつれて、警告音はよりけたたましく、センサーの動きはより激しくなっていった。思いもよらない事態に、ヴォルタと咲季は互いに息を飲んだ。
「サキエル君、この反応は一体……? いや、まさか!」
「わ、私はなにも……」
ヴォルタの眼が、魔物を前にした騎士団長のそれに変わる。恐怖のあまり、それ以上言葉を発することができなくなってしまった咲季。少しずつ後ずさっていた彼女は、いつのまにか壁際にまで追い詰められていた。
「だ、団長はん、これはちゃいまんねん!」
「動くな!」
鋭い表情で睨みつけながら、ヴォルタはカッシュを一喝した。
「フッ……。こんな近くにいたとはな。よもや、この私が謀られるなど……」
ヴォルタはそう言って、愛用の大剣・テンペストの柄にゆっくりと手をかけた。
続く