パルマコスの山羊
薄汚れた少年が裸足で砂利道を歩く。
粗末な衣服から見える素肌は枯れ木のようにやせこけ、今にも倒れそうにふらついている。だが、道行く人はそれを助け起こすどころか、下卑た笑みを浮かべて嘲笑する。さらには、道端の石を拾っては少年にめがけて投げつけていた。
「どうしました。カレティック卿。私の家はもっと先ですよ」
おぞましい惨状に足を止めた私に町長のグレンダクは口ひげを撫でながら笑う。穏やかな笑みはどうみても好々爺だが、少年の現状を全く認識していない様子に私は血の気が引く。
「グレンダク町長。あの光景が目に見えないのですか? なぜ止めないんだ! いや、こうして傍観している私もあなたがたと同罪だ。……やめろっ! やめるんだ!」
いてもたっても居られず、私は駆けだして少年の前に立った。石の勢いは止まらずガンガンっと肩と腹に痛みを食らう。だが、私は体の痛みよりも心の痛みに耐えきれなかった。こんな非道が許されてなるものか!
私は石を投げてきた者共を睨み付ける。戸惑う彼らは町長に助けを乞うように見た。
「カレティック卿。困ります。その子はこの町の厄介者なんですよ。その子は殴っても叩いても一向に構わんのです」
グレンダク町長が困った顔で私に言ってきた。
「殴っても構わないだと? 一体どんな正当な理由があるというのですか? この子が人殺しでもしたのなら憲兵に突き出せばいいでしょう? それをしないのならこれはただの私刑だ!」
私が声を張り上げるとグレンダグ町長は聞き分けのない子供をなだめるように優しい声で言った。
「この子は孤児でしてね。フォレンド夫妻が引き取って世話をしているのですが、手癖が悪く、常に悪さをしているんです。街の穀倉庫に火をつけたこともあるんですよ。だから私たちは躾ているだけでなにも悪いことをしていません。きっと今日も何か悪さをしていたのでしょうから、気にすることなどありませんよ」
グレンダク町長はそう言って私の手を取った。
その瞬間、触られた手から鳥肌が立ち、私はグレンダク町長の手を払いのけた。
「彼のした悪さは本当ですか? きちんと調べて証拠が出てきたのですか?!」
私が睨みながら言うと、グレンダク町長はふうとため息をついた。
「ええもちろん。たくさんの人が証言してくれましたよ。冤罪ではありません。叱っても叱っても悪さをするのですから、あの扱いは当然でしょう。さあ、もういきましょう。家内があなたの歓迎用の料理を作って待っています。ウチの鴨のテリーヌは美味いですよ」
町長の言葉に私は言いしれない怒りを覚えた。
「躾だというのなら、私が躾てもかまわないんですね!」
私が怒鳴りつけるようにいうと、グレンダク町長はぱあっと明るい笑顔で笑った。
「ええ、ええ。それはもうご自由にどうぞ! ああ、でも動けないほどの躾は勘弁してくださいね。仕事に就けなくなるので」
グレンダク町長はそう言うと、少年に大きな声で怒鳴りつけた。
「おい! ここにいるお方がお前の躾をして下さるそうだ! 粗相のないようにしろ! 領主さまのご子息だからな!」
グレンダク町長に怒鳴られた少年は何も答えなかったが亡霊のようにふらふらとこちらに近づいてきた。
石を投げられて傷ついた体からは血が流れ、よく見れば刃物で切りつけたような古傷が至る所にあった。
私は悲しさと怒りでどうにかなってしまいそうだった。
歯を食いしばってぐっとこらえ、私はグレンダク町長に言った。
「用をすましてから君の家に行く。私たちに構うな」
グレンダク町長は一瞬、目を点にしたが、何かを納得したかのように醜い笑みを浮かべた。
「ようございますとも。あそこの水車小屋は誰も近づきません。お好きなように楽しんで下さい」
グレンダク町長のねっとりとした言い方に悪寒が走ったが、私は我慢して少年の肩を寄せた。
少年からはなんの反応もなかったが、とにかくこのまま離れようと私は歩き出した。
町長の言っていた水車小屋を目指し、角を曲がって大通りをまたいで進んだ。
ひときわ大きい倉庫を抜けると野原が続き、その先に水車小屋が見えた。
町長の言っていた通り、人っ子一人おらず、これなら誰かに聞かれることもないと私は思った。
「怖い思いをさせてしまったね。お父さんとお母さんのところに帰ろう。皆には私が躾をしたと言っておくからね」
私が言うと、少年はなにも答えなかった。
途方に暮れた私は、再び街に戻って少年の家を訪ねた。
「フォレンドさんの家ならあそこの屋敷だよ。ほんとうに、こんなロクでもない子を投げ出さずによく育てているよ。ほんとうに立派な方さ」
粉屋の女将が感心するように言う。
しかし、私は嫌な予感しかしなかった。
『引き取ったとはいえ子供をこんな風に扱われてなぜ黙っているんだ?。それに住いは資産階級なみに豪華なのはなぜだ? 専用の教師でも雇うことができるだろうに……』
私は女将に礼を言い、少年をつれて屋敷へと向かった。
呼び鈴を鳴らすと身なりは良いが態度の悪い男が出てきた。
「なんだよ。あんた。ウチになんか用かよ」
「息子さんの事なんですが。街で石を投げられていたもので……」
私が言うと男は下品な声で笑った。
「あっはっは。そのことかい。そういや、アンタ見ない顔だな? こいつが悪さをしたから躾を受けるのは当然だろ? 用はそれだけか?」
私は男の言い草に呆気に取られてしまった。
言葉をなくす私に男は何かを勘違いしたらしく、にんまりと嫌な笑い方をした。
「ああ、なるほどな。何かやらかしたんだな? 暴行までなら金貨一枚、大掛かりな事件なら金貨十枚で請け負うぜ」
男はじろじろと私を足の先からてっぺんまで眺めながら言った。
言葉の意味を最初理解できなかったが、だんだんと彼の意図がつかめてきた。
「犯した罪をこの子が代わりに請け負うということか?」
私の言葉に男は軽く笑って手を揉みしだいた。
「アンタ、金持ちだろ? それならどんな事件でも身代わりになってやるぜ。そうすれば、アンタは一生安泰に平和で暮らせる! あいつはそのための身代わりの山羊なのさ」
イッヒヒと笑う男にどうしても我慢ができず、私は男の頬を一発殴った。
軍隊で鍛えていた私の拳をモロに受けた彼は屋敷の中まで吹っ飛んだ。
「キャアア!! なんてことすんだい!! アンタ! ウチの人によくもこんなことをしておくれだね! 憲兵に突き出してやるから!」
奥からでぶっとした女が出てくると金切り声をあげて私を詰った。
「ああ、ぜひ呼んでもらおうか! もっとも、彼らが私を捕縛することはないだろうがね」
私の言葉に女は絶句した。
身なりを見て階級を判断したらしく、恨めしそうに唸っている。
私は続けざまに女に怒鳴った。
「この子は私が保護する。文句があるなら屋敷まで来い。メラトリア領を治める領主の館にな!」
言い切った後、私が感じたのはどうしようもない虚しさだけだった。父の権力がなければ、私はこの非道どもを黙らすことができないのだ。非力さに悔しくてたまらなかった。
少年の手を引いて私は歩き出した。
後ろで何やら叫んでいるが、私は振り向くことはせず、まっすぐに歩いた。
停車場で待っている私の馬車の下へつくと、従者たちは目を見開いて驚いた。
「一体どうしたっていうんです!? それにその子は……?」
「話はあとだ。すぐに出してくれ!」
私は少年を抱え上げて中に入れた。骨と皮だけの彼は驚くほど軽く、そうなる前に助けられなかった自分が許せず、私は年甲斐もなく涙を溢した。
小さな体を抱きかかえながら泣く姿はとても滑稽だっただろう。
しかし、ポロポロと涙を溢す私に少年が初めて声を出した。
「あたたかい……。お兄さん、あたたかいね」
彼はそう言って小さく笑ってくれた。
■
拾った少年をエイゲルと名付け、私は彼と屋敷で暮らすことにした。
執事は『奥方を娶る前に子持ちになるとは!』と嘆いていたが、少年の不遇を話して聞かすと真っ赤な顔で憤慨し、甲冑に身を包みはじめた。
「この老骨が出陣することをどうかお許しくだされ。このような非道を許しておいては家名が廃りまする」
過去、父と一緒に武勇をはせた執事は鋭い目で私を見てきた。
私も同じ気持ちだったが、腰をやられて現役を引退した彼に無理をしてほしくないため、必死に宥めた。
その夜、初の視察をねぎらいに来てくれた父に少年のことを話した。
「今まで視察は他の者を行かせていたが、少年の事は何も言っていなかった。これは詳しく詮議せねばなるまい」
険しく眉を寄せる父に私は街を潰して住人を農奴にする許可を求めた。
しかし、父はいい顔をしなかった。
「お前の気持ちはよくわかる。だがな、街を潰すには理由が足りんのだ。なにしろ、表向きは犯罪者を裁いたことになっておるからな……」
父は悔しそうに唇を噛む。
私は彼らがのうのうと生きていることが許せず、どうにかできないかと必死で考えた。
「でしたら、フォレンド夫妻の金の出所を追及してはどうでしょう? あれほどの屋敷を構えながら、彼は農夫と同じ額の税しか払っておりません」
私の言葉に父はいい案だと笑った。
「それはいい。だが、その案は10年後まで取っていてくれないか?」
「10年後ですか? 私はいますぐ彼らを潰したいのですよ? そんなに待てません!」
私はダンっとテーブルを叩いた。
父はなだめるように優しい声を出した。
「お前の気持ちはよくわかっておる。だがな、私はエイゲルに任せたいんだよ」
父の言葉に私は驚いて目を丸くする。
「エイゲルにですか?」
「ああ、そうだ。お前なら、あの子を立派に教育してくれるだろう? 管財人として文句のつけようがないじゃないか。あの街の連中は、自分が虐げた人間が代官になると知ったらどう思うだろうな?」
父はにやりと笑う。
「なるほど……。たしかに、そうですね。彼らに辛苦を飲まされたエイゲルの気持ちを私はないがしろにしていました。エイゲルの手で終焉を迎えさせましょう」
私はグラスを掲げた。
父はにこやかにほほ笑んで同じようにグラスを掲げた。
■
エイゲルはすくすくと成長し、私ですら見ほれるほど立派な青年になった。年が十五ほど離れているため、末っ子の私にとってエイゲルは私の弟のような存在だった。
それを家族には見抜かれていたらしく、遠縁の子を養子にしたという建前でエイゲルは晴れて私の弟となった。
エイゲルは私を兄として慕ってくれたし、有能さを発揮して私と婚約者の誤解を解いて、素敵な恋人同士にしてくれた。
そんなある日、エイゲルの親族だというものが現れた。
聞いたこともない国名を名乗り、エイゲルはその国の王子だと言ってきたのだ。
「エイゲルの親だって? 隣国ならまだしも、そんな聞いたこともない国の王子だなんて信じられるもんか」
エイゲルを取られる恐怖から、私は子供じみた文句を言い出した。エイゲルは困ったように顔を曇らせたが、父は私をどやしつけた。
「サヴァト王国は我が国に貴重な魔石を輸出してくれる重要な国だ。エイゲルの銀色の髪、紫の目はサヴァト王族の色に間違いない! わしとて可愛がっていたエイゲルが去っていくのはつらいが、あの子の幸せを思うならあきらめろ!」
父が流す涙を見て私はようやく、悲しいのは自分だけじゃないと悟った。
こうしてエイゲルは本当の親と再会を果たした。
美しい銀髪の髪、紫の目をした国王夫妻はエイゲルを抱きしめ、涙を流して会えたことを喜んでいた。
養子縁組が解消され、エイゲルは家族ではなくなった。私も家族も悲しくてたまらなかったが、エイゲルの幸せな顔を見ると、寂しさも和らいだ。
「兄さん。ありがとう。あなたのおかげで俺は幸せです」
エイゲルは綺麗な笑顔を私に向けてくれた。
私は涙を流してエイゲルに縋った。小さかった身体は私とほぼ変わらないくらいになっていた。
「元気でなエイゲル。会いに行くよ!」
「うん。兄さんもお元気で」
エイゲルは馬車に乗り込んだ後も私に手を振っていてくれた。
だが、涙に塗れた私はもう、馬車を最後まで見ることができなかった。
「エイゲル大好きだよ。 幸せにな!」
私は空に向かって大きく叫ぶ。
届いていることを願いながら。
■
サヴァト王国の馬車は街道から外れ、砂利道を進む。
いくつもの街を抜け、一途にある街を目指す。
「本当に会えてようございました。お姿を消した時は一体どうなることやらと思っておりましたが、ご無事でなによりでございます」
銀髪の女性……王妃が深くエイゲルに頭を下げる。彼女は王妃ではなく、エイゲルの実父の臣下である。
「行方が分からなくなったときは一同肝が冷えました。お父上もお母上もご到着を待ちわびておりまする」
国王の役をした臣下も同じように頭を下げる。
「うん、迎えに来てくれてありがとう。妖魔にさらわれて魔力も尽きて一時はどうなることかと思ったけど、優しい彼らのおかげでなんとかなったよ。彼らには十分なお礼をよろしくね」
エイゲルはにこやかに言う。
「もちろんでございます。お父上もお母上もそれはたいそう感謝しておいでで、未来永劫あの領地には誰も一切手を出すなと厳命の上、加護を与えることを決定されました。干ばつも洪水もあの領地には起こりますまい」
臣下の男が答えるとエイゲルは満足そうに笑む。
「それは良かった。それと、グレンダク町にはあとどれくらいでつきそう?」
「あともう少しでございます。近衛兵がすでに取り囲んでおりますれば、逃げるすきもございません」
「それは何よりだよ」
エイゲルは笑った。
エイゲルがグレンダクに来たのは、護衛を撒いて遊んでいるところを盗賊に攫われたからである。まだ幼い彼には何の力もなく、助けを呼ぶことができなかった。
カレティックに拾われなければ死んでいただろう。
「それにしても兄さんたちが僕にグレンダク町を割譲してくれたなんて本当に嬉しいなあ。僕の手で始末を付けられるように考えてくれていたんだね。」
「実に汚れなき純粋な魂です。私も僭越ながら加護をいたしましょう」
エイゲルは優しい家族のことを思って笑みを漏らす。
幸せな日々を反芻していると、ガタンと音が鳴って馬が嘶いた。
「ああ、ようやくついたね。この日を待ち焦がれていたよ」
エイゲルは従者よりも早く馬車から降り立った。
街はあとかたもなく焼け落ち、黒づくめのサヴァト王国の近衛兵が整列してエイゲルを待っていた。
「お待ちしておりました。住人は全て捕えて広場に集めております」
隊長が跪いていうと、エイゲルは満足そうに笑う。
エイゲルが街に着くと恐怖に顔を染め上げた人間が凍えるように震えている。
彼らはエイゲルを見ると慈悲を乞い始めた。
「お許しください! 知らなかったのです。まさかあなた様が高名な国の王子だなんて! 知っていたら絶対に手を出しませんでした!!」
やつれた顔で叫ぶのは町長だった。
病人のように青ざめる彼にエイゲルは微笑みかける。
「つまり、王子じゃなかったらやるってことでしょ? まったく反省していないじゃないか。ああ、本当に邪悪で救いようのない魂だね」
エイゲルは嬉しそうに笑った。
町長は泣きながらフォレンド夫妻に責任転嫁し始めた。
「あの時はフォレンド夫妻に騙されていたのです! 彼らがエイゲル……様を悪く言ったために我らは誤解をしてしまっただけで……」
「そ、そうです! 悪いのはすべてフォレンド夫妻です!」
町長の言葉に街の人々は鸚鵡のように同じ言葉を繰り返した。
「相変わらず都合が悪くなれば誰かを犠牲にするやり方は変わってないんだね。 となると、そういえば僕がいなくなったあと、彼らがその役を担ったのかあ。因果応報とは面白いよ。でも、それだと君たちに報いがないとおかしくないかい?」
尋ねながらも、答えが決まっている言い方だった。
言いしれないエイゲルの気迫に町長たちは身震いした。底冷えするような恐怖が彼の周りから立ち込めている。
「お、お許しを、どうかお許しを! 街の者の命は差し出しますからどうかワシの命だけはお助けを!!」
町長は床に伏せてエイゲルに請願した。
街の人々は町長の裏切りに激怒し、町長に酷い言葉を浴びせた。
エイゲルはその様をしばらく楽しんだ後、町長に優しい言葉をかける。
「いいよ。お前の命は許してあげよう。代わりに街の人間の命は貰うからね」
その言葉に町長は喜色を浮かべた。
恐怖から解き放たれた彼は狂ったように笑い、街の人々を嘲笑った。
「ハッハッハ。しょせん、ワシとお前たちでは立場が違うんだ! これでよくわかっただろう。ガッハッハ」
町長は笑い終わると、エイゲルに向き直り、媚びた笑顔を向けた。
「さあ、殿下。こいつらをいかがいたしましょう! 鞭でぶちましょうか、棒で叩きましょうか、それとも石で打ちましょうか?」
彼がそういったとき、エイゲルは迷わずはっきりと答えた。
「魂」
しかし、町長はすぐには反応できず、呆然としていた。
「す、すみません。よく聞こえませんでした。もう一度おっしゃっていただけますか?」
「魂だよ。さあ、お前たち待たせたね! 極上の汚れた魂だ、存分に味わって食べるがいい! 躯は魔獣に食わせてやれ。上等とは言えないが、たまにはこういうのもいいだろう」
エイゲルが叫ぶと近衛兵の頭からにょきにょきと山羊のように鋭く、曲がりくねった角が生えてきた。
指先の爪が鷹の爪のようにとがり、口元から狼のような鋭い牙が伸びる。
あちこちで悲鳴が上がる中、町長はエイゲルを見つめた。
「こ、これはどういうことなのですか? あの角は! あの爪は! あの牙は!」
恐怖にひきつる彼の問いにエイゲルは美しい顔で笑う。
「僕たちの本性だよ。お前たちは全く気付いていなかったけど、僕たちは悪魔なんだよ。邪悪な魂と脂ののった肉をこよなく愛する闇の住人さ」
笑うエイゲルの口に牙が伸びる。
「幼い僕は悪魔としての力がなかったからお前たちの暴力にも耐え忍ぶしかなかったけれど、力を得た今はむしろ感謝しかない。これほどまでに邪悪で醜い魂はそうそう手に入るものじゃないんだよ。おかげで僕の大事な臣下の腹をいっぱいに満たせそうだ」
広場はまさに阿鼻叫喚の地獄だった。
異形の化け物が人を襲い、血肉をむさぼり食っている。
町長が腰を抜かしてその場で尻もちをつくとエイゲルは子供に聞かせるように優しい声で言った。
「この国は僕ら悪魔の餌場の一つなんだよ。そしてその管理者がお前たちの国王なのさ。彼も頑張って美味しい魂を出荷してくれているけど、ここの魂には及ばないよ! そのお礼にお前だけは生かしてあげる。飾りやすいように加工するけどね」
エイゲルは怪しい笑みを浮かべながら、鋭い爪を町長の頬に突き立てた。
鮮血が噴出し、絶叫が響き渡る。
だが、幾人ものの悲鳴にまぎれてすぐに誰のものかわからなくなった。
痛みと恐怖に苛まされながら、町長はうすれゆく意識の中で思う。
わしたちは『身代わりの山羊』を作り上げ、すべての罪を着せた。どんな悪事を働いても、さばかれるのは山羊であってわしらではなかった。
そんな愉快で楽しい日々のせいで、わしらはずっと忘れていたんだ。
山羊が悪魔の象徴ということを……。
狩り場の国の人間にとって彼らは悪魔だが、そうでない人にとっては神でもある。
悪には悪を、善には善を。
神は汚れのない魂に加護を与え、その者が幸せであるように見守り続けるのだ。