第二十一話 わぁ、タイガー? 勇猛華麗四姉妹
(二十一)
「総員、かかれっ!」
「イアッ!」
薔薇の牙団長の指示により、魔獣騎士たちは手持ちの武器を振るって、暴れ牛の群れが閉じ込められたクリスタルの柱を手早く叩き壊していく。気絶していた牛たちはすぐに目を覚ましたが、すっかり興奮も解けた様子で、みな大人しくなってしまっていた。
中央広場の騒ぎが大きな人的被害もなく静まったことで、すでに群衆のほとんどは立ち去っている。辺りでは、家畜品評会の関係者たちが後始末に追われていた。
「よおし。これで、無事に全頭捕らえることができたようだな。——まずは礼を言わせてくれ、エルフの魔導師君。すばらしく的確かつ強力な捕縛魔法だった!」
そう言って団長は、咲季に向かって右手を差し出してきた。その姿、やっぱり、かなり小っちゃい。
「私は、王国魔獣騎士団『薔薇の牙』団長のヴォルタージェ・ヴェルサーチだ。ヴォルタと呼んでくれたまえ」
そう名乗ったヴォルタ団長は、古風で威厳ある口調とは裏腹に、腰まで届くほどの艶やかな長髪と、頭頂部にぴょこんと生えた一対の虎耳のせいで、精巧な等身大のお人形のようにさえ思われた。
「あ、あの、私、サキエルといいます。正真正銘、まぎれもなくエルフの魔導師でございまして……」
「ほんでワイは、サキエル様の使い魔やらせてもうてる、カッシュいいますねん。まあ、そこらへんでよう見かける人畜無害のただの猫ですわ」
「……? おかしなことを言うなぁ、君たちは。まあいい、とにかくよろしく!」
固く握手を交わしつつ、ヴォルタは訝しげに咲季とカッシュを見た。だが幸運にも、咲季の正体がサキュバスであることに彼女が気づくことはなかった。
「それにしても薔薇の牙のみなさん、すばやい出動でおましたなあ。さすが、王国でも名高いエリート騎士団の面々ですわ!」
カッシュの賞賛に、ヴォルタは頭をかきながら答えた。
「いや、我々はたまたま非番でね。今日は、身内だけで繁華街をぶらついていたのだよ。そうだ、私の妹たちを紹介しよう。——総員整列っ、自己紹介始め!」
ヴォルタの号令で、三人の魔獣騎士が並び立った。どうやらみな彼女の妹ということだが、女子高生としては比較的長身の咲季をも上回る、堂々とした立派な体格揃いであった。
「えっとぉ、まずは、私から。次女のヴァニラ・ヴェルサーチです。よろしくねぇ、かわいいエルフさんとネコさん」
最初に、長い柄を持つ巨大な大鎚を手にした魔獣騎士が一歩前に出た。凶暴さで知られるワータイガーにしては、のんびりおっとりした話し方をする女性である。
「好きな食べ物はぁ、うーん、やっぱり甘いものかしら。そうそう、この大鎚は『ブリザード』っていってね。私、物理攻撃に『氷撃』の追加効果がある固有スキルを持ってるのよ」
(ヴェルサーチ家いうたら、代々王国騎士をぎょうさん輩出しとる、由緒正しいワータイガーの名家なんやで)
(へえ、さすがなんでもよく知ってるのね、カッシュ)
カッシュと咲季は、気付かれないようにひそひそ話をした。
(ワータイガーっちゅう種族にはなあ、なんとなーく親しみを感じるねん)
(ふうん。トラ猫だから?)
「じゃ、つぎは私の番ね。三女のヴィヴィアン。ヴィヴィって呼んでね。いちおう、こっちのヴァニラとは双子同士だから」
続いて、死神のような大鎌をかざしている魔獣騎士が名乗った。双子というだけあってヴァニラとよく似た顔立ちだが、奔放で快活な印象のある女性だ。
「んー、私はどっちかっていうと、辛党だな。それから、このでっかい鎌の名前は『インフェルノ』。固有スキルとして、すべての物理攻撃に『炎撃』の追加効果がつきまーす」
(固有スキルって、私の『超古代文字解読』みたいな特殊能力のこと?)
(ああ、せやな。攻撃特化型と、そうでないヤツがおるらしいんやけど)
(でもこの双子、ワータイガーの魔獣騎士っていうわりにずいぶん人当たりがいいわよね)
咲季は、人は見かけと種族と職業によらないものだと考えを改めていた。
「よし、次!」
ヴォルタが、ただひとり緊張している魔獣騎士に自己紹介を命じた。
「はっ! 自分はヴェルチェスカ・ヴェルサーチであります! ヴェルサーチ家の四女にして、薔薇の牙に入団したばかりの新人であります! 以後、お見知りおきください!」
と、直立不動で名乗りを上げるヴェルチェスカ。若々しく、真面目で活気にあふれている点は非常に好感が持てる。だが、それにしてもアホみたいに声がデカい。
またほかの姉たちに比べても、彼女は際立った褐色の肌をしている。その長い髪も縞模様で彩られており、虎の半獣人らしいワイルドさを引き立てていた。
(ねえ、たしか彼女たち、今日は非番だって言ってたよね?)
(それやのに全員、全身甲冑と得物で完全武装やからな。ホンマ、薔薇の牙っちゅうのはハンパないで)
(そうね)
(あと、なんや『ヴ』の字がゲシュタルト崩壊してきたんはワイだけか?)
「ヴェルチェスカ、貴様の好物はなんだ?」
「自分は好き嫌いなくなんでもよく食べます!」
「得物の名は?」
「この斧槍は、『アヴァランチ』であります!」
「物理攻撃の追加効果などの固有スキルは?」
「とくにありません! 精進いたしますっ!」
「よし、直れっ」
「はっ! 団長閣下!」
ヴォルタは、また咲季とカッシュの方に向き直って言った。
「以上が、不束ながら私の妹の団員たちだ、サキエル君」
「は、はあ。ご、ご丁寧にご挨拶いただきまして、毎度痛み入りますことでございます……」
咲季はうつむき加減に恐縮しながら、わけのわからない言葉を返した。だがこれだけでも、完全初対面の相手と会話するのは、彼女にとっては奇跡に近かった。
「ところで、君たちはこの王都でなにを? 見たところ、旅の途中の様子だが」
「それがでんなあ、団長はん。ワイらちょいと困ったことになってまして……」
カッシュが切り出した、ちょうどその時である。彼らの背後から、男の野太い呼び声が聞こえた。
「おいコラ、そこの姉ちゃん! 一体どうしてくれるんだ?」
続く