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すず、あんたに紹介したい人がいるんだけど

「すず、あんたに紹介したい人いるんだけど。」


一限目が終わり、次の授業は何だっけかと黒板の横に貼ってある時間割表を見つめていると、千佳ちかがスマホを片手に私の机にやってきて、そう言った。


「え?紹介?」


「そそ。男の子。」


男の子、という単語を聞いてどきりとした。

男の子を紹介したい、という事と、この千佳のテンションの上がり具合からして多分恋愛的なあれを期待しての提案だ。

寝耳に水の話に、私は思わず体が固まる。


三隅みすみ高の子。

他校なんだけど、彼氏の地元の友達なの。

昨日初めて会ったんだけど、すごく良い子でさー。

しかも今フリーって言うから、ぜひすずに紹介したくって!」


そう言いながらスマホをすすす、と動かすと、とあるアプリのIDとQRコードが表示された画面を見せてきた。


「これ、連絡先!今から送るね?」


「ちょ、ちょっと待ってよ!展開早すぎ!」


千佳とは高校に入ってからの仲で、そろそろ一年経つが、彼女の猪突猛進的な所は未だに驚かされる。

特に恋愛の事となると、更に周りが見れなくなる傾向にある。


「えーー!だってさ!だってさ!!

こんなすずに似合いそうな人初めて会ったから、もうこれは運命だと思って、一刻も早く言いたかったの!」


だからこんな一限後の短い休憩中に、処理しきれない話を持ち出してきたのか。


「だったら、昨日のうちに連絡してくれればいいのに。こんな突然言われても…」


「こういうのは、ちゃんと顔合わせて聞くべきでしょ?」


「…はあ。」


千佳は変な所で律儀なのだ。


「で、どう?

もしかして他に気になる人でもいんの?」


「いや、別にいないけど。」


「じゃあいいじゃん!

他校の子なんだし、別に気まずくなっても会う事ないしさ!」


「え、千佳が気まずくなんない?」


「私そういうの気にしないよ?

てか、彼もそんな気がする。」


千佳は勘で行動するタイプである。

しかも結構するどかったりするので、もしかしたらそうなのかも、と何も言えなくなった。


「ていうかこれ…もう断る余地ないよね?」


「むしろ断る理由なくない?

すずも彼氏欲しい的な事言ってたじゃーん。」


「うっ……。」


まあ、世間一般的に恋人欲しい願望はある。

千佳と彼氏の遥太はるたくんの仲良しな所を見ていると、どうしても羨ましく思うのだ。


でも突然すぎて、それに紹介なんて初めてで、最初から恋愛対象として見たり見られたりする事が何だか恥ずかしい。


結局私がもたもたしている間に、千佳はその人の連絡先を私に送った。

そんな気を負わずに、友達が増えると思って!なんて言われたけど、いやでも意識してしまう。


相澤あいざわ げんくん、か。)


アイコンは特に設定しておらず、ユーザー名もシンプルに名前だけ。

顔写真とか、なにか知れたら良かったけど、何も情報は得れない。


ふと、私はどうしてたっけ!?と慌てて確認すると、アイコンはうちで飼ってる猫の写真で、すず、とだけ設定していた。

相手の情報は皆無なのだし、なんだかフェアにいきたかったので、ほっと息を吐いた。


(一体どんな人だろう。千佳が言うくらいだし、きっと良い人なんだろうけど。)


どうやら最初はあっちから連絡してくれるらしいので、私は待つだけ。

おかげで昼休憩になるまで、鞄にしまったスマホが気になって気になって仕方がなかった。


「どう!連絡きた!?」


休憩時間ごとに確認してきた千佳は、今回もチャイムと同時に弁当を持ってやって来た。


「きてないよ。うちと違って、自由に使えないんじゃない?」


別にうちの高校だって、全面スマホOKなんて事はないけど、先生の前で出さなきゃ大丈夫という暗黙の了解があった。

きっと先生達も、私たちがこそこそ使ってるのは絶対に知っているけど、たまに指導が入るだけでわりと緩い。


「そっかー。でもさすがに昼休憩中なら来そうじゃない?

多分私の彼氏もせっついてるから。」


「ほんとあんた達って似たもの同士ね。

世話好きというかなんというか。」


その瞬間、スマホがブッ…と震えた。

思わず私と千佳の目がそれに向かう。


予想通り、液晶には“相澤 弦”という名前と共に、新着メッセージが一件届いている事が表示されていた。


「きたきたきたきたー!ほら、開いて開いて!」


「ちょ、は、早すぎない?」


「別にいいじゃん!どうせいつかは見るんだから。」


なんかずっと気にしてました感出るのではと思って少し渋ったが、千佳の推しに負けて私はスマホを手に取った。

実際、かなり気にしていたんだけど。


パスワードを入力し、アプリを開く。

ドキドキしながら、彼の名前をタップした。


『初めまして

相澤弦です

よろしく』


なんという、シンプルな文章。

絵文字も何もない武骨な感じに、なんか男の子だ、と当たり前の事を実感した。


「はは!相澤くんらしい〜!

まさにこんな感じよ。クール系というか。」


「…そうなんだ。

って何勝手に覗いてんの。」


いつの間にか私の画面を覗いていた千佳を、軽く小突く。


「へへ。ごめんなさい。」


千佳はにやにやしながら近くの席から拝借した椅子に座り直すと、お弁当の包みを開いた。


「なんて返そう。」


もう、あちらには私が読んだ事は知れているため、ご飯を食べる前に何か返信しなければならない。

こんな風に男の子とメッセージを送り合うなんて初めてだ。

中学の頃に一人だけお付き合いした時もあったけど、あの頃はまだスマホを持たせてもらえなかった。


「相澤くんみたいに自分の名前と、よろしく、で良いんじゃない?」


「…そうね。」


私は入力する場所をタップして、文字を打つ。


『羽柴すずです

こちらこそよろしくお願いします』


結局私のスマホを覗いていた千佳が、私が打った文章を見て目を開いた。


「そこまで合わせなくても。

せめて語尾にニコニコマークつけたりさ、もっと愛想良くしなよ。」


「だって…元からそういうのあまり使うタイプじゃないし。」


「まあ、そうだけどさ。

でもでも、もうちょっとくらい柔らかい感じ出しても…あ、ほんとに送っちゃったの!?」


あれこれ考えたってしょうがないと思った私は、そのままの勢いで送信ボタンを押した。

そしてすぐにスマホの画面を机に伏せる。


「嘘でしょ!?ほんとに送るなんて!ははは!!」


腹を抱えて笑い出す千佳を横目に、私はお弁当の包みを開いて食べ始める。

だって柄にもない文章を友達の前で送るなんて普通に恥ずかしいし、それに取り繕ったってしょうがない。

少し大きめの卵焼きを一口で頬張った。


「見かけによらず男らしいよね、すずって!」


「…相手に合わせて送っただけなのに、そんなに笑う?」


「いやだって、普通もうちょっと媚びるでしょ。

あんたって男の子にもそんな感じなのね〜。」


千佳はひとしきり笑った後、お茶を一口含み、ふうと息を吐いたと思うと、ぐっと私に近づいた。


「そんなすずちゃんに、良い事を教えてあげる。

最後は質問で返すといいよ。」


「し、質問?」


突然の至近距離に、思わずのけぞる。


「そう。長くやり取りをするための基本よ。

質問で終わらせたら、答えが返ってくるでしょ?

会話が続くし、そこからまた話題が広がったりするのよ。

特に二人は学校違うし、スマホのやり取りだけなんだから、途切れさせちゃったら終わりよ。」


そう言って、千佳は満足げに姿勢を正すと、再び弁当に手をつけ始めた。


私はご飯を頬張りながらたしかに、と納得する。

思ったより的確なアドバイスに、さすが彼氏持ちは違うわと感心した。


「せっかくくれた機会だし、一応頑張ってみるけど、あんまり期待しないでね。

こんなの初めてだし、早速素っ気ない返ししちゃったみたいだし。」


「あ、いいのいいの。

さっぱりしてる子がタイプって聞いてるから。

だからすずを紹介したんだし。」


衝撃の事実が発覚。

どうやら千佳の見立てによると、私は彼のタイプに当てはまっているらしい。

そんなの聞いたら余計連絡しづらいじゃないと思いながら、すっかり味気なくなった弁当を無心で食べた。


結局その後は返信は返って来ず、5限、6限と終わって、放課後となった。

私はテニス部に所属しているため、荷物をまとめて部室へと向かう。


「あ、すず!どう?返ってきた?」


教室を出ようかとした時、慌てた様子で千佳が声をかけてきた。


「いや、まだだけど。」


「えーそうなのー?

うーん、たしかにすずが言ってた通り、あんまり学校じゃ触れないのかもしれないね。

明日またどうだったか聞かせてね!」


じゃ、部活ファイトー!と言いながら嵐のように去っていく友人に小さく手を振る。

千佳のそのプラス思考が羨ましかった。

そう、私は素っ気ない返しをしてしまった事に後悔していた。


果たして本当にスマホを触れないだけなのか?

あまりにも素っ気なさすぎて、返信に困っているだけじゃないのか?


既読がついているかどうかも見ていない。

私は考えない様にするため、いつも以上に部活に勤しんだ。


「今日のすず、気合い入ってたねー。

先輩のエグいコースに食らい付きまくってた!」


「そ、そう?

結局2回くらいしか返せなかったけど…。」


終わりの挨拶と軽いミーティングの後、同じ部活仲間の真波まなみと一緒に更衣室へと移動する。


今日の私のただならぬ空気はダダ漏れだった様だ。

でも没頭できたおかげか、少し心が落ち着いた気がする。

中学から始めて惰性でやってた所があったけど、やっぱりスポーツとはいいものだ。


という訳でもなかった。

例の物に近づけば近づくほど、やっぱり緊張していく。

扉を開けて、鞄の前に立つ。

ドキドキしながら、スマホを手に取った。


「……!!」


「え、なに!どしたの!」


私が突然スマホを落としたからか、真波が驚く。


「ご、ごめん。手が滑っちゃって。」


「大丈夫?画面、割れなかった?」


「うん。セーフセーフ。」


慌てて取り繕うように笑う。

私がスマホを落とした理由、手が滑ったのは間違いないが、相澤くんから返信が来ていたことに驚いてしまったからだ。


今すぐ読みたいが、今読むと、すぐに返さなければならない。

帰りのバスを待っている時にでも、ゆっくり読んで返信を考えよう。

そう決めて、手早く制服に着替えた。


「すず、オッケー?」


「うん。」


「じゃ、行こっか。

お疲れ様でしたーお先に失礼します。」


「失礼します。」


先輩達に挨拶して、学校を出る。

一緒に帰るといっても、真波とは校門までだ。


「わー、すっかり暗い!もう11月だもんね。

バス停まで自転車で送ったげようか?」


「え!?あ、いいよ大丈夫大丈夫。

結構人通りもあるし。」


「そう?遠慮しなくてもいいのに。」


結局我慢できなくて、歩いている最中にとりあえず彼の返信を読んでみる事に決めていた私は、せっかくの真波の気遣いに感謝しつつも、お断りした。

まじごめん真波。


一緒に真波の自転車をとりに行き、校門で別れる。

しばし歩いてから、スマホを開いた。


『今終わった

うちの学校、わりと厳しくて返せなかった

これくらいの時間からなら大丈夫です』


予想通りの展開に心底ホッとした。

返信に困っていた訳じゃなさそう。全然普通だ。


学校からバス停まで約3分の間に、私はどう返そうか頭を巡らせる。

やがてバス停に到着し、ほかの生徒達と並んでスマホにメッセージを打ち込んだ。


『私も今部活終わって、帰る所です

三隅高って厳しいんだね

気にしてないから大丈夫』


嘘つけ、めっちゃ気にしてたくせに、と自分にツッコミをいれつつ、送信ボタンに指を近づける。

その時、ふと千佳のアドバイスを思い出した。

指を止め、再び文字を打ち始める。


『相澤くんは、何か部活してる?』


千佳に教わった通り、質問で締めてみた。

なるほど、確かにこれなら続きそう。


しばらくしてバスが到着した。

それに乗り込んで座席に着くと、相澤くんから新着メッセージがきていた。

慌てて確認する。


『お疲れ様です

俺は何も入ってないよ

羽柴さんは何部なの?』


(わー続いてる!続いてる!)


私はにやつきそうになる顔を必死に抑えながら、文字を打つ。


『テニス部だよ

中学から続けてるの

全然強くないけど…』


すぐに既読がついた。


『へー

俺も中学の時バスケ部で、高校も続けるつもりだったんだけど、まさかのうちの学校バスケ部なかったっていう』


思わず吹き出しそうになるのを堪える。

可哀想すぎる。


『そんな事ある?笑

それは残念だったね』


『何度も確認したよね

別にバスケしに来た訳じゃないからいいんだけど』


『三隅高、進学校だもんね

やっぱり大学目指してるの?』


『そのつもり

具体的にはまだ決めてないけど

羽柴さんは?』


『私もかな

そっち程じゃないけど、うちも一応進学高だし』


敬語混じりだった会話は、やり取りのスピードが早いおかげですぐに解かれた。

千佳がクール系って言ってたから、最初の武骨な感じが続くのかと思ったら、普通に話しやすい。


私もいつの間にか相手が男の子とか気にせず、普通に友達と会話している感じで文字を打っていた。

結局バスに乗っている間、ずっと彼とやり取りをして、それは寝る寸前まで続いた。


「おっはよ!すず!

で?で?どう??」


翌日。

すぐに私の所にやって来た千佳は、期待に満ちた顔をしていた。思わず顔が熱くなる。


「やっぱり、学校厳しくて触れなかったんだって。

それで、部活終わった後に、いろいろ、やり取りした。」


「きゃーー!なんかワクワクするー!

相澤くんどう?」


「どうって…普通に、話しやすいよ。

なんていうか、楽しい…かも。

って、ニヤニヤするな。」


にやつきが抑えきれていない千佳に軽くチョップをかまして席に着く。

千佳はまだ私を解放する気はない様だ。


「やっぱりねー、気が合うと思ったんだよね。

で?今もやり取りしてんの?」


「うん。多分あっち学校着いたから、返って来てないけど。」


朝起きたら彼からメッセージが来ていて、なんだか嬉しかった。そこから少しだけやりとりをして、今に至る。


「…ねえ、千佳。」


「ん?」


「相澤くんって、どんな感じ?

その、見た目というか…」


「お!お!気になってるねー?」


「もう、からかわないで!」


だから聞きたくなかったのだ。

昨日からのやり取りで人となりはなんとなく分かった。

多分、かっこいい人なんだろうなっていうのも(願望もあるかもしれないが)何となく分かる。だから気になってしまう。


「相澤くんも、遥太も写真撮らない人だからさー手元にないんだよね。

でも私は自信持ってオススメするよ!

背高いし、塩顔イケメンってかんじ!」


「え、(やば、最高じゃん)」


思わず口から出そうになった言葉を慌てて飲み込む。

正に理想すぎて心臓がドキドキしてきた。


「あんたのお気に入りの俳優さんも塩顔でしょ?

抜かりはないですよ、すずさんや。」


「…千佳、あんたと友達になれてこんなに感謝した事ないわ。」


「ふっふっふっ…でも本当に良かった!

すずが気に入ってくれそうで。」


まさか私もたった1日で、こんな気持ちになるとは思わなかった。

私はもう、大分彼のことが気になっている。


「すずにはお世話になったからね。

私と遥太が付き合う時。」


「世話なんて、そんな大層なことしてないよ。

話聞いてただけだし。」


「いやいや、あんたの潔いアドバイスのおかげでとんとん拍子に進めたもん。

だから今度は、私がお世話する番。」


本当に大したことしてないんだけどな、と思いつつも素直に受け止める事にした。


「っていうか、ここで言っててもしょうがないし、さっさと会っちゃおうよ。うちらも協力するし!」


千佳の突然の提案に体が固まる。


「も、もう?」


「遅かれ早かれ会う事になるんだしさー。

すず、今週部活休みの日ある?」


「木曜だけど…」


「明後日か!よし!遥太にも聞いてくる!!」


そう言って、千佳は私が止める間もなく別のクラスにいる遥太くんの所に行ってしまった。


(相澤くんに、会えるの…?)


その現実に、もうふくふくと期待が膨らむ。


しかし、結局その木曜は、遥太くんはバイトで、まさかの千佳もその日予定があったのをすっかり忘れていて、なしになった。

色々あって来週の木曜、という話に落ち着いたけど、千佳からは、うちらの事は気にせずもうちゃっちゃと二人で会っちゃっていいからね!なんて言われた。

だけどそんな度胸、私にはない。


(来週、か…。)


もしかして明後日にも会えるかもしれないと思っていた私は、少しだけ残念だった。

少しだけ?いや、かなり。


その日も、私が部活が終わった後からやり取りが始まって、私は更に相澤くんの事を知っていく。


自転車通学な事。妹がいる事。

小学校の時から飼っている亀がいる事。

数学が得意で、美術は苦手な事。

癖っ毛である事。


知れば知るほど、もっと知りたくて、その翌日も私たちはいっぱいやり取りした。

本当はいけないのに、日中も少しだけ返してくれて、思わずときめいた。


こうなると、ますます会いたくなってしまう。

すでに、というかかなり相澤くんに惹かれてる。


来週会う事になっているけど、正直待ちきれない。

でもそうなると、やはり自分から誘わなければならない。

会う事が決まってるのに誘うなんて、なんかもうこれ好きって言ってる様なもんじゃない!?と思って、踏み切れなかった。


木曜日。

今日は部活が休み。

特に予定もないのでバス停へと向かう。


椅子に腰掛けて、彼に返事を返す。

すると、すぐに返ってきた。


『今日早いね

もしかして部活休み?』


『うん

今バス待ってる所』


すぐに既読がつく。

けれど、珍しく返信がこない。

何かあったのかな、とポケットにしまおうとした時、ブッ…とスマホが振動した。


『そっち行ってもいい?』


「……っ!!」


再びスマホを落とす所だった。


(え、ちょ、え、来るってこと?

ここに?相澤くんが?)


一気にドキドキと高鳴り出した心臓と、震える手を抑えながら、文字を打つ。答えは決まっている。


『うん』


まさか、こんな展開になるなんて。

またすぐに既読がついた。


『バス停って学校の近く?』


『うん』


『ちょっと待ってて、チャリで行く』


『分かった

気をつけてね』


『寒いのにごめん

なるべく急ぐ』


『大丈夫だよ

待ってるね』


私が送ったメッセージに既読はつかなかった。

すぐに向かってくれているのだろう。


(ついに、会える。相澤くんに、会える。)


もう心臓を通り越して、体全体がドクンドクンと脈打っている。

何だか落ち着かなくて、何度も何度もスマホを見る。


乗らないバスを何台か見送りながら、30分くらい経ったろうか。

私の後ろ辺りで、自転車のブレーキ音が聞こえた。


振り向きかけて、咄嗟にやめる。

もしかして、と思うと体が固まり、せっかく落ち着きかけた心臓が、またうるさくし始めた。


ややあってから、自転車を止める音と、こちらに向かう足音がし出す。先程バスが発車したために、バス停には私一人。


(相澤くんだ。絶対そうだ。)


確信した私は、スマホをカバンにしまって立ち上がる。

ゆっくり振り返ると、予想通り、三隅高の制服を着た男の子が立っていた。


(…ほんとに実在したんだ。)


今までスマホでしかやり取りしていなかったから、まず始めに思った感想はそれだった。

あの相澤くんが、私の目の前に立っている。


初めて見た相澤くんは、思ったより背が高かった。

千佳の評判通り、かっこいい。

よっぽど急いで来てくれたのだろう、鼻と耳が少し赤かった。

風で乱れしまった噂の癖毛を見て、私、この人の事、好きだ、と静かに確信した。


「羽柴さん…?」


初めて聞く声。

相澤くんって、こんな声してるんだ。


「はい。初めまして。」


小さく会釈する。


「相澤弦です。こらちこそ…初めまして。」


相澤くんも小さく会釈する。

あんなに寝る間を惜しんでまで、会話していたというのに、また最初の頃に戻った様だ。

気まずい空気の中、勇気を出して口を開く。


「遠いのに、こんな所まで来てもらっちゃって…ありがとう。」


「いや、かなり待たせちゃって、ごめん。

寒かったでしょ。」


「ううん平気。

相澤くんの方が寒かったろうし。」


「俺は平気。」


再び訪れる沈黙。


「…なんか、緊張するわ。」


そう言って頭を掻く相澤くんに、なんだかキュンとする。


「そう、だね…。」


「あのさ。」


相澤くんが、意を決した様にこちらを見つめた。

頬が熱くなる。


「折角だから、少し話したい、んだけど。

どっかで、暖かい飲み物買って。」


「も、もちろん!

近くに公園あるから、そこに行こう。」


相澤くんは自転車を押しながら、私はその隣に並んで歩く。

何か会話しなきゃ、と頭を巡らせていると、


「あそこのベンチにしよう。

近くに自販機あるし。」


そう言って彼が指を差した。


人通りも少ないし、確かに良さそう。

私は同意すると、まず飲み物を買うため、自販機の所へ向かった。


「羽柴さん、何にする?」


「いいよ、私自分で買うから。」


「いや、さすがにここは俺が出す。」


「あ、うん。ありがとう。じゃあ、ココアで。」


有無を言わさない雰囲気に男らしさを感じて、またときめいた。素直に彼に従う。


「はい、どうぞ。」


「ありがとう。」


初めて男の子に買ってもらったココア。

両手で持つとじんわりと暖かさが伝わる。


「じゃあ、座ろっか。」


そして私達は近くのベンチに腰掛け、そのまま無言で缶のプルタブを開けた。

何を話そう何を話そう、と再び頭を巡らせていると、相澤くんこちらに向いた。


「…寒くない?」


「うん、大丈夫。これのおかげ。ありがとう。」


そう言ってココアを掲げると、相澤くんがにこりと笑った。

当たり前にときめく。


それからぽつぽつと会話が始まり、最初の頃よりは、かなり打ち解けた空気になってきた。

今までのやり取りを振り返ったり、

私も彼も、声を出して笑う回数が増えてきた頃、突然相澤くんがふう、と長めのため息を吐いた。


「どうしたの?」


「いや、俺ほんと何も考えなしに来たな、と思って。」


情けない、といった感じに言うので、私も思わず言葉に詰まる。


「俺のわがままで待ってもらったのに、何も考えずにきたせいでめっちゃ緊張して、俺最初喋れなくって。

ほんとなんていうか…気遣わせちゃって、ごめん。」


何でそんな事言うの。

考える前に、私に会いたいと思ってくれたという証拠なのに。


「ううん、その、」


言ってもいいんだろうか。言っちゃったら、これってもう好きって言ってるのと変わらないんじゃない?

そう思ったけど、彼に私を意識して欲しくて、覚悟を決めた。


「すごく、嬉しかった。会いに来てくれて。」


相澤くんの顔が見れなかった。

真っ直ぐ前を向いたまま、伝える。

誤魔化す様にココアを一口飲んだ。


「…俺、そんな柄じゃないくせに、こんな突拍子もない行動してて、自分でも驚いてる。

来週会えるって分かってたんだけど、なんていうか、待ちきれなくて。」


思わず相澤くんを見た。

彼も、同じ事を思ってくれてたんだと知る。


「部活休みって聞いて、いても立ってもいられなくて」


相澤くんもこちらを見た。

しっかりと、目が合う。


「俺も、会えて嬉しい。」


その瞬間、きっと彼も私を意識して欲しいんだと分かった。

数秒間見つめ合う。これは、もう、


「羽柴さん。」


彼に名を呼ばれて、トクン、と胸が高鳴る。

私は、彼の続く言葉がもう分かった。


「こんな、会って間もないのに、チャラいって思われるかもしれないけど。」


頬が熱くなる。


「俺と…付き合ってくれないかな。」


望んでいた言葉が聞こえて、一瞬、涙が出そうになった。

“はい”、そう言いたかったのに、喉が張り付いて声が出なくて、代わりに小さく頷いた。


「…良かった。」


ほっと安心した様に笑う相澤くんに、私もつられて笑う。

ああ、私、この人の彼女になれたんだ、とじわじわと嬉しさが込み上げる。


でも突然恥ずかしくなってきて、慌ててココアを口に含んだ。

相澤くんもコーヒーを飲んだ後、はーーーと大きくため息を吐きながら両手で顔を覆った。


「こ、今度はどうしたの?」


「…今日、言うつもりなかったんだけどな。」


「え、なんで。」


「だって…チャラいじゃん。なんか。」


どうしてもそれが引っかかっているらしい。

たしかに、まだ会って一時間も経ってないかもしれないけど、きっと私達は出会う前から惹かれ合っていたから、しょうがない気がする。


「そんな事ないよ。私も、言ってくれたら良いのにな、って、思ってたから。」


ほとほと自分の潔い性格には呆れる。

自分で言って、かなり恥ずかしくなって来た。

言ってから後悔しても、もう遅い。


「…まじで、こんな事言うキャラじゃないのにな…。」


そう呟く様に言うと、相澤くんがこちらをちらりと見た。


「羽柴さんが、想像以上に可愛くて、我慢できなかった。」


「なっ…!」


私は行き場のない気持ちを発散させたくて、無意識に相澤くんの肩を叩いた。


「はは、照れてる。」


「そ、そりゃ照れるよ!何それ!」


「羽柴さんの照れ隠しの仕方、可愛いね。」


更なる追い討ちに、もう言葉にならなくて、また肩を叩いてしまった。

そんな私の様子を見てケラケラ笑う相澤くんに、意外と意地悪な所があるんだと、知った。


「あー恥ずかし。なにやってんの、俺達。」


「恥ずかしい事言ってんのは、相澤くんだけでしょ。」


「そんな事ないでしょ。

羽柴さんも大概恥ずかしい事言ってるよ。」


「またそうやって!」


思わず手が出そうになるのをグッと堪えた。

さすがにほやほやの彼氏を、何度も叩くなんて。

せめてもの抵抗で、ぷいっと前を向いた。


「ねえ、羽柴さん。」


「…なに。」


「手、繋いでも良い?」


突然の申し込みに、息をするのを忘れた。

結局、相澤くんの方に向いてしまう。

彼は、いたって普通の表情をしていた。


「なんなら、キスしてもいい?」


そして更なる爆弾を投下されて、頭がぐらりとした。

確かに、彼とはまだ会って数時間だが、この4日間のやり取りで何となく人となりは分かっている。

そのため、彼がどれだけらしくない事を言っているのか、私でも分かった。


「…相澤くん、キャラ変してない?」


「うん、なんかもう吹っ切れた。」


そう言った彼の表情は、本当に清々しい顔をしていて、ああ、これは本気なんだと思って、手にじわりと汗をかいた。


「な、なんか、さすがにチャラい、かも。」


「…だよな。」


そう言うと、再び両手で顔を覆う。

この言葉、彼にとってかなり効くようだ。


私を大切にしたい気持ちと、触れたい気持ちでせめぎ合っているのだろう。優しい人だな、と更に愛おしく感じる。


「手を、繋ぐぐらいなら。」


さすがに後者は恥ずかしすぎるけど、私も彼に触れたかった。

その顔を覆う大きな手と、繋いでみたい。


「……。」


無言で左側に座っている相澤くんが右手を差し出す。

私はゆっくり手を伸ばして、その手に自分の手を絡めた。


ぎゅっと私の手を包む大きな手。

硬くて、ごつごつとした男の子の手。


ベンチの上で繋いでいた手は、そっと相澤くんの膝の上に誘導された。

自ずと、私たちの距離が近くなる。


「…呼び方、どうしようか。」


静かに相澤くんが口を開く。

顔を見れなくて、お互い前を向いていた。


「せっかく付き合ったんだし、やっぱり…下の名前?」


「じゃあ、すずちゃんで。」


「ふふ、ちゃん付けって。」


相澤くんに名前を呼ばれて、笑って誤魔化した。

本当は大きな声で叫びたくなるくらい、嬉しい。


「呼び捨ては、もうちょっと慣れてから。」


「そだね…じゃあ、私も、弦くんで。」


しばらく沈黙が続く。

弦くんが無言で私の手を親指で撫でている。

愛おしい時間。撫でられる度に心臓がキュッとする。


「すずちゃん」


至近距離で呼ばれて、ドキドキしながら弦くんの方を向いた。

予想通り、顔が近い。


そしてどちらからということもなく近付いて、私達はキスをした。


柔らかく、少しだけ冷たい唇が私の唇に触れる。

何秒間かそうして、ゆっくり離れると、私達はまた前を向いた。


「…ごめん、また我慢できなかった。」


「…ううん。気にしないで。」


そう言うのがやっとだった。

繋いだ手はきっと汗ばんでる。でも、離したくはない。


「…なんか、めっちゃ好きだわ。」


呟く様に言う弦くんに頷くと、また目が合った。

私は、ゆっくり目を瞑る。


明日、なんて千佳に説明しようかな、と思いながら。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

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