第二十話 キレイなバラには、キバがあるっ!
(二十)
「カッシュ、魔獣騎士って?」
「半獣人の騎士のことや。『薔薇の牙』は虎の半獣人の、それも女性だけで構成された、王国きっての最強騎士団なんやで!」
カッシュの言葉を聞いて、咲季はあらためて彼女らの姿を見た。駆け抜けていった魔獣騎士たちはぜんぶで四人。先頭にいるのが、おそらく「団長」なのだろう。
彼女らの頭部には、獣のような一対の耳が生えている。そして、時折口元からのぞく鋭い牙。これこそが、虎の半獣人「ワータイガー」の証であった。
(そっか。女の人とだったら、私でもそんなに緊張せずに話せるかも……)
そんなことを考えながら、咲季は勇壮な魔獣騎士たちを見守っていた。
「ねえ、彼女たちに任せとけば大丈夫かな?」
「さあ、それはどうやろな」
王国中にその名を轟かせている「薔薇の牙」を持ってしても、今回の騒ぎは手に余るようにカッシュには思えた。
「ヴァニラ! ヴィヴィ! 得物は使うな! 牛を傷つけたら一頭につき半年分、貴様らの給金が飛ぶぞ!」
そう声を上げた団長に、ふたりの魔獣騎士が反応した。
「えーっ? それじゃあどうしろっていうのよぉ」
「ま、素手で止めるしかないってことじゃない?」
ひとりの魔獣騎士は大鎚を、もうひとりは大鎌を装備していたが、二人は団長に言われたとおりにそれぞれの武器を足元に投げ捨てた。
「さあ来いっ!」
薔薇の牙の団長は、大剣を背中に背負ったまま、目の前にいた一頭の暴れ牛の角を引っ掴んでひねりを加えたかと思うと、そのまま地面に叩き伏せた。
ブルルルッ!
血気盛んに走り回っていた牛は、その一撃で瞬く間に気絶してしまった。こうして団長は、手当たりしだいに暴れ牛たちに立ち向かっていった。
「ヒュウ♪ さっすが、ヴォルタ姉さん」
「ほらヴェルチェスカ、あなたも早く!」
大鎌と大鎚を装備していた二人が、ようやく追いついた最後尾の魔獣騎士に声をかけた。
「ハァッ、す、すみません、ヴィヴィアン姉様、ヴァニラ姉様……」
息を切らせながら、ヴェルチェスカと呼ばれた魔獣騎士が返事をした。いかにも新米といった初々しい風貌だが、体格は先輩の騎士たちにも決して見劣りしない。そして彼女は、これまた巨大な斧槍を抱えていた。
「絶対牛を殺すなよ、ヴェルチェスカ!」
「はっ、承知いたしました、団長閣下!」
こうして、総勢四名の魔獣騎士たちが事態の収拾にあたったが、歴戦の勇士たる彼女らを持ってしても、暴れ牛の大群を前にしてその戦力は十分とは言いがたかった。
「こらぁアカン、牛たちが散らばっていってまうで!」
カッシュはあわてて叫んだ。いまのところ、薔薇の牙の魔獣騎士たちは逃げ出した牛の半数をようやく鎮めたところである。しかし、のこりの十頭あまりが、広場にいた周囲の人々めがけてバラバラに突っ込んでいこうとしていた。
「カッシュ、私に考えがある。牛たちを一か所に誘導して!」
「ああ? どないして集めろっちゅうねん?」
咲季は、広場の一角に掲げられていた王国の国旗に手をかけて引き剥がした。それは、星型の紋章が入った真紅の生地の旗であった。彼女はその真っ赤な国旗を、手早くカッシュの首元に結びつけた。
「ほら、これで行って!」
「ちょ、待ちぃなサキ! ジブン、猫使いが荒すぎちゃうか?」
そうボヤきながら、カッシュは赤い旗をマントのように翻しつつ、牛たちの前へと駆けていった。
「ほれほれ! ウッシさんこっちら、やで!」
暴れ牛たちは、目の前に現れたすばしっこい小さな生き物に困惑し、続けて怒りを露わにした。カッシュはまるで西班牙の闘牛士のように、牛たちの群れを挑発して回った。
「……あった、これだ!」
咲季はマドラガダラの魔導書のページから、ようやくひとつの魔法を探し当てた。そして精神を集中させ、その魔法の呪文を唱えはじめる。
「ム、なんだあれは?」
薔薇の牙の団長は、広場の騒動に介入してきた一匹の猫と一人のエルフと思しき魔導師の姿に気がついた。と同時に彼女は、その魔導師が身にまといはじめた魔法力の強さを肌で感じていた。
「おい行くでぇ、サキっ!」
暴れ牛たちをまとめて引き連れてきたカッシュが、まっすぐ咲季の方へと向かってくる。呪文の詠唱を終え、目を見開いた咲季は、その魔法を発動させた。
「水晶捕縛魔法!」
つぎの瞬間、その広場にいた誰もが思いもよらないことが起こった。大砲の弾丸のように猛スピードで突進してきた十頭あまりの暴れ牛たちが、一斉に動きを止めたのである。牛たちは、まるで精巧な剥製にでもなってしまったかのようにその場に立ち尽くしていた。
「こ、これは……?」
団長は止まってしまった牛の方に近づき、その体に触れてみた。よく見ると牛たちはみな、透明なクリスタルのような柱の中に閉じ込められていたのである。
ワアアアアッ!
すべての暴れ牛たちが沈黙し、騒ぎが収束したことが明らかになると、広場の群衆たちは割れんばかりの歓声と拍手を持って彼女たちを讃えた。幸いなことに、暴れ牛によって人々が受けた被害は最小限にとどめられた様子だった。
「君がやったのか、この魔法を?」
団長の問いかけに、咲季は黙ったまま頷いて答えた。
そのとき咲季は、薔薇の牙の団長の姿にあらためて注目した。それまでは不思議と気づかなかったのだが、よくよく見てみると団長はかなり背が低かった。おそらく、その身長は百五十センチにも満たないのではないか。ほかの団員たちと比べても明らかに小柄な騎士団長に、咲季は勇ましさよりもむしろ、愛らしさすら感じていた。
「これは『水晶捕縛魔法』やな。こんなん、とっさによう思いついたな、サキ」
「一時的に敵の動きを無力化できる魔法って、たぶんこれが最適だからね。でも、一度に十頭もまとめてかけられるとは思わなかったけど」
カッシュの言葉に対しては、いつもの調子で返事をした咲季であった。
「とにかく助かったよ。……ところで、君たちはいったい?」
「あー、ワイらは通りすがりのエルフの魔導師と、その使い魔のしがない猫でんねん。あんま気にせんとくんなはれ。……あ、せや。この牛たち、いまはクリスタルの中で気絶しとるけど、このままやと息が詰まって死んでしまうさかい、早う叩き割って助けだしてくれはらへんやろか」
「うむ、承知した。ヴァニラ、ヴィヴィ、ヴェルチェスカ!」
「はぁ〜い」
「なあに?」
「お呼びでありますか、団長閣下!」
薔薇の牙の団長の掛け声に、三人の魔獣騎士たちがすばやく駆けつけた。
続く