私のおばあちゃん
「それは小川さんが想像した景色? とても素敵ね。」
絵の仕上げをしていた私に美術部顧問の田口先生が話しかけてきた。
「いいえ、先生。この場所は私の想像じゃありません。どこかに本当にある場所。私、ここに行ったことがあるんです。この場所のことを考えると、懐かしくて、温かい気持ちになります。またここに行きたくて、この絵の場所をずっと探しています。」
今まで、誰に言っても信じてもらえなかった話だ。テレビで見たのだろうとか、いつかの夢に出てきたのだろうとか言われていた。
「ふうん。素敵な風景だけど、私は知らない場所ねー。ゆりなさんが小さい頃にご両親に連れて行ってもらったのかしら。私も行ってみたいわ。その場所が見つかるといいわね。」
私の話を信じているのかいないのか、先生はあっさりと言葉を返した。そして話はすぐに来月の展覧会のことに切り替わった。
「さあ、次の展覧会は私たちの中学と町内の水彩画クラブのみなさんとの共同展示よ。いつもよりたくさんお客さんが来てくれるでしょうから、小川さんの絵を会場の入り口に飾りましょう!」
展覧会が開かれる公民館の会場入り口の絵は、来てくれる人が最初に見る絵だ。印象に残りやすい。先生に絵を認められた気がして少し嬉しくなった。
ただ、この場所が両親に連れて行ってもらった場所でないことは確かだ。
私のお父さんは私が幼い頃から単身赴任だ。家に帰ってくることすら少なくて、家族で出掛けた思い出はほとんどない。
お母さんはずっと身体が弱かった。今ではたまに通院するだけだけれど、私が幼稚園の頃までは長く入院していた。幼い頃の私がお母さんと一緒に過ごした時間は短かったはずだ。
私はずっと一人ぼっちだった。
幼稚園や小学生の頃のことを思い返しても、思い出すのは寂しかった記憶だけ。一人の寂しさを紛らわすために私は絵を描いていたのかもしれない。
絵を描くことが好きになった私は中学生になって美術部に入った。
私は自分で想像した世界を描くことが好きだ。描いている間は悩みや嫌なことを全部忘れられたから、部活が休みの日も一人美術室にこもって絵を描いていた。時にはいくつかの賞をもらうこともあった。お母さんは、私がもらった賞状や完成した絵を必ずおばあちゃんの仏壇がある部屋に飾った。
「おばあちゃんは誰よりもゆりなを可愛がってくれたからね。ゆりなの絵をしっかり見せてあげないと。」
おばあちゃんは私が5歳の頃まで生きていた。お母さんが入院していた時、代わりにおばあちゃんが私と一緒にいてくれたらしい。
でも、私はおばあちゃんのことを覚えていない。
覚えていないということをお母さんに言うと、お母さんは「まあ、ゆりなが小さい頃のことだからね…」と言って、少し悲しそうな顔をしていた。
一緒に過ごした時間があるなら少しは思い出したいけれど、記憶の中をいくら探しても私にはおばあちゃんとの思い出がなかった。