たばこのポイ捨てを注意してみた
力を持ち、それを私欲に使わないことは難しい。どちらにしても力に脅える者は出てくるだろうし、完全なる正義だとは思わない。しかし、常に心掛けることは大事だ。自分を戒め、正義に使うと誓うこと。それは力を持つ者として、あるべき心の形であるはずなのだ。
妹は中学二年生。ある種そういう話を信じ込みやすく、一過性の正義なのかもしれない。でもだからって偽物という訳じゃなくて、素直で信じ込みやすいからこその本心であって、故に沙紗は正義の行使に、とても前向きであったのだ。
だからこうして今、俺と沙紗は張り込みを続けている。世界を変えるべく、兄妹の行うことは小さな正義の運動から。まるでユーチューバーの如く、見守る視線の先にある光景は――
「吸ってるね、お兄ちゃん」
「吸ってるな、ここは禁煙地区だぞ」
見るからに不良でヤンキーで、マンジな二人組が路上喫煙を嗜んでいる。灰もそこらに捨ててるし、恐らくこのままポイ捨てするはず。
「しかし、こんな小さい正義でいいのかよ」
「悪は悪だよ、お兄ちゃん。それに私たち、殺人犯を捕まえるような大きな捜査はできないもの。こういう小さな悪を摘んでいくのも大事なことだよ」
あれからというもの、沙紗は人が変わったように真面目になった。というより、元はというと沙紗は真面目で、影響は例の女共からのものだったのだろう。今やその恐怖もなくなり、沙紗は本来の沙紗を取り戻しつつある。
「捨てたよ!」
「よし、行くか」
群衆に紛れてしまう前に、男の肩を叩いては、吸殻を指さし注意を促す。
「あの、ポイ捨てはいけません――」
「あぁあああ!? てめぇ殺すぞコラァアアア!」
だ、駄目だ。話が通じない……
「あのですね、ここは禁煙地区であって、吸うこと自体も駄目なんです。せめて吸殻くらいは片付けましょうよ」
「だったらてめぇで拾えや! しばくぞコラァアアア!」
「まあまあ、待てよヒロくん。もしかして君たち、動画撮影の人だったり?」
やっぱり、そう疑って自然だよな。そういう系の動画、増えているもの。しかしこちらさんは、少しは話の分かりそうなやつだ。
「いえ、違います。単に悪いことしているから言っただけです。ね、お兄ちゃん」
「そういうこと。無断で撮影なんかしませんよ」
「あぁ、そう。だったらさ、こっち来いやコラァアアア! 攫ってボコボコにしたるけんのぉおおお!」
あはは、君たち純粋な東京の人だよね。無理して方言使わなくたっていいのにさ。
「いいですよ。ですがその前に、ポイ捨てした吸殻は拾ってくださいよ」
「調子くれてんじゃねぇぞコラァアアアァァァ……!?」
胸倉を掴まれて、しかしまったく動じない。高層ビルより頑丈なんだ、人の力でどうとなる訳はない。
「なんだこいつ……全然ビクとも……」
「調子に乗ってるのはあなたでしょ。社会のルールくらい守りましょうよ」
そうして掴む腕を握り返し、ぎりぎりと軽ぅく締め上げる。
「いたた、痛い痛い!」
「て、てめぇ! 何すんだ――って……」
身を寄せるもう片側の男の、似合わぬサングラスを引っぺがし、それを拳で固めてはビー玉サイズに圧縮してみせる。
「やろうと思えば、きっと君たちだってこの位にはできるよ」
「あ、あは、あははは……凄いっすね、お兄さん……」
そうして腕を離してやり、地べたの吸殻に指をさす。すると駆け足でそれを拾い、近くの喫煙所まで走り去った。
「うぅん、拾ってはくれたけど、改心したかは微妙だな」
「しょうがないよ、ポイ捨てくらいで暴力振るっちゃ駄目だからね。でも見つけたら都度注意していこうよ」
その後も、出ること出ること路上喫煙をかます人間たち。そして注意すれば怒りくるい、力を見せれば尻尾を巻く。もはやお決まりのテンプレ展開だ。これは以前から気になっていた、秋葉原の駐車場でもやるべきか。
そして家へと帰る道のりで、違法駐車を目撃した。車体を傷付けぬよう丁寧に車をひっくり返し、書置きを残してその場を後にする。目撃したドライバーの顔も見てみたいものだが、これについては二度と、違法駐車をしようとは思わなくなるだろう。
その日の買い物も同時に済ませて、晩ご飯の当番は沙紗だった。久々の沙紗の手作り料理、それは出来の悪いもので、しかし心はいっぱいに満たされる。
「まずいね、お兄ちゃん」
「んなことないさ。おかわりだ、沙紗」
こっ恥ずかしそうに茶碗を受け取り、拙い手付きでご飯を盛り付ける。それを見ていると、死ねなかったことがようやく、幸運に思えてくるのだった。生きていて良かったと、沙紗と今生で和解できて、心から嬉しかった。
「あのね、お兄ちゃん。ポイ捨ての他にも気になることを見つけたの」
「ん、なんだ沙紗」
「違法駐車もだけど、車の運転の方だよ。信号無視にスピード違反、結構してるの多いなって」
「確かになぁ、警察も全てを見れる訳じゃないからな。じゃあ、明日はそいつらを取り締まってやるか」
「うん!」
鉄の塊を暴走させる、当たり前に発生していて、それでいて凶悪な代物だ。近付けば危険だが、しかし俺にはそれが叶う。罰金なんか目じゃない、恐ろしい神罰を与えてやろう。