第十三話 衝撃の事実! 実は私、✕✕でした
(十三)
カポーン
湯気の沸き立つ露天風呂に、手桶の鳴る小気味良い音が響き渡る。
「ゔぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
カッシュは乳白色の水面からちょこんと首だけ出して、声にならない声を上げて唸った。頭の上には、ご丁寧にも折りたたんだ手ぬぐいまで乗せている。さっきは『あんま風呂は好かん』とか言ってたわりには、この村の温泉を心の底から満喫しているご様子である。
「……なによ、いたの?」
「何言うてんねん。脱衣場から、ずっと咲季の横におったやないか」
そう言いながらカッシュは、絞った手ぬぐいで念入りに顔をぬぐった。どこからどう見ても、おっさんくさい猫である。
「そんで、いったい何をそんな大きな声出しとるんや?」
「え? あ、うん」
その言葉に、咲季は思い出したように立ち上がると体を反転させ、カッシュの方にお尻を向けた。
「ねえ見てよこれ、なんかヘンなのが生えてるの! ついさっきまで、こんなのなかったのに……」
カッシュは、咲季のお尻に現れたその尻尾をチラリと見ると、平然と言った。
「あー、それは女淫魔の尻尾やな。おおかた日が沈んで夜になったさかい、飛び出してきたんやろ」
「サキュバス? ど、どういうことよ?」
気が動転し、思わずカッシュに詰め寄る咲季。だがカッシュが発したのは、彼女が思いもよらなかった衝撃のひと言だった。
「ようするにサキ。ジブンはエルフやのうて、ホンマはサキュバスに転生したっちゅうこっちゃ」
その後、宝条咲季は数分間にわたって暴れつづけた。
ひとしきり、憤怒と錯乱と焦燥と慟哭と失望と後悔と諦観の感情を叩きつけた咲季。やがて放心したように、ひざを抱えたまま湯船の中にしゃがみこんだ。
一方、それを叩きつけられる矛先にされたカッシュもまた、失神したままうつ伏せ状態で水面に浮かんでいた。
「はぁ……………………」
咲季はため息をつきながら、涙混じりでつぶやいた。
「……サキュバスってなによ。エルフだって言ってたじゃない……」
天国から地獄に突き落とされたような、暗澹とした咲季の非難の声に、なんとか正気を取り戻したカッシュが言葉を返した。
「しゃあないやん。この世界やと、エルフとサキュバスは両方とも耳長いし、正直ほとんど見分けつけへんねんから」
「そうなの?」
女淫魔とは、『ドラゴンファンタジスタ2』に登場する魔物の一種である。人語を操る高い知能と眉目麗しい容姿で男性を巧みに誘惑し、淫らな夢の世界へと引きずり込んでその肉体と魂を喰らい尽くすと言われている。だが絶対数が少なく、その生態には不明な点も多い。
「せやけど考えてみたら、こっちの世界に来て早々にやで? いきなりあんな高レベルな魔法を使いこなしたり、ウルトラレア級の魔導書を手なづけたり、なんやどぉーもおかしいと思てたんや」
「それも、私がエルフじゃなくてサキュバスだったからってこと?」
「せやな。そもそもエルフっちゅう種族は、長生きなだけあって成長がかなり遅いほうやからな。むしろ生まれながらに魔力に長けたサキュバスの方が、今後も手っ取り早く次元転移魔法を修得できるかもしれん」
「なるほどね。そういう利点もあるのか」
「しかしやな——」
長いこと温泉に浸かりすぎ、少々のぼせそうになったカッシュは、湯船の縁に腰掛けながら言葉を続けた。
「エルフと違うて、サキュバスはれっきとした魔族や。もし正体が人間たちにバレてみい、たちまちジブンは狩られる立場やぞ?」
自身を咲季の「使い魔」と称し、人間に危害を加えるモンスターではないことを村人たちにあえて強調した、あのときのカッシュが思い出された。
「まあでも、この尻尾は夜にだけ出てくるみたいだし。人前で裸にでもならなきゃ、サキュバスだなんてバレたりしないでしょ」
「あんなぁサキ、問題はそんなにカンタンとちゃうで?」
カッシュは、「実はエルフじゃなかったショック」からようやく立ち直りかけていた咲季に対し、さらなる追い打ちとなる現実を突きつけようとしていた。
「さっき、焼夷弾魔法を使うたやろ? あないに強力な魔法やったら、きっとジブンの魔法力はすっからかんのはずや」
「魔法力?」
「魔導師は、手持ちの魔法力を消費して魔法を発動させるんや。当然、魔法力がなくなったら一時的に魔法は使われへんようになる」
「そうね」
咲季も『ドラファン2』のヘビープレーヤーであるため、もちろん魔法の基本について知ってはいるが、それはあくまでゲームのシステム的なものに限られていた。
「魔法力が少なくなると、肉体的にも精神的にも疲労するんや。ジブンもいま、魔法力がなくなって疲れてるやろ?」
「うーん、そう言えばちょっとね……。どうやったら、魔法力を回復できるの?」
「まあふつうの魔法使いやったら、宿屋で休むとかメシを食うとか、回復薬を飲むとかやろ。せやけどジブンはなんちゅうたって、女淫魔なんやさかいな」
「って、まさか……」
息を飲む咲季に対し、カッシュはあっけらかんと言った。
「そらぁもちろん、男とヤって精力を吸い取るしかないんちゃう?」
その直後、カッシュは再び失神して水面に浮かんだ。
続く