第二十二話 その強さ伝説級? 雷撃のヴォルタ
(二十二)
「そっちの虎柄の姉ちゃん、アンタだよ!」
声を荒げて近づいてきたのは、この家畜品評会に参加していた牛飼いの一人だった。背丈はゆうに二メートルはあろうか、牧場仕事で鍛え抜いた筋肉の塊のような大男である。日焼けのせいで黒光りした、パンパンに膨れ上がった二の腕には、ご丁寧に派手な刺青まで施されている。そして、その怒りに満ちた鋭い眼光の見据える先にいたのは——
「……じ、自分でありますか?」
薔薇の牙の新米団員にして、名門ヴェルサーチ家が誇る四姉妹の末娘であるヴェルチェスカであった。
「おうよ! アンタさっき、暴れてた俺の牛を投げ飛ばして気絶させただろう。そのときに当たりどころが悪くて、前脚を一本捻挫しちまったんだよ!」
「自分は、騎士の務めを果たしただけで……」
「知ったこっちゃねえよ。もし牛に値がつかなかったら、こちとら商売上がったりだぜ!」
牛飼い男の話を聞いて、ヴェルチェスカは顔面蒼白になって頭を下げた。
「そ、それは大変申し訳ないことをいたしましたでございました! ど、どうか穏便に許してやっていただきたい所存でございましてあの、その……」
「ああん? なんだって?」
慌てふためくヴェルチェスカに、さらに声量を上げて食ってかかる牛飼い男。魔物との実戦はともかく、一般人からの苦情への対処には不慣れな彼女に、この険悪な空気を収めることは非常に困難に思われた。
「チッ、なんやメンドくさいことになってきよったで」
そんなやり取りを、ゲンナリした表情で見つめるカッシュ。
「でも、そんなこと言われてもしょうがないじゃない」
咲季は、釈然としない様子で言葉を返した。わざと牛を怪我させたわけではなく、この騒ぎを収めるために行動した結果なのだから、そこまで平身低頭する必要などない。そもそも、興奮した牛を脱走させた責任の所在は、牛飼いの連中の方にこそあるはずだ。
「まあまあ、すこし落ち着いてくれ。私が話を聞こうじゃないか」
そんな二人を見かねて、長姉のヴォルタ団長が声をかけた。
「んああ?」
牛飼い男は辺りを見回したが、すぐには声の主を見つけられなかった。ぐぐっと視線を下げ、ようやく彼女の姿を認識したものの、対峙する牛飼い男とヴォルタはまるで大人と子どもである。
「なんだぁ、てめーは?」
「私は、王国魔獣騎士団『薔薇の牙』の団長を務めるヴォルタだ。部下の不手際は、すなわち団長であるこの私の不手際。もし謝罪と弁償が必要なら——」
「フン、こんなちっこいのが王国騎士団の団長様だって? ヘッ、笑わせんじゃねえぞこのチビが」
(チビ?)
(チビ?)
牛飼い男の台詞の一部分に、ヴィヴィとヴァニラが敏感に反応した。
「……おい貴様、今なんと言った?」
「うるせえ! テメエみたいなチビの出る幕じゃねえ、すっこんでろメスガキ!」
(メス?)
(ガキ?)
「なん……だと……?」
さらに続けて発せられた言葉によって、ヴォルタ団長の怒りは瞬く間に頂点に達した。端正で凛々しいその顔立ちは、彼女の腹の底から湧き上がる激情のせいで、見る影もなく歪んだ。
「おンのれェ小僧……」
ヴォルタは牙を剥いて、牛飼い男を睨みつけた。そしていつしか彼女の周りには、高圧電線がショートしたときのような火花が飛び散りはじめている。
「絶対に許さぬッッ!」
「あーあ。ついにコイツ、ヴォルタ姉さんの地雷ワードを言っちゃったよ」
「ホント、よりにもよって『チビ』『メス』『ガキ』の三つセットでねぇ」
そう言うとヴィヴィとヴァニラは、慣れた様子で咲季とカッシュ、そして牛飼い男のそばにいたヴェルチェスカに手招きすると、可能な限りヴォルタから遠ざけたのだった。
「ど、どうしたんですか?」
そんな咲季の問いかけには答えず、双子の姉妹はただ姿勢を低くするように促すジェスチャーをした。それはまるで突然の悪天候の中、遠雷を感じ取ったときのような独特の緊張を連想させた。
「よう見とき、サキ。あの団長はんこそが、『雷撃のヴォルタ』やで」
「雷撃のヴォルタ……?」
「せや。すべての物理攻撃に、雷属性ダメージの追加効果があるっちゅう強力なスキル持ちやな。それにたしか、魔獣騎士レベルは五十を超えとったはずや」
「ご、五十って『伝説』クラスってこと? あの若さで?」
この『ドラゴンファンタジスタ2』では、それぞれが就いている職業のレベルに応じて階級の呼び名がある。最初は「新参」で、レベル二十を超えると「達人」。三十で「古参」、四十になると「熟練」となる。だが実際には、熟練クラスにまで到達する者はごくまれであり、したがってレベル五十以上は未知の領域、すなわち「伝説」と呼び習わされているのだ。
ちなみに伝説クラスの戦士は、ドラゴンを素手で倒せるほどの実力だといわれている。もっとも、この世界にドラゴンというものが存在すればの話だが。
「ヴォルタ姉さんはねぇ、まだ二十五歳なんだけど『薔薇の牙』史上最強の魔獣騎士って呼ばれてるのよぉ」
「ま、あの華奢な見た目だからねえ。見くびって突っかかってくる男ばっかだけど、例外なく全員返り討ちよね」
「ヴォルタ姉様は、まさに異次元の強さっス! 伝説どころか神話級っス!」
と、解説を加えるヴェルサーチ家の妹たち。やがて彼女らの目の前で、騎士団長を侮辱した愚かな牛飼い男への制裁がはじまった。
「ねえ、これっていろいろ問題ないのかしら? 道義的にも、絵面的にも」
「ああ、サキエルさん大丈夫っス。自分も、しょっちゅうやられてるっス」
続く