第十四話 魔導師様、据え膳のお味はいかが?
(十四)
「おや、魔導師様。お湯加減はいかがでしたか?」
先ほど、咲季を露天風呂まで案内してきた年配の女性が声をかけてきた。
「え? ええ。けっこうなお風呂で、すっかり疲れも取れまして、オホホ……」
部屋着に着替えたのち、風呂場を出た咲季は、気を失ってぐったりしたままのカッシュを小脇に抱えていた。その様子を見た女性が、怪訝そうな目で見つめている。
「ああ、この猫、この温泉がよっぽど気に入ったみたいで、少しのぼせちゃったみたいで。ホントにもう、オホホホ」
「まあまあ、それはそれは。あちらにお部屋を用意いたしましたので、どうぞごゆっくりお休みください」
そう言うとその女性は、咲季とカッシュを村長の家の客間に連れていった。そこは質素な造りだが、一応やわらかなベッドもあり、ゆったりと落ち着ける部屋だった。咲季はベッドの端に腰掛けると、大きくため息をついた。
「……あんなあ、こっちは幼気なネコちゃんなんやさかい、ちょっとは手加減してーな。こんなんやっとったら、映像化のときに自主規制に引っかかるでホンマ」
「映像加工でごまかすから大丈夫よ。そんなことより」
ようやく目を覚ましたカッシュに、咲季は声をひそめつつ詰め寄った。
「なんや」
「魔法力の回復方法! ねえ……ホントに、アレ、しかないの?」
「アレってなんや」
「お、男とヤって……って、言わせないでよ!」
顔を真っ赤にして、涙目になりながら困惑の表情を見せる咲季。カッシュは、首筋を前肢でさすりながら言った。
「ワイも女淫魔の生態まではよう知らんけど、まあふつうはそうなんちゃう? さっきも言うたけど、とにかく肉体と精神の欲望が満たされれば問題ないやろ」
「欲望って、そんなぁ……んん〜〜〜〜ん!」
カッシュの言葉に、咲季は羽根枕に顔をうずめて悶えた。極度に人見知りで純情奥手な自分には、およそ想像もつかない事態である。だが一方で彼女は、体の奥から少しずつ湧き上がってきている「疼き」を確かに感じていた。
そのとき、ノックの音が聞こえた。
「あ、あのう、サキエル様、カッシュ様! お食事の用意ができましたので、こちらへお越しくださいますでしょうか?」
それは、例の村人Aことビトーの声だった。しばらくしてドアが開き、咲季が部屋の中から顔をのぞかせた。
「あら、あなた。ビトーさん……だったかしら?」
「は、はい! サキエル様。先ほどはどうも……」
扉にしなだれかかり、潤んだ瞳でビトーを見つめる咲季。羽織っていた部屋着の胸元から、温泉の香りがほのかに立ちのぼっている。さらに、簡単にまとめた艶のある洗い髪が、なんともいえない色気を醸し出していた。
「お食事……?」
「ええ。まあ、田舎の村ですからたいしたものはありませんが、村長もぜひお二人に召し上がっていただけれ、ば、と……」
そう言いながら、ビトーは思わず咲季の胸の谷間に釘付けになった。その視線に気がついた咲季は、少し意地悪そうに軽く微笑んだ。
「ふふっ……ステキね。こんな辺境で、正餐をいただけるだなんて」
「は? ふ、フルコースっていうのは……」
いかにも純朴なモブ顔然としたビトーの、その耳元に熱い吐息がかかるほどに唇を近づけ、咲季は囁いた。
「だって……ここに前菜があるじゃない」
「サ、サキエル様? ……わわっ!」
扉の奥からビトーの袖口を引っ掴むと、咲季はそのまま彼を部屋の中に引きずり込んだ。彼女は十代の少女とは思えないほどの強い力で、瞬く間にその青年をベッドの上へと押し倒した。
「あの、な、なにを……!」
「言ったでしょ。前菜は、ア・ナ・タ・よ」
仰向けになったビトーの上に馬乗りになると、咲季は彼のその襟元に手を滑らせた。農夫であるビトーのシャツの下から、日頃の農作業で培われた筋肉質の胸板があらわになった。咲季はまとっていた部屋着に手をかけ、桃色に上気した肌をゆっくりと晒してゆく。
「い、いけません、サキエル様……ぼ、ぼく……」
窓から差し込む月明かりに照らされた、妖艶な肢体を目の当たりにしたビトー。下半身に熱い体温を感じながら、緊張と興奮で動くことすらままならないその男を、咲季は舌舐めずりしながら見下ろしている。そして彼女の背後からは、魔族の証である女淫魔の尻尾がその姿を露わにしていた。
「うふふっ、愉しませてちょうだいね——」
コンコン!
「サキエル様?」
あらためてドアを叩く音とビトーの声に、ようやく咲季は我に返った。先ほどのノックからこれまでの一部始終は、まぎれもなく彼女自身の妄想である。
「……は、はいっ! 承知しました。すぐに参りますので」
「そうですか。お待ちしています」
咲季があわてて返事したのち、ビトーは安心した様子で去っていった。その気配をドア越しに察すると、彼女は深く息をついた。
「どないしたんや、サキ?」
心配そうに声をかけるカッシュに、咲季は大きく首を振りながら両腕を交差させてバッテンを示した。
「ぜっ! たい! ムリ!」
続く