第十五話 ぜ〜んぶ美味しくいただきますので
(十五)
「お待たせいたしました。それでは魔導師様、カッシュ様。どうぞお召し上がりくだ……」
ハグッ、ガツガツッ、ハムッ、ハムハムハム、ムォグムォグ、フムッ
テーブルについた村長がそう言い終わらないうちに、咲季は目の前の料理を両手を使って鷲掴みにし、そのままむさぼるように食べはじめた。
「あー、あの……」
グハッ、ムカフッ、フゴッ、ガッ、ムァグムァグ、ズズズッ、フハッ
肉を、魚を、野菜を、パンを、スープを、代わるがわるその口の中へとひっきりなしに運んでいく。村長以下、食卓に居並ぶ村人たちはみな、咲季のその鬼気迫る食いっぷりにただただ驚愕した。
咲季の隣の席に座っていたカッシュは、唾を飲んでその様子を見つめながら、客間でのほんの数分前のことを思い出していた。
「——そない言うたかて、いったいどうすんねん?」
がっくりと肩を落として落ち込む咲季に、カッシュはいつになく真剣な調子で問いかけた。
「あんなあ、魔導師にとって魔法力は生命線や。回復せんかったら、魔法なんていっこも使われへんのやで?」
「……わかってるわよ」
カッシュの言葉に、咲季はゆっくりと顔を上げた。
「さっき言ってたでしょ? ようするに、『欲望』が満たされればいいんだって」
そう言うと咲季は、なにかを吹っ切った様子で部屋着から制服姿にすばやく着替えると、客間を出て食堂へと向かったのだった。
(いくらなんでもムチャやで、サキ……)
フードファイターもかくやとばかりの、うら若き美少女エルフの大食い独演会を目の当たりにして、カッシュは深くため息をついた。男と寝ることなく魔法力を回復するために彼女が選んだ方法は、性欲の代わりに食欲で肉体と精神を満たすことであった。
ンガブゥッ、ンカウッ、コワッチコワッチ、ム、ンゴックゥ、フウッ
とは言うものの、咲季の正体は魔性の権化たる女淫魔なのである。その欲望を、「色」でなく「食」で満たすためには、おそらく常人の数倍は食べる必要があるのだろう。
咲季に注がれる、村人たちからの奇異の視線を敏感に感じ取ったカッシュは、軽く咳払いをして村長に語りかけた。
「あー、村長はん。なんも心配することおまへんで。こう見えてサキエル様は、もんのすごっ慎重で用意周到なお人でしてな。万が一、旅の途中に食いっぱぐれたときにも困らんように、食いだめしてはるんですわ」
「ははあ、なるほど……。それにしても、なんとも凄まじいお召し上がり方でいらっしゃいますな」
「さぁさぁそれですわ! 村長はん」
カッシュは、ここぞとばかりに畳みかけた。
「じつはサキエル様は、幼少の頃から苦労に苦労を重ねはったお方ですねん。というのも、経済的に恵まれん家にお生まれになって、親からはごっつい虐待を受け、食べ物も満足に与えられず、それはそれはひもじい暮らしを強いられてきはったんですわ。せやさかい、ひとたび腹を満たせるとなったときには、もう矢も盾もたまらず、こないな食いっぷりになってしまうんでんな」
「そうでしたか」
「そうですねん。……みんな貧乏が悪いんや!」
グッと飲み干したエールのジョッキをテーブルに叩きつけると、カッシュはさらに続けた。
「しかしやな、そういう辛い境遇を跳ね返すべく、必死のパッチで魔法修行を重ねに重ねて経験を積んで、こうやって若うして熟練魔導師クラスにまで登り詰めはったんや。いくら魔力に秀でたエルフやゆうたかて、生まれつきの才能だけではなかなかこうは行きまへんでえ。でもまあ、そういう大変な努力の結果、こうして魔族の襲撃に困ってはるみなさんのお役に立てたんやさかい、サキエル様も本望でっしゃろ、なあ?」
「フガ」
咲季はこのトラ猫の演説を真横で聴きながら、よくもまあここまで口から出まかせがスラスラあふれてくるものだと感心した。食卓を見回すと、なんと感動のあまり目頭を押さえている者までいたくらいである。
「そういうことでしたら、もう存分にお召し上がりください。大したものはございませんが」
「おおきにおおきに、村長はん……。あ、エールもう一杯。あと、食後になんか甘いもんを」
こうして、ホッタンの村を救った魔導師と魔導猫に対する感謝の饗宴は、夜更けまで続いたのだった。
そして、翌日の朝。咲季とカッシュは、村長ら多くの人びとに見送られながらホッタンの村を後にした。
「小っさい村やが、食いもんはまあまあやったな。和菓子がないんはしゃあないけど」
「私は、ようやくお腹がこなれてきたわよ。おかげで、昨夜は一睡もできなかったし」
テーブルに供された食べ物の大半を平らげ、まるで臨月の妊婦のように丸いお腹となっていた咲季だったが、一晩かけてすっかり消化。彼女の目論見通り、なんとか魔法力の完全回復となったようである。
「まあ、謝礼の金ももらえたし、よかったやん」
「そうね!」
咲季は、GP金貨の入った袋の中をのぞきこみながら、思わず口元が緩んだ。軍資金を手に入れたことで、今後の旅の選択肢が広がったことを実感していた。
「……さて、サキエル様。これからどないしはるんや?」
「まずは情報。この世界で、一番大きい街を目指すのよ」
「いっちゃんデッカい街っちゅうと……?」
カッシュの問いに対して、咲季は南の方角を指差しながら力強く言った。
「もちろん、王都・アリアスティーンよ!」
続く