第80話 面談と発覚と
三者面談当日。
「うっし……行くか」
クリーニングしたての一番良いスーツで身を包み、鏡の前に立った春輝は髪をオールバックにした自身の姿を確認して頷いた。
そして、学校のトイレを出る。
見慣れない大人の姿があるからだろうか、生徒たちがチラチラと視線を向けてくるのが感じられた。
それを受け流しながら、予め露華に教えられた教室へと向かう。
「おいっす、露華ちゃん」
教室の前では既に露華が椅子に座って待機していたので、軽く手を上げて挨拶を送った。
「おいっすー、春輝クン……って、ぷはっ!」
手を上げて返してきた露華だが、春輝の方に目を向けた瞬間に吹き出す。
「めっちゃキメキメじゃん! えっ、なに、ホストにでもなんの?」
春輝を指して、ケラケラと笑う露華。
「おかしいかな……?」
春輝は、スーツを軽く引っ張ってみながら首を捻った。
「いや、ごめんごめん。ちゃんと格好いいよ」
そう言いながら、笑いすぎて出てきたらしい涙を拭う露華。
「わざわざありがとね、春輝クン」
トトトッと寄ってきて、上目遣いで見上げてくる。
「小桜さん、お入りください」
とそこで教室の扉が開いて、中から妙齢の女性が顔を出した。
恐らく、春輝より少し年下くらいか。
彼女が、露華の担任の先生なのだろう。
切れ長な目の中心で、黒い瞳がどこか冷たい温度を宿して春輝を見据えているような気がした。
「はい、よろしくお願いします」
春輝は若干の緊張を覚えつつも、笑顔で答えて足を進める。
「おなしゃーす」
一方の露華は、気軽な調子で言って春輝に続いた。
「どうぞ、そちらに」
「はい、失礼します」
先生に促され、四つ繋げられた机の一席に腰を下ろす。
「露華さんの担任の、薊です」
「人見と申します。本日は、保護者代理として参りました」
お互いに、会釈。
「保護者代理……ですね」
薊教諭の目は、どこか胡乱げな光を宿しているように見えた。
(まぁ、普通に考えれば怪しいよな……)
内心で苦笑する春輝だが、表面上は営業スマイルを貼り付けたままである。
「それでは、早速ですが始めさせていただきます」
薊教諭もそれ以上突っ込んでコメントすることはなく、そう話を切り出した。
「露華さんですが、成績は非常に優秀ですね。生活態度にも問題はありません」
「えっ、そうなの?」
薊教諭の言葉に、思わず露華の方に振り返ってしまう。
「何その失礼な感じー? ウチ、ヒンコーホーセーな優等生よ?」
「お、おぅ……そういや前にそんなこと言ってたけど、マジだったのか……」
ジト目を向けてくる露華だが、彼女のイメージと『優等生』という言葉がどうにも合わないように思えて春輝のリアクションは大層微妙なものとなった。
「ん゛んっ」
『あっ、すみません』
薊教諭の咳払いに、ハッとして二人とも視線を前に戻す。
「ですが」
スッと薊教諭の目が細まった。
「クラスで孤立している様子なのが、少し気になります」
「ちょっ……!? 先生、その話はしないって約束……!」
淡々と言う薊教諭に、慌てた様子で手を伸ばす露華。
「……どういうことですか?」
春輝は、姿勢を正して尋ねる。
「露華さんが、入学式含めしばらく登校していなかったことはご存知ですか?」
「はい」
春休みが明けても、学校に行くフリをして露華は朝から晩までバイトに明け暮れていたはずだ。
少しでも、借金を返す足しにするために。
(……なるほど、それで浮いてるってわけか。そこまでは考えが及ばなかったな)
春輝は、ギュッと拳を握る。
新学年に上がるだけならまだしも、新入生ともなればそのインパクトは大きいだろう。
(俺は、その状況を知ってたはずなのに)
忸怩たる思いが込み上げてきた。
「それだけならまだしも」
「えっ……?」
しかし、薊教諭の話はそれで終わりではなかったらしい。
「登校していなかった理由として……援助交際で知り合った男性の家に転がり込んでいたから、という噂が広まっています」
「そんなわけ……!」
「ない、ですか?」
否定しようとした春輝は、薊教諭に睨まれ言葉を切った。
「……まさか」
口元を手で押さえ、考える。
援助交際でこそないものの、『男性の家に転がり込んだ』という部分は見ようによっては事実と言えた。
さほど人目を忍んでいたわけでもなし、誰に見られていたとも限らない。
まして、服を買いに行くまではずっと制服で過ごしていたのだ。
どこの学校の者なのか、喧伝していたようなものである。
見目麗しい少女なので、印象にも残りやすいだろう。
(俺のせい、か?)
春輝は、サッと血の気が引いていくのを自覚した。
「違う!」
バン! 露華が机を強く叩く。
「春輝クンは、ウチらを救ってくれたの! 春輝クンが気に病むことなんで何もない!」
どうやら、春輝が内心で考えていたことを的確に見抜いたらしい。
「だけど、それを知らない人は違う印象を抱くということよ」
露華から事情は聞いているのだろう。
薊教諭は露華の言葉を否定はせず、けれど諭すようにそう言った。
「……ですね」
春輝も、同感であった。
「でも……!」
「露華ちゃん」
尚も言い募ろうとする露華を、手で制する。
「多少迂闊なところがあったとはいえ、俺も自分の行動が間違っていたとは思わない。それでも、それとこれとは別問題なんだよ。わかるだろ?」
「っ……!」
露華も、頭では理解しているのだろう。反論はなく、強く拳を握るだけだった。
「デリケートな問題ということもあって、正直こちらとしては対策を打ちかねている状況です。申し訳ないとは思っていますが、この件については……」
「いえ、当然だと思います。これについては、自分が……」
どうにかします、と言えればどんなに良かっただろうか。
「……考えます」
けれど、今の春輝にはそう言うことしか出来なかった。