第二十三話 ゴチになります! ランチと魔導書
(二十三)
小さな騎士団長、ヴォルタによる制裁は一瞬であった。恐怖に駆られた牛飼いの大男も、いちおう反撃の構えを見せはした。だが、丸太のような右腕を振りかぶったその瞬間、連撃技のフルコースである究極乱舞を全身に叩き込まれたのである。
「セィッ! セィッ! セィッ! セィッ! セィッ! ヤァッ! タァッ!」
二つ名である「雷撃のヴォルタ」の示す通り、彼女がパンチやキックを繰り出すたび、稲妻のような閃光が周囲に飛び交った。
「ドリャアアアアッ!」
そして、仕上げに放った強烈なアッパーカットで牛飼いを空中高くに打ち上げると、同時に上空からの一本の落雷がその男の体を貫いたのだった。
「す、すごい……」
「っかーっ! やっぱエゲツないで、この姉ちゃん!」
伝説級の魔獣騎士の実力を目の当たりにして、咲季とカッシュはただただ驚嘆の声を上げるばかりであった。
「この雛ッコが、舐めおって」
真っ黒焦げになって、頭から落ちてきた牛飼いの男を見下ろしながら、ヴォルタは小さく呟いた。しかしその表情には、もはや怒りの色は微塵も見えない。それどころか、あれだけの動きを見せながら、彼女は息ひとつ切らせてはいなかった。さすがに、年齢的にも体格的にも二回りは上の大男を「雛ッコ」呼ばわりするだけのことはある。
「ねえ、あの人、死んじゃったの……?」
「いえ、さすがのヴォルタ姉様もそこまで非道ではないっス」
心配する咲季をよそに、ヴォルタは後ろに背負った大剣を難なく抜くと、刃先を牛飼いの男の首元に当てた。そして何か小さな声でささやくと、大剣が青白い輝きを放ちはじめた。
「——蘇生魔法!」
ヴォルタの呪文とともに、牛飼いの男は光に包まれた。すると、なんとつぎの瞬間、男は何事もなかったかのように元の姿に戻ったのである。
「イテテテ……どうしちまったんだ、俺は?」
首筋を押さえながらゆっくりと起き上がった男を見て、ふたたびカッシュが驚きの表情を見せた。
「蘇生魔法まで使えるんか! スゴすぎやろ、伝説クラス!」
この『ドラゴンファンタジスタ2』で言うところの蘇生魔法は、死んだ者をこの世に生き返らせるほどの万能な魔法ではなく、あくまで瀕死の状態から復活させるにすぎない。だが、それ相応の魔力を持ち合わせていなければ、ここまで完璧な結果に導くことはできないだろう。
「さて、どうだ貴様。もういちど、私と勝負してみるか?」
あらためてヴォルタの顔を見た牛飼いの男は、情けない悲鳴を上げながら全速力で逃げ出していった。体の傷は完全に癒えたように見えても、彼の心にはおそらく一生消えることのない「精神の傷」が刻まれたに違いない。
「フン。……で、怪我をした牛はどうだったんだ?」
ヴォルタは大剣を鞘に収めながら、双子の妹たちに問いかけた。
「はいはい。さっき診てきたけど、ぜーんぜんたいした捻挫じゃなかったよ。回復魔法一発で、スキップしながら駆けてったし」
「あの牛飼いさんもねぇ。ちょーっと落ち着いてお話ししてくれたら、あんなに痛い思いしないで済んだのにねぇ」
「そうか。ヴィヴィ、ヴァニラ、ご苦労だった。……ヴェルチェスカ!」
「はっ! 団長閣下!」
ヴォルタは、そばに呼び寄せたヴェルチェスカをその場で回れ右させると、鞘に入ったままの大剣を振りかぶった。
バシィッ!
「ひゃいっ!」
ヴォルタのフルスイングをまともに尻に受けたヴェルチェスカは、(決して誇張ではなく)十メートルほどぶっ飛んだ。
「牛を傷つけるなと言っただろうが。未熟者めが」
「ご指導ありがとうございました、団長閣下……」
地面に突き刺さったまま、この新米魔獣騎士は、いつものように気を失った。
「さて、サキエル君とカッシュ君。どうだねこの後、昼飯でも? おごらせてもらうよ」
もちろん、騎士団長のこの誘いに首を縦に振らない選択肢を持つ者など、この世にいるはずもなかった。
午前十一時四十二分、冒険者の食事処「游湧亭」。
ここは、王都アリアスティーンではそこそこに名の知れた、迷宮探索者御用達の大衆食堂である。昼間は酒類の提供はなく、品目の大半がおかわり自由という、来店客たちの腹具合と懐具合にとても優しい繁盛店だ。と聞くと、いかにも量だけが売りのマズそうな印象だが、味のほうもなかなかに悪くない。
「さあ、君たちも遠慮せずに好きなものを食べてくれ」
ヴォルタ団長とその妹たちは、それぞれが手にした盆の上にあふれんばかりの皿を乗せて、テーブルに戻ってきた。
「は、はい。ありがとうございます……」
席に着くやいなや、ものすごい勢いで料理にガッつき出した四人の魔獣騎士たちを、咲季とカッシュは息を呑んで見つめていた。
(やっぱり、魔獣騎士の人たちってすっごい食べるのねえ)
(っちゅうかジブンもついこないだ、こういう食い方しとったやん)
(うん。ちょっと反省してるわ)
十数分後、ワイルドかつヘビーな食事にようやく一息ついたヴォルタは、野菜のたっぷり入ったスープをようやく飲み干した咲季に声をかけた。
「ところで、サキエル君」
「はい」
「君の持っている、その大きな古い本……それは魔導書かなにかかな?」
ヴォルタは、咲季が手元に持っていた巨大な革表紙の本に目をつけて言った。
「え、ええ。そうですけど……これがなにか?」
「うむ。すまないが、すこし中を見せてはくれないか?」
「あ、あのぉ……それは……」
咲季は明らかに動揺した様子で、隣の席のカッシュを見た。禁書かもしれぬ生きた魔導書を、王国騎士団長なんぞにホイホイ見せていいものなのか。
(どうしよ?)
(んなもん、見せへんわけにいかんやろ。ワイは、雷撃で黒コゲにされんのはイヤやで!)
と、アイコンタクトで会話したのち、咲季はおずおずとマドラガダラの魔導書をヴォルタに手渡した。彼女はひと抱えもある魔導書をテーブルに載せると、ゆっくりと表紙に指をかけた。
「ふうむ。これはどうやら超古代文字か」
「チョコがどうしたって? ……ああ、超古代文字ね」
「へえ〜、なんだかすごいヘンな字ねぇ。これ縦書き? 横書き?」
「さすがは団長閣下! こんなにむずかしいチョコ文字が読めるのでありますか?」
「いや、さっぱりわからん」
そう言うとヴォルタは、両手でバタンと挟むようにして魔導書を閉じた。
「君は、この字が読めるのか? サキエル君」
「……ええ、まあ、だいたいですけど」
「そうか。どうやら、かなり魔法の研究に長けているようだな」
マドラガダラの魔導書を返却しつつ、咲季の目を見据えてヴォルタ団長は言った。
「そんなサキエル君の魔法の腕と知識を見込んで、私からの頼みをひとつ聞いてほしいのだが」
続く