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第十二話 ホッタンの村って、温泉掘ったん?

(十二)



「おお、これはこれは魔導師様とその使い魔様。ホッタンの村へ、ようお越しくださいました」


 咲季とカッシュを、年老いた村長がうやうやしく出迎えた。あらかじめ、ビトーから経緯(いきさつ)についてくわしく聞いていた彼は、突如現れた村の救世主を心の底から歓迎した。

 その挨拶(あいさつ)に軽く会釈を返した咲季は、そのまま後を託すようにカッシュへ目配(めくば)せを送った。


「ああ、アンタが村長はんでっか? お出迎え、おおきに毎度どうも」


 カッシュは、およそ中世ヨーロッパを舞台にした剣と魔法のRPGらしからぬ台詞(セリフ)を口にした。


「ビトーから聞きおよびましたが、このたびは村を救っていただき、まことにありがとうございました。魔導師様に魔物(モンスター)たちを殲滅(せんめつ)してもらえていなかったら、今ごろわしらはここを捨てて、どこかへ逃げ出さねばならんところでしたからのう」


 そう言って深々と頭を下げる村長の後ろには、少女と猫を遠巻きにして見つめているホッタンの村人たちの姿があった。

 正直、村人たちには感謝と尊敬の嵐、熱狂と拍手の渦が巻き起こっていることを淡く期待した咲季とカッシュであった。だが実際のその表情は、村が魔物(モンスター)たちの脅威から逃れたことの安堵(あんど)と、あの大軍勢をたった一人で焼き払ったうら若き魔導師(ウィザード)への畏怖(いふ)の念が、ほぼ半々といったところ。まあ、ここで彼らに多くを望んだとて、いたしかたないことではあるが。


「そら、よろしゅおましたなあ、村長はん。んで、謝礼(ギャラ)のことやけど……」


 その言葉を聞いて、カッシュの体をあわてて抱きかかえる咲季。


(ちょっと! いきなり何言ってんのよ?)

(なんやねん、ええやんか別に。さっきあの男が、礼するって言うてたやん)

(にしたって、会って早々にする話じゃないでしょ? もうすこし間を空けなさいよ。ホント、意地汚いんだから)


 ひそひそと言い合う咲季とカッシュに、村長がたまらず声をかけた。


「あのぅ、魔導師様? いかがなさいましたかな?」


「い、いえ、なんでもありません。どうぞお気になさらず、はい」


 咲季は小さく咳払(せきばら)いをして、その場を取り(つくろ)った。


「あー、田舎いなかの村ではありますが、このホッタンには自慢の温泉がありますでな。まずはゆっくりお湯に浸かって、旅の疲れを(いや)すがよろしかろう」


「温泉?」


 その言葉を聞いて、一気に晴れやかな表情を見せる咲季。この世界(ゲーム)に来てまだ間もないが、ちょうど汗を流してリフレッシュしたいと思っていたところだったのだ。それに、はじめて魔法を使ったせいか、若干の疲労も感じていた。


「えー? ワイ、あんま風呂(フロ)は好かんのやけどィタタタタ!」


 そう言いかけたカッシュのほっぺたが、全力でつねりあげられた。


「……そ、村長はん、さっそく案内よろしゅうたのんます!」


 咲季は、カッシュを胸に抱いたままにっこりと微笑んだ。




 気がつけば陽は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。咲季は年配の村人の女性に、温泉に備え付けられている脱衣小屋へと案内された。


「こちらに、お着替えも用意してございますので。それではどうぞごゆっくり、魔導師様」


 そう言って、女性は風呂場を立ち去った。咲季は服を脱ぐ前に、温泉場のほうをのぞいてみた。


「うわあ……ステキ……」


 それは、けっして広くはないが、なかなかに立派な露天風呂だった。手触りの良い石造りの湯船を満たしているのは、効能豊かな源泉掛け流し。辺りを取り巻く真っ白な湯気とほのかな硫黄の香りが、心地よい温泉情緒を演出していた。

 まさかこの殺伐とした『ドラゴンファンタジスタ2』の世界で、本格的な天然温泉に入れるなどとは思ってもみなかった咲季。うれしくなって脱衣場へ戻ると、彼女はセーラー服のスカーフをほどいた。


「ふう……」


 やがて一糸まとわぬ姿となった咲季は、目の前の鏡に映った自分の姿を見た。そして、長く伸びた特徴的な両耳をあらためて確認し、思わず笑みがこぼれる。


(うふっ、うふふふっ)


 あこがれのゲームの世界に美しきエルフとして転生し、究極の魔導書(グリモアル)を手に入れ、熟練魔導師(マスターウィザード)にも匹敵する魔力を得た。なにもかもすべてが順調で、微笑まずにはいられない。そんな浮かれた気分だった。

 もちろん、今後のことを考えると問題は山積みではある。だが咲季にとっては、不安や迷いよりも、期待と希望のほうがはるかに多くを占めていたのだった。


「さて、と」


 掛け湯を済ませると、咲季は乳白色の温泉の中にゆっくりとその身を沈めた。この世界に転移してからというもの、奇妙な経験続きで冷え切った体が、ほどよい熱さの中でじわじわと解きほぐされていく。緩んだその唇からは、自然と長めのため息が漏れる。


「はあ……ホント、いいお湯ね……」



 しばらくして咲季は、乳白色で満たされた湯船の水面に、なにやら小さな黒い物体が浮かび上がってきたのを、視界の端に認識した。


「何かしら、これ?」


 ここが露天風呂ということもあり、はじめはそれが羽虫か何かだと咲季は思った。しかし、よくよく見るとその黒い物体は、どうにもこうにも奇妙な形をしていた。そう、それはまるでトランプの絵柄で見かける「スペード」のマークのような……。


 意を決して、その黒い物体をつまみ上げた咲季。だが驚いたことにそれは、黒く長いヒモ状のもので自分自身のお尻の部分につながっていたのだ。


「な……な……」


 咲季はここに来て、ようやくこれが何であるかを完全に理解した。それと同時に、これまでの彼女の人生における記録をさらに更新する特大音量で叫び声を上げた。



「なんじゃこりゃああああああああああ!」



 それは正真正銘、まぎれもない「悪魔の尻尾」であった。




続く



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