クラスで氷姫と呼ばれている完璧美少女の鞄がスカートに引っかかってパンツが見えていた。指摘したその翌日もパンツが見えていた。
頭の悪いラブコメです。
カクヨムにも投稿しています。
──白だった。
さて、人生は選択の連続である。
日々の些細なことから人生の岐路に至るまで、我々は選択し続けなければならない。
そしてその多くは二択問題と言えよう。
やるか、やらないか。
目の前の事象に対して一つ一つやるかやらないかの選択をしていくのである。
そしてその積み重ねが唯一無二の人生になっていくと──俺はそう思うのだ。
そして今日も俺──瀬川新は選択の時を迎えていた。
五月、GW明け。
朝七時半になろうかというところ、家の近くのバス停にて。
珍しく普段より一本早めのバスに乗ろうと、寂れたバス停に向かった俺は一人の女子生徒を見つけた。
遠くからでも分かる抜群のスタイル。
きらりと、光を反射するプラチナの髪。
同じクラスの雪城アリサだ、とすぐに分かった。
後ろ姿だけでも分かる圧倒的な存在感。
容姿端麗、成績優秀の完璧美少女。
凛とした立ち振る舞いは話しかけるのすらためらわせる──孤高の美少女。
『氷姫』と呼ばれる雪城さんがまさか俺と同じバス停を利用していたなんて。
早起きは三文の徳。
話しかけるのは恐れ多いが、バスが来るまでの間隣でご尊顔を拝謁しようと──そう思ったのだが……。
「……!?」
近くまできて俺はとんでもないことに気づいてしまった。
パンツだ。
穢れなき白、ideal white 純白──なんと表現すればいいか分からない。
一瞬幻覚かと思って目を擦る。
やはりパンツだ。
パンツが見えている。
どうやら読書をしているらしい雪城さんはスクールバッグを肩にかけているのだが、そのバッグの先端がスカートをめくりあげて惜しげもなくパンツを晒していた。
早起きは三文の徳どころではない。
あの雪城さんのパンツだ。
一万円払ってもおつりがくるだろう。
なんという僥倖。
今日俺は死ぬのかもしれない。
ガン見である。
鼻息を荒くしながらガン見をしつつ、雪城さんの後ろに並ぶ。
ごくり。
自然と生唾を飲み込んでしまう。
それと同時に襲い掛かる罪悪感。
遠くにバスが見えた。
迫りくる選択の時。
この時間帯のバスは混んではいないとはいえ、人がいないわけではない。
このままだと雪城さんのパンツが衆目に晒されてしまう。
天使が囁いた。
──パンツが見えていますよ、と正直に伝えるのです。それが紳士たる者の務めです。
悪魔が囁いた。
──どうせ誰も指摘しないんだし、今のうちに目に焼き付けておこうぜ。
さて、人生は選択の連続である。
俺はこうして究極の──人生最大級の難易度を誇る二択を迫られたのだ。
迷った。
散々迷った。
頭から湯気が出そうなくらい迷って──そしてバスが止まる直前になって、
「あの……」
と声を掛けた。
「……?」
何故話しかけられたか分かっていないのだろう。
頭に疑問符を浮かべながら雪城さんが振り返って首を傾げた。
ていうか顔近っ!
肌綺麗過ぎる、やば。
それに何この蒼くて爛々と輝いている目。吸い込まれそうだ。
加算でも乗算でもない、生物の系統からして違う──そう思えるほどの美貌を前にして俺の決意は揺らぐ。
だが、視界の奥から近づいてくるバスが「もう時間はないぞ」と告げてくる。
ええい、こうなればヤケクソだ。
どうにでもなれ。
「あの……」
自然と小声になってしまった。
目の前にいる雪城さんにも聞こえるかどうか怪しいほどの声量。
だけど俺は決意を固めて言葉を続けた。
「鞄にスカート、引っかかってますよ」
瞬間。
雪城さんの体がビクリと跳ねる。
そして、首だけねじって自分の状態を確認した雪城さんは慌ててスカートを正した。
ああああああああ、言ってしまった。
でも俺は指摘することを選択した。
後はなるようになれ──罵倒だろうとなんだろうと受け入れる所存……。
「本当ですね。ありがとうございます」
真顔。
さすがは『氷姫』。
こんな時までクールな対応。恥じらいとかないらしい……?
いや、よく見れば耳が真っ赤になっている。
そりゃそうだよな。恥ずかしいに決まってるよな。
ぷしゅー。
バスの扉が開かれる。
何事も無かったかのように雪城さんはバスに乗り込んだ。
ぽかんとしていた俺は色んな意味でその場に置き去りにされそうになったがすんでの所で我に帰ってバスに乗り込んだ。
バスに揺られながら思う。
俺がしたことは本当に正しいことだったのですか? と。
もし俺が声をかけていなければ、雪城さんは何事もなくバスに乗り、自分のパンツが見えていたことなど気付くことなく恥ずかしい思いをせずに済んだかもしれない。
俺も余計な罪悪感を感じずに済んだのかもしれない。
「正しい答え」ってなんなのだろうか。
明確で誰からも否定されないような「正しい答え」。
教科書にも書いてなければ、大人が知っているわけでもない。
でもきっとどこかにあると信じてきた「正しい答え」
……もしかしたら「正しい答え」なんていうのはないのかもしれない。
「正しい答え」がないからこそ、今俺は苦しんでいるのだ。
妙に哲学的な気分になった──パンツが見えていた。ただそれだけのことなのに。
今この胸を満たす苦みを覚えておこう。
この苦みがきっと俺を大人にしてくれる──
そんなことを考えていた翌日。
パンツが見えていた。
朝七時半、寂れたバス停。昨日と同じシチュエーション。
違うのはパンツの色。今日は黒だった。
アンダースコートを履くとかさぁ……なんか対策あっただろうが!
ツッコミたい気持ちを抑えつつ、雪城さんの元へと急いでいく。
もう何が「正しい答え」だよ。
知らねえよ、そんなもん。
だって、見えてる物は見えてるんだもん。
指摘しないわけにはいかなくね?
はぁ、とため息を一つ。
バスがもうすぐそこまで来ている、時間はない。
肩をトントンと叩く。
また何か?
自分の身に起こってることを何も知らない無垢な表情で雪城さんが振り向いてくる。
「あの……またです」
「っ……!?」
今度こそ限界だったらしい。
バッと、両手を背中にやって急いで引っかかったスカートを元に戻す。
ちらり。
雪城さんが俺を見てくる。
「うっ……うっ……」
声にならない声を出しながら雪城さんは真っ赤になった顔を両手で覆った。
元が白いから余計に赤くなると目立つ。
ぷしゅー。
俺と雪城さんの気も知らないでバスが止まって扉が開く。
ああ、もう。じれったい。
「ほら、乗ろうよ。とりあえず」
こくこくと頷く雪城さん。顔は覆ったまま。
大丈夫それ? 前見える?
心配になった俺は雪城さんをバスまで誘導して、そして成り行きで二人掛けの座席の隣に座ることになった。
気まずいことこの上ない。
ちらり、ちらり。
顔を真っ赤にした雪城さんが俺の顔色を窺ってくる。
……さすがに何か声をかけた方がいいか。
「あの……大丈夫?」
「はい……すいません」
綺麗な声だ。
ただ喋っているだけのなのに唄っているような。
南国の鳥みたいだ。
完全に丸くなってしまっている雪城さんはようやく落ち着いてきたらしく、顔もだんだんと元の新雪のように真っ白い肌へと戻っていた。
秋から冬へ、紅葉していた山に雪化粧がかかったような、そんな感じ。
「あの……」
「どしたの?」
「失望しましたか?」
「言っている意味がよく分からないんだけど」
「私、こんな女なんです」
つまり痴女ということ?
「マヌケな女なんです」
ああ、そういうこと。
「『氷姫』って呼ばれていることも知っています。でも違うんです。私は完璧でもなんでもなくて……ただ口下手でクラスに馴染めてないだけの不器用でおっちょこちょいな女なんです」
「うん……まあ……何となく分かったよ」
確かにおっちょこちょいな所はあるかもしれない。
でないと二日連続あのミスはなぁ……。
「学校にもなじめなくて……その上こんな……うっ……うっ」
目には軽く涙が浮かんでいた。
そりゃ情緒不安定にもなるか。
だって二日連続でクラスの男子にパンツ見られたんだもん。
だが意外だ、てっきり孤高の美少女だと思っていた雪城さんが話してみればこんなに親しみやすいキャラだったなんて。
パンツの件は抜きにしても、今までのイメージが一変した。
「あのさ……」
だからこれは決して同情ではない。
「だったらさ、朝のこの時間だけでもさ、俺と話して少しずつ人と話すことに慣れていく……っていうのはどう?」
「……いいんですか?」
涙を浮かべながら雪城さん。
ぱあっと。
表情が一気に明るくなったような気がした。
なんだ、そんな顔できるのか。
どきりと、心臓が跳ねる。
危うく俺が赤面する所だった。
「それじゃあ……これから少しお話に付き合ってもらえませんか、瀬川くん」
「……意外、名前覚えてたんだ」
「クラスの人の名前はノートに書いて覚えています。全員ちゃんと漢字でも名前を書けます」
「ぷっ……あははは」
思わず笑いが漏れてしまう。
「な、なんで笑うんですか!?」
「いや、雪城さん思ってた以上にいいキャラしてるなーって」
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ。この調子ならすぐに友達もできるって」
「っ~~!!」
嬉しそうに体をくねくねとさせている。
やっぱり雪城さん……いいキャラしてるわ。
それから平日は毎朝七時半。
同じ時間にバスで一緒に登校する生活がスタートした。
学校でも少しずつ雪城さんと話す機会も増えていった。
例えるなら雪解け。
俺と話している雪城さんの様子を見たクラスメイトが一人、また一人と雪城さんに話しかけるようになり、雪城さんは段々とクラスに馴染んでいった。
まだ高一のGW明けくらいの時期。
少し出遅れた程度で人間関係の構築はまだ済んでいないのも幸いした。
持ち前の天然な姿はあっという間に男女問わずクラスメイトの心を掴み、雪城さんの周りには常に人が集まってくるようになった。
本当によかった。
パンツがきっかけとはいえ雪城さんがクラスに馴染めるようになって。
そして俺の選択が間違っていなかったんだと認識することができて。
そんな折、変な噂が流れ始めた。
「なあ瀬川」
「うん?」
「お前雪城さんと付き合ってんの?」
「はい?」
寝耳に水。
どうしてそうなった。
「だってお前と雪城さん毎朝一緒に登校してるじゃん?」
「あーね」
理解した。
バスで一緒になって、それから一緒に登校するのが日課になっていた。
その日課がこういう噂になったんだろうな。
「それは単に家が近いからだよ」
「だからって毎日?」
「まあな、ちょっと仲良くなるきっかけがあってさ」
パンツがきっかけだとは口が裂けても言えないが。
「へー、そうなんだ。何にせよ羨ましいな~」
「本当にな。雪城さん狙ってる男子、多いもんな~」
「ありゃ彼氏できるのも時間の問題だよな」
「ふーん……」
そうなれば俺は……お役御免、なのか。
俺の噂が雪城さんの枷となるのなら、登校する時間を変えようか。
なに、前までの時間に戻すだけだ。
たったバス一本を見送るだけ……。
それだけなのに。
そんな迷いを抱きながら朝七時半。
俺は雪城さんのいる時間のバスに乗ることを選択した。
「おはよう、雪城さん」
「おはようございます、瀬川くん……っ!?」
なんだ?
どうも雪城さんの様子がおかしいような。
「どうかした?」
「あ……いえ……その」
ぷしゅー。
要領を得ないままバスが到着して俺たちはバスに乗り込んだ。
そしていつもと同じように二人掛けの席に並んで腰かける。
バスに乗ってからもちらちらと。
雪城さんが俺のことを見てきている。
あ、もしかして……。
俺には一つ心当たりがあった。
「その……」
「もしかして噂のこと?」
「え?」
「ごめんね? 俺なんかと変な噂されて」
迷惑でしょ、と自虐する。
俺と雪城さん、並び立つには俺は不似合い過ぎる……。
「いえ、違います! 瀬川くんはいい人です!」
ガン、と。
バス中に響き渡る声で雪城さんは否定した。
その言葉にはある種の重みがあった。
きっと本心なのだろう、嬉しいことだ。
それからふと訪れる沈黙。
そして隣で何かを迷っているような雪城さん。
しばしの逡巡の末、雪城さんが口を開いた。
「その……大事な話があるんです」
「え……?」
ただならぬ空気。
瞬間。
様々な可能性がめぐる。選択の時が来たのだ。
この空気感。
雪城さんはきっと俺に告白しようと……してるんだ。
理屈ではない。直観的に俺はそう察した。
男の本能ってやつだ。
男としていいのか?
やはり告白は男の方からすべきではないのか?
男女平等の時代だ、それでも旧時代的と笑うがいい。
やはり告白するなら俺の口から。
「待って、雪城さん。俺の口から言わせてくれ」
「へ? はい……?」
戸惑った表情。
それは俺が話を遮ったからだろうか。
だが選択の時。
俺は告白する、という選択肢を選ぶ!
「雪城さん、好きだ! 付き合ってくれ」
「へぇ!?」
ボン、と。
火山が噴火するように一気に雪城さんの顔が赤く色づいていく。
もじもじと、体をくねらせる雪城さん。
再び考え込む様子を見せて……それからか細い声で呟いた。
「私も……瀬川くんのことが……好きです」
「じゃあ……」
「好きなんですがその……」
「え?」
「私が言いたかったのはそれじゃなくて……」
「じゃあ、何を?」
「今日朝会った時からずっと言おうと思ってたんです」
顔を赤くして、手を顔に添えながらボソリと呟いた。
「空いてます」
「え?」
「社会の窓が……空いてます……パンツ、見えちゃってます」
Oh…
俺もかよ。
ありがとうございました。
何書いてるんでしょうね、本当に。
励みになりますので、少しでも面白い! と思ってもらえたら広告の下の★★★★★から評価していただけると嬉しいです。
他にも色々書いてますが、珍しく短編ではない連載物を書くことにしました。
【彼女には内緒のラブコメ~義姉の友人の彼氏になってから周りの女子たちの様子がおかしいんだが~】
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